第219話 速剣 対 崩嵐


 ルーリアがフラつき始め、やっと目を回していることに気付いたのか、フェルドラルは動きを止めて形状を小さめの鎌に変えた。


 ……う、ぁあ……ぐるんぐるんする~~……。


「くそっ!」「ヤァアーッ!」

「……くぅっ」


 フェルドラルに操られるまま、二人の攻撃を同時に受け流して反撃をする。ひたすら腕を振って二人に切りつけているのだが、これがまたしんどい。

 ルーリアは日頃、運動という運動をしていない。農業学科の授業でさえ、未だに農具がまともに持てずにいる。持つとしても風魔法任せだ。

 そんなルーリアに軽くて小さめとはいえ、連続で鎌を振り回させるなんて、もはや拷問でしかなかった。

 きっと当分の間は筋肉痛で腕が上がらなくなるだろう。下手をすると、スプーンすら握れなくなるかもだ。そう思うと憂鬱になった。筋肉痛は病気でもケガでもないから、回復魔法も蜂蜜も効かないのが、なお辛い。


「~~~もう、無理ッ!!」


 すぐに我慢の限界が来た。

 このままでは腕が千切れそうだ。

 ルーリアはフェルドラルの魔石に魔力を流し、大きな円盤で刃を外側に向けた形状を作り出した。それを風で浮かせ、頭上に掲げる。


「やあっ!」


 風に乗せて横向きに回転させ、相手に向けて瞬発的に打ち込む。好きに飛んでっちゃえ! と、やけっぱちに放り投げた訳だが、思っていたよりものすごい速さで回転がかかり、相手二人の胴体目がけて、フェルドラルはまっすぐに飛んで行った。


