第142話 自分で招いた罰ゲーム
次の日。ルーリアが正門から学園の中に足を踏み入れた、その瞬間。
『おはよう、みんな。さあ、本日の主役の到着だよ!』
その声は突然、響き渡った。
言うまでもなく神の声だ。待ってましたと楽しげな声が響くと、周りにいた人たちの視線が一斉に自分に集中する。
えぇえッ!? な、なにっ!?
昨日は嘲笑で、今日は憐れんだような目で見られている。なぜ!? しかも今回は神が相手とか、もう訳が分からない。
『ルリ。キミは入園3日目にして、この学園の園則を破った。それが何か分かるかい?』
「園則を!? わ、わたしがですか?」
何かしましたっけ? と、自分で自分に問いかける。突然のことで頭は真っ白だ。何も思いつかない。
けれど、神の言葉だ。間違いなどあるはずがない。自分が気付いていないだけで、何かやってしまったのだろう。
昨日の情報学科への襲撃だろうか?
その時に関係ない生徒まで気絶させたこと?
割と思い当たることはある。
はわゎゎ……ど、どうしよう……っ!
ルーリアが真っ青になって立ち竦んでいると、門の横にある転移装置から菓子学科の助手のグレイスが現れた。
「おはよう、ルリ。とても残念です」
微妙な顔で微笑むグレイスは、ルーリアの身体に輪状のタスキをかける。そのタスキには、こう書いてあった。『罰ゲーム中』と。
「…………え」
ば、罰ゲーム? なに、それ?
『ルリ、キミは人の名前を呼ぶ時、いつもどうしてた? 覚えているかい?』
「な、名前?…………ああぁあッ!!」
よ、呼び捨てのルール!?
『そう。キミはそれを入園してから10回以上破ったんだ。これはその罰だよ。今日一日、学園にいる間、キミにはある呪いが掛けられる。それがキミへの罰ゲームだ』
「のっ、呪いッ!?」
なんですと!?
『どんな呪いかは体験してからのお楽しみ。じゃあ今日一日、頑張るんだよ。みんなも生温かく見守ってあげてねー』
な、生温かく……!?
神の声の気配が消えると、周りにいた人たちは気を遣ってくれているのか、誰もルーリアに目を合わせようとはしなかった。
嬉しくて涙が出てきそうだ。
自分に掛けられた呪いを解くために学園に入園したというのに、例え一日とは言え、神から呪いの上乗せをされてしまうなんて。
ガクッと。ルーリアは膝から崩れ落ちた。
「姫様、大丈夫ですか?」
『……見て分からないの?』
(……はい、何とか)
………………え?
『いちいち説明しないと分からないなんて』
(何かおかしいです。口が勝手に)
「……姫様?」
『これくらいのこと、すぐに察しなさい』
(言いたいことと、言葉が違う)
……の、のおぉおぉぉ~~~~!!
ルーリアはすぐに理解した。
これは『口が悪くなる呪い』だと。
フェルドラルは「なるほど」と、状況を理解した模様。
「神はこういった遊びが好きな方ですから。姫様は今日一日、この状態で過ごされるしかないようですね」
こ、このまま一日……。
『なんてことないわ。面白いじゃない』
(これ、帰ったらダメなんでしょうか)
自分の声なのに違和感しかない。
ここで嘆いていても仕方がないから、とりあえず菓子学科の学舎に向かう。もちろんタスキ付きでだ。ものすごく悪目立ちする。
神の声は学園にいた全生徒に届いていたようで、教室では当然のように注目の的となった。
みんなの目が憐れみに満ちている。
とりあえず挨拶くらいはしておいた方がいいだろうか。それくらいなら、さすがに口もそう悪くはならないだろうし。
『気安くジロジロ見ないでくれる? 目障りなんだけど』
どよっ、とする教室内。
っにゃ────!!?
ルーリアが床に崩れ落ちると、シャルティエが笑いながらやって来た。
「くふっ。何かまた面白いことになってるね」
『このわたしを呪うなんて、神もいい度胸してるわ』
ルーリアは床に手をついたまま、シャルティエを見上げる。その目には涙が浮かんでいた。
「……その困った顔はどうにかならないの? 台詞と合ってないんだけど」
『顔に文句をつけるなら親に言いなさい。ケンカしたいなら買ってあげるわ』
慌ててブンブンと首を振る。
「くっふふ、苦しっ。いいよ、これ。すっごく面白い」
『よくも笑ったわね。絶対に許さない』
あ゛あぁぁぁー! もう帰りたい!
困った顔と台詞の組み合わせが面白いのか、シャルティエはやたらと話しかけてくる。ルーリアは死んだ顔で刺々しい言葉を返していた。
はぁ。こんな状態で授業に出たくない。
そう思っていたけれど。
菓子学科と料理学科の授業は先生の話を聞いたり、道具の使い方を習ったりするだけだったから、他の生徒たちと話すこともなく何とか無事に終わった。
問題はこの後。農業の授業だ。
シャルティエと別れたルーリアは、フェルドラルと農業学科の学舎に向かっていた。
せっかくレイドが仲良くしてくれているのに、変なことを口にして怒らせたり嫌われたりしたらどうしよう。
そう思って歩いていると、ルーリアたちを追いかけるように走ってくる男の姿が目に映った。
あれは……確か、情報学科のレオン。
慌てた様子でどうしたのだろう?
