第144話 闘技場の石舞台


 自分が小さいのは本当のことだからいい。

 だけど、親切にしてくれたレイドのことを悪く言われるのは許せなかった。


「こんな決闘は馬鹿げている。ルリ、オレはもう一度、話をしてこようと思う」

『……戦わないのなら離れていなさい。わたしは一人でも構わないわ』

「…………は?」


 驚いて動きを止めたレイドの前を横切り、ルーリアはリュッカの目の前に立って強い視線を向けた。


『リュッカ。随分と舐めた口を利いてくれるじゃない。覚悟は出来ているんでしょうね』


 ルーリアが何かを言い返してくるとは思っていなかったのだろう。リュッカは目を丸くして、ぱちぱちと瞬いてから、にんまりと口元を緩めた。


「あっはぁ。あらあらあら~? もしかしておチビちゃん、怒っちゃったのぉ? ごめんねぇ、本当のことを言っちゃってぇ~」

『この勝負、受けて立つわ。その高慢な態度を叩き潰してあげる』


 その様子を見ていたダジェット先生は満足げに頷き、大きく声を張り上げた。


「よし、ここに決闘は成立した! 場所を移すぞ。観戦や賭けに参加したいヤツは中に入れ!」

「はっ? ちょっと待ってくれ、オレはまだ──」

「これは面白くなってきたぞ!」

「ああ! お前はどっちに賭ける?」


 騒ぎ立てる者たちのざわめきに掻き消され、レイドの声は誰にも届かない。


「おい、ルリ! お前──……」


 レイドが肩を掴んで振り向かせると、ルーリアは目に涙を溜め、スカートをギュッと握っていた。口を強く結び、その手はかすかに震えている。

 その姿はケンカ慣れしているようには見えなかった。

 きっと、こんな風に誰かと対立したこともないのだろう。

 レイドはルーリアの目線に高さを合わせるように腰を落とした。


「……いろいろ言われて悔しかったのか?」


 勝手なことをしたルーリアを怒っていると思ったのに、レイドの声は優しいくらいに和らげられていた。

 ルーリアは黙って頷く。


「ルリがまだ小さいのは仕方ないだろう?」


 ふるふると首を振った。


「……もしかして、オレが悪く言われたからか?」

「…………」


 肯定と取れるルーリアの沈黙に、レイドは小さく息を吐く。そして、頭にポンと手を乗せた。


「了解。まぁ、やれるだけやってみるか」

『…………やるからには勝ちなさいよ』

「これは手厳しいな」


 ルーリアとレイドは覚悟を決め、通路を抜けた先にある決闘の場へと向かった。

 中央にあるのは、大きな楕円形の石舞台。

 その周りには、綺麗に刈りそろえられた芝生が生い茂っていた。


 うわぁ……すごい広い。


 空が見えるから吹きさらしになっているのかと思ったが、目に見えない透明な屋根が闘技場全体を覆っているようだ。

 石舞台の大きさは短径60、長径100メートルといったところの楕円形。切れ目などはなく、真っ平らでなめらかだ。高さも1メートル以上ある。材質は石に似ているが、何で出来ているかは分からなかった。

 そして石舞台から少し距離を置き、四方を囲うように観戦席がある。そこには大勢の人が座っていた。


「そういや、レイドとルリは何も知らなかったな。おい、誰か教えてやれ」


 ダジェット先生が声を上げると、透かさずレオンが説明しようとする。が、それを体当たりして弾き飛ばした人物がいた。その男はその勢いのまま、その場に滑り込むように土下座する。


「ロリちゃん、フェルのあねさん。昨日は本っっ当に、すみませんでしたアァッ!」


 突然の謝罪。誰かと思えば、灰色がかった緑色の髪に少しだけ尖った耳。そして、眼鏡。


 ……ああ、うん。

 良かった。とりあえず生きていたみたいだ。


『貴方、よくわたしの前に顔が出せたわね』


 あ、つい……と思ったけど、まぁいいか。


「姫様、少々お下がりください。すぐに害虫を駆除いたしますので」


 フェルドラルはすでに大鎌を手にしていた。

 気持ちが良いほど殺る気満々のようだが、ルーリアはフェルドラルの服の裾を引き、首を横に振る。


「……かしこまりました」


 大鎌の刃をエルバーの首にピタリと当て、フェルドラルは凍りつくような目で見下ろした。


「これで許した訳ではありません。姫様のお情けで、かろうじて首が繋がっているのだと肝に銘じておきなさい」

「はっ。ありがとうございます!」


 地面に額をこすりつけているこの人は、本当に勇者パーティのメンバーなのだろうか?