「あ……!」


 やり過ぎた! と思った時にはもう遅い。

 円盤状の薄くて鋭い刃が二人と接触した瞬間、チッと、軽い音が聞こえた。


「ッ!!」「ぐッ!?」

「……ひ……っ!」


 高速回転するフェルドラルの刃は一線を引き、二人の胴体を剣ごと真っ二つにして、空中で円を描き、ブーメランのようにルーリアの足元へと戻ってきた。


「…………」


 ぼろぼろと。四つになった対戦相手の身体が光の粒へと姿を変え、崩れるように消えていく。

 青ざめた顔のルーリアは、誰にも見つからないように、ものすごい速さでフェルドラルを回収した。


 …………し、知らない。


 自分は何も見ていない、聞いていない。

 フェルドラルを弓に戻して背負い、奇数組の後衛に戻ろうと、ルーリアはすぐにその場から離れた。

 戻る途中、難なく他の三人を退場させたランティスが合流してきて、にっこり微笑む。


「さすが料理人。切るの上手」

「いえ、あの、今のは料理じゃないですよ」

「ルリ、嫁に来て」

「…………はい?」


 言われたことに驚いて目をぱちぱちと瞬く。

 ランティスはイタズラが成功したようにフッと口端を上げ、固まっているルーリアを横抱きにかかえると、跳ぶように後衛へと戻った。

 その頃には、闘技場に残っている人数も半数ほどに減っていた。残っているのは当然、序列上位の者ばかりだ。


 セルギウスとクレイドルとナキスルビアは、獣人グループの者たちと戦っていた。

 ひとまずルーリアの所に向かおうとしたクレイドルを、獣人たちが足止めする形となり、セルギウスとナキスルビアが加勢しているところだ。

 獣人グループは仲間意識が強いため、一人でもやられると仇討ちと称した者が後から後から湧いてくる。非常に厄介な相手であった。


 エルバーは姿が見えないところをみると、すでに退場したらしい。

 リューズベルトは人族グループの数名に取り囲まれている。


 どこも混戦状態で、組分けで戦っていると言うよりは、誰と誰が戦っているといった、個人戦に近い形となっていた。

 そしてその中でも激しさを増しているといえば、アトラルとエグゼリオが向かい合っている場所だった。

 ウォルクスはそのすぐ側で、自分より序列が上位の人族の男と対峙している。


「まさか貴方の方から来るとは思っていませんでした、アトラル。私の覚え違いでなければ、同じ組だったと思うのですけど? ああ、失礼。獣人はもの覚えが悪いのでしたね」


 エグゼリオは深い紫色の瞳を細め、冷たくアトラルを見据える。その口元には嘲るような薄い笑みが浮かんでいた。


「悪いね、エグゼリオ。君と同じ組だと言われても、悪い冗談にしか聞こえない。君みたいな陰気くさい男に背中を預けるなんて生理的に無理だから、先に消えてもらおうと思ってね」


 表面上は微笑み合っているが、その場にはヒヤリとした空気が流れている。

 互いの間合いを読み合い、攻撃のタイミングを研ぎ澄ました感覚だけで探り合う。


 ジリ……と、緊迫した空気が広がった。


 先に動いたのは、アトラルだった。

 穏やかだった瞳を一瞬で猛然とした色に変え、両腕を高く頭上に伸ばしたかと思うと、それを瞬時に振り下ろす。

 腕が下ろされるのと同時に、辺りには落雷のような轟音が鳴り響き、エグゼリオがいた場所には、5メートルは超す大きさの岩石が突き刺さるように叩きつけられていた。

 その重量のある衝撃で、砕けた岩石の欠片が弾丸のように辺りに飛び散る。


「遅い」


 前傾姿勢のエグゼリオが、ひと息にアトラルとの間合いを詰めた。不敵な笑みを浮かべ、目にも止まらぬ速さで腰にいた剣に手を伸ばす。


「抜かせないよ」


 柔らかな笑みを浮かべたアトラルが地面に手をつくと、エグゼリオの足場に向かって亀裂が入り、鋭く尖った岩石が突き刺す勢いで飛び出した。

 エグゼリオは反射的に身体を逸らして紙一重のところでそれをかわし、着地する。その瞬間を逃さずに、アトラルはエグゼリオの懐に飛び込み、心臓を狙って拳を繰り出した。

 当たれば身がえぐられる至近距離の攻撃にエグゼリオは剣を抜けず、髪や服が乱れることに不快そうな表情を浮かべながら後ろへと下がる。

 懐からハンカチを出し、軽く肩や腕を払った後、口元に当てて眉をひそめた。


「……土くさい。やはり貴方とは合わないですね」

「奇遇だね。僕も君とは合う気がしない」


 アトラルは重心を落とし、無詠唱の風魔法と地魔法で自分の周囲に砕けた岩石混じりの砂嵐を起こした。そして両腕の肘から先に、細かい硬砂をまとっていく。

 アトラルの周囲で渦巻く岩石の破片や砂は、そのまま相手を削る天然のやすりとなっている。これがアトラルの二つ名、『崩嵐ほうらん』の由来であった。


「じゃあ、行くよ」

「……いつでもどうぞ」


 エグゼリオも身を低くし、剣の柄に手袋をはめた手を添える。


「は!」


 軽く息を吐くように短く声を発した後、アトラルはエグゼリオに向かって突進した。

 渦巻く砂嵐の摩擦により、小さな発光と雷撃が起こる。

 エグゼリオの剣がアトラルの攻撃に触れる度、激しい火花と金属のすれる音が辺りに響いた。思わず耳を塞ぎたくなるような、鳥肌が立つ引っかき音だ。

 この攻撃は、普通の剣なら軽く触れただけでボロボロに削られる。エグゼリオの剣も例外ではなく、全くの無傷という訳にはいかなかった。

 剣に細かい傷が入ったのを見て、エグゼリオはため息ともつかない、うんざりとした息を吐く。


「……長引くと面倒ですね」


 長期戦となれば、エグゼリオはいずれ武器を失うだろう。アトラルの魔力が尽きるのを待つのも手だが、それには残り時間が短かかった。

 アトラルはエグゼリオに向けて手を伸ばし、挑発するように指先をクイッと曲げる。

 その手の動きに合わせ、渦巻いた砂が二方向から鞭のようにエグゼリオを襲った。


 エグゼリオは剣身に手を乗せ、柄の方から剣先に向けて滑らせていき、蒼白の氷を全体にまとわせる。砂の摩耗まもうから刃を守るための処置だが、冷気を放つ凍てついた剣は、人を見下すような目のエグゼリオにひどく似合っていた。