「ロリちゃーん! 伝言がありまーす」
ひどい。恥ずかしいから、その名前を大声で呼ばないで欲しい。
「誰ですか、貴方?」
フェルドラルは完全に忘れた顔で、レオンに対して身構える。
「フェル様、ひどいです。自分は情報学科のレオンです」
「……ああ」
「いましたね、そんなのが」と、本気で興味なさそうに呟くフェルドラル。安定してブレない。今はその図太さが羨ましい。真似したくはないけれど。
『このわたしに何の用? それにロリちゃんって何? バカにしてるの?』
ひいぃッ!!
ついうっかり話しかけてしまった。
「はっ。そ、そうですね。すみません、ロリ様!」
ぬぁッ!! なんてことだ。
さらにひどい方向に格上げされてしまった。
「それで何の用ですか?」
フェルドラルにジロリと睨まれ、レオンはビシッと背筋を伸ばす。
「はっ! ロリ様に軍部の教師主任より呼び出しがありました。本日の放課後、闘技場に来るように、とのことです」
…………は、え、はぁあぁぁ──!!?
どうして軍部の先生から呼び出しが!?
『上等じゃない』
いやいやいやいやいや。ちょっと待って。
なに言ってくれてるの、わたしの口!?
「ほう、軍部。伝言はそれだけですか?」
「はい。以上です!」
レオンは姿勢を正し、敬礼をする。
『ご苦労。用が済んだのなら、さっさと巣に帰りなさい』
「はっ。し、失礼します!」
ち、違う! 待って! わざわざ伝えに来てくれてありがとうって言いたかったのに!
呼び止めようと思って手を伸ばしたけど、レオンは気付かずに走り去ってしまった。
……あ、あぁあ~……。
今度会ったら謝らなきゃ。
「姫様、今の伝言は面倒でしたら聞かなかったことにして、無視しても宜しいかと思いますが」
フェルドラルは、あちこち探して来てくれたであろうレオンの努力を完全に無視する構えだ。さすがに、それは可哀想だと思う。
それにしても軍部が何の用だろう?
『せっかくのお招きだもの。乗り込んで派手に暴れさせてもらおうじゃない』
「なるほど。それは良いお考えですね」
…………いや、だからフェルドラル。
そこは、止めて欲しいんだけど。
そんなこんなで農業学科に辿り着く。
今日は、昨日耕した畑に野菜の苗を植えていく授業だ。
わあぁ~~……。
見たことのない植物がいっぱいある。
黄、黄緑、緑、深緑、茶、赤、赤紫、紫。
いろんな色で、いろんな種類の苗が並んでいる。可愛いし、見ているだけで楽しい。
「…………っ」
レイドは罰ゲーム中のタスキを見るなり、口元を押さえて肩を震わせた。地味に傷つく。
『どうやら痛い目に遭いたいようね』
「……くっ、はははは! 駄目だ、おかし過ぎる!」
ひどい。涙を浮かべてまで笑われた。
でもそんなレイドを見て、ルーリアはホッと息をつく。良かった。変なことを口にしても、気にしないでいてくれて。
「……せめて、表情がな……っ」
もちろん顔は眉が下がったままだ。
それにしても笑い過ぎじゃないだろうか。
『いい加減にしないとその口、焼いて塞ぐわよ』
「んっ、じゃあ、真面目に働くとするか」
ルーリアたちは好きな野菜の苗を選び、昨日、自分たちが耕した畑に次々と植えていった。
等間隔に植えられた苗は、まだ小さくてちょっと頼りない。植えた後は、魔法で霧雨を降らせた。葉の上では透明な水の玉が宝玉のように光っている。とても綺麗だ。
『せいぜい枯れないことね』
「……なぁ、ルリは本当は何て言ってるんだ? せっかく言葉を伝えようとしているのに、それが分からないのはちょっともどかしいな」
うーん。もどかしいというか。
伝えたい意味が違うから。
『そんなのレイドに関係ないじゃない』
「……関係ない、か」
…………あっ……。
何となく。今の言葉は放っておいてはダメな気がして、ルーリアはレイドの服の裾を掴んだ。
拾った木の枝で、地面に文字を書いていく。
「何だ?『心配してくれてありがとう』? これが『関係ない』になるのか。ひどいな」
その後もルーリアは地面に文字を書いては消し、レイドと会話をしていった。
放課後に呼び出されたことを伝えると、
「ん? ルリも呼び出されたのか?」
(ルリ『も』? えっ、じゃあ、レイドも?)
「ああ。オレも軍部から呼び出されてる」
(どうして?)
「オレは農業学科の選別に落ちた時のために、軍事学科にも入学の申し込みをしていたんだ。けど、学園には一人一学科っていう決まりがある。両方受かっていたから農業学科に通うって、ちゃんと伝えたはずなんだけどな」
……そうだったんだ。
レイドは他の人たちと比べると身体が引き締まっていて、身のこなしやまとっている空気がちょっと違う。どちらかといえば軍事学科の生徒だと言われた方が、しっくりくるかも知れない。だからこの話も、意外というよりは納得といった感じだった。
「じゃあ、授業が終わったら一緒に行ってみるか? ルリ一人じゃ、軍部の区域なんて怖くて入れないだろ?」
そう言って微笑むレイドに、ルーリアは声を返した。
『あんな所、怖くなんてないわ。もし嫌がらせでもしてきたら、丸ごと殲滅するだけよ』
「ん? 今のは何て言ったんだ?」
ルーリアはニコッと微笑んだ。
……今のは、そのまんまの意味かも。
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