 エルバーはただの不審者として、ルーリアの中に登録された。って、今はそんなことはどうでもいいとして。


『メガネ、この決闘にルールがあるのなら、さっさと言いなさい』


 もう筆談している時間もなさそうだから、余程ひどい言葉が出ない限り、話を続けることにした。何となく意味も通じているみたいだし。

 顔を上げたエルバーは澄んだ茶色の瞳で、見た目だけなら真面目そうに見えた。エルフの血が混ざっているからか、落ち着いて見れば幼さを少し残した整った顔立ちをしている。


「決闘に特にルールはないよ。とにかく勝てばいいんだ。気をつけることは、鍵の魔術具が発動されると、それまでに掛かっていた全ての補助魔法がリセットされることくらいかな」


 身に着けている魔術具の効果はなくならないと聞き、ホッとする。危うく大勢の前でハーフエルフの姿に戻るところだった。

 補助魔法は対戦が始まってからじゃないと掛けられないらしい。下準備が出来ないとなると、ちょっと不安だ。どの魔法を使うか、瞬時の判断が必要となってくる。

 あまり人前で魔法は使うなと言われていたけど、少しくらいなら平気だろうか。


「今回は2対2の決闘みたいだから、補助魔法を使うロリちゃんが真っ先に狙われると思うよ。それをどう守るかが勝敗の鍵となってくるだろうね」


 補助役のルーリアとリュッカは、互いに組んだ相手と対戦する相手の両方の状態を見極めなければいけない。

 ダジェット先生は適当に選んだようで、ちゃんと実力を見るために最適な組み合わせを考えていたようだ。


「オレは武器を持っていないんだが。剣を借りたりは出来るのか?」

「さすがにウォルクス相手に丸腰で戦えとは言わないだろうから、先生に言えば借りられると思うよ」


 シュトラ・ヴァシーリエは、武器なら何でも持ち込みが可能らしい。ウォルクスは使い慣れた剣を使うはずだから、その時点ですでにレイドが不利だとエルバーは言った。

 何でもと聞いて一瞬フェルドラルが頭をよぎったが、人前で使う訳にはいかない。


「じゃあ、ひとまず武器を借りるか」


 そう言って先生の所へ向かうレイドに、ルーリアも付いて行く。


『このわたしに見合う武器があるとは思えないけど、我慢してあげるわ』

「……は? ルリに武器は必要ないだろ?」

『使えない武器ならいらないわ』

「…………大丈夫か?」


 心配そうな顔をするレイドに大丈夫だと伝えておく。武器を借りるのは、ある作戦のためだ。


「おう、準備は終わったか?」

「いや。そもそもオレたちは武器を持っていないんだが。借りられるのか?」

「はん? そうだったか?」


 ダジェット先生はギロリと周囲に目を向ける。


「おい、誰かこいつらに武器を貸してやれ!」


 周りはザワザワとするだけで、名乗り出る者はいない。これは当然と言えば、当然だろう。自分の大切な武器を他人に貸すような者は、そうそういないと思う。


 そんな中、一人の男性が声を上げた。


「オレの剣で良ければ貸してやろう」


 誰だろう? 初めて見る人だ。

 背が高くて騎士のような白の装い。

 サラリとした金色の髪に、透き通るような青い瞳。男の人だけどとても綺麗な顔立ちで、本で見る王子様のようだった。


「済まない。助かる、勇者」


 そのレイドの言葉にルーリアは固まった。


「オレはリューズベルトだ。勇者と呼ばれるのは好きじゃない。名前で呼んでくれ」


 ええぇえぇっ!! こ、この人が勇者様!?


「この剣で、あのムカつく女を好きなだけ叩き斬ってくれ。二度と立ち直れないくらい斬り刻んでもらっても構わない。……何ならオレが代わりたいくらいだ」


 リュッカは仲間のはずなのに、なぜか不穏なことを口にするリューズベルト。


「…………お、おう? 分かった」


 首を傾げつつもレイドが受け取ったのは、透き通った羽飾りが付いた魔法剣だった。どこからどう見ても逸品だろう。

 リューズベルトは『性格が悪くて荒れている』とナキスルビアから聞いていたけど、見ず知らずのレイドに親切に剣を貸してくれている。いま見た限りでは、悪い人には見えないような……?

 でもリュッカのことをものすごく嫌っている雰囲気は、何となく伝わってきた。


「剣は一本でいいのか?」

「私の剣も使ってもらっていいわよ?」


 リューズベルトから少し遅れて声をかけてくれたのは、セルとナキスルビアだ。


「いや。助かるが、オレは一本あれば十分だ」

『なら、わたしが借りても文句はないわね。このわたしが使ってあげるんだから、有り難く思いなさい』


 ルーリアの言葉に、セルとナキスルビアはそろって動きを止める。それから肩にかかる罰ゲーム中のタスキを見て「ああ」と声を漏らした。

 二人から可哀想なものを見るような気配を感じる。地味に傷つくから、そんな目で見ないでもらいたい。


「貸すのはいいけど、ルリは剣を扱えるの? けっこう長さもあるわよ? 大丈夫?」

『問題ないわ。黙って見てなさい』

「そ、そう? それならいいけど。って、違和感しかないわね、その話し方」


 ……でしょうね。


 セルから借りた金色の魔石が輝く重厚な黒剣と、ナキスルビアの青い宝玉の輝く銀色の細身の剣。

 立派な鞘に入っているとはいえ、どちらも二人の大切な剣だ。ルーリアは落とさないように、しっかりと胸に抱えた。


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