 言葉を発することもなく、二人は討ち合う。

 すれ違うだけで冷気が刺し、火花が散る。

 荒々しい攻防の音だけを響かせ、アトラルとエグゼリオの戦闘はより一層、激しさを増していった。



 ちょうど、その頃。


 クレイドルとナキスルビアは背中合わせに剣を構え、荒ぶる獣人四人に囲まれていた。

 連戦が長引き、疲れも多少出てきている。


「ったく、次から次へと」

「セルが二人引き受けてくれたから、あと少しで抜けられそうよ」


 対戦の場に残っているのは、もう30人もいない。ここからは目に見えて数が減っていくだろう。制限時間も半分は過ぎている。


 ……ルーリアは?


 クレイドルは奇数組の後方へと目を向けた。

 小柄な獣人と一緒にいるルーリアの姿が目に映る。あれは、ランティスか。序列上位者は目立つため、直接話したことはなくても名前くらいは知っている。


 どうしてルーリアが一緒に……?


 親しげに言葉を交わしているところをみると、知らない仲ではなさそうだ。

 ランティスは前に獣人グループが料理人を探していた時に話し合いの場にいたそうだから、その辺りからの繋がりだろう。セルギウスも気付いているようだが、心配はしていないようだった。


「余所見とは、ふざけやがって!!」


 斬りかかってきた相手の剣を、鈍い金属音を響かせ受け流す。直後、すれ違いざまに大きな炎の斬撃を飛ばした。ルーリアが作ってくれた魔法刀は、小さな魔法でも増幅させて斬撃とすることが出来る。

 相手の視線は炎に向けられ、さらにその攻撃を払うために隙が生じた。ナキスルビアは風をまとい、炎を目隠しにして相手の懐に飛び込み、その胸に剣を深く沈める。残すは、あと一人となった。


 それでもクレイドルは舌打ちしたくなる。

 ルーリアはとっくに帰らなければいけない時間だろうに。と、気が急く。


「ナキスルビア、魔力はあとどれくらい残っている?」

「まだ余裕あるわよ。そんなに使ってないもの」

「? それなりに使ってなかったか?」


 クレイドルは疑問に思った。

 ナキスルビアは風と氷魔法をずっと使っていたはずだ。


「ああ、あれは魔法じゃないわ」

「スキルか?」

「まぁ、それに似たようなものかしら。とにかく魔力を消費しないのよ」


 そういえば、ナキスルビアはロードスフィアのベインケルの者だったか。氷竜ベインケル、その血を引いた竜人。


 竜はこの世界に七種存在する。

 時限竜、聖竜、邪竜、金竜、銀竜、氷竜、炎竜。

 世界各地に存在する人型の種族・竜人は、その内の金銀氷炎いずれか竜の血を引いている。

 竜が人型となり、人との間に子を残した。

 その子孫が竜人だと言われている。

 竜人は尋常ではない戦闘能力と魔力を持ち、それは血が濃いほど強く表れるという。


 魔族領でマルクトの東隣に位置するティスフェルは、銀竜ヒューズベルの血を引く竜人の一族が代々領主を務めている。

 現在の領主は、ローギスヘルム・ヒューズベル。魔王派の魔族で、セルギウスの義父だ。


 クレイドルはセルギウスに目を向けた。

 序列7位と9位の獣人を同時に相手にしていると言うのに、息さえ切らしていない。

 今の自分には出来ないことをやって退けるセルギウスに、焦りと悔しさが募る。

 邪竜の誕生後、ルーリアや自分がどう扱われるか分からない以上、強くなるしかない。

 クレイドルは刀を握りしめ、自分より上位の獣人に立ち向かって行った。


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