第16話 有り得ない魔法陣
ユヒムとアーシェンは今後の予定をガインと話した後、再び外へ出て行った。
魔虫の蜂蜜のタルを隣国であるサンキシュの薬屋まで届けに行くそうだ。
転移の魔術具を使って移動するらしいけど、それでも家に戻ってくるのは明日の昼頃になると言っていた。他にもいろいろ用事があるのだろう。
そんな二人を笑顔で見送った後、ルーリアはすぐに自分の部屋へと向かった。
大人がギリギリ二人で眠れるくらいのベッドと机と椅子、控えめなクローゼットと大小の棚。
茶色い木製の家具があるだけで、女の子らしいとは言えない飾り気のない部屋だ。
机の上はエルシアから送られてきた魔術具や、補修のための材料で埋め尽くされていた。
明日から心置きなく料理を教えてもらうためにも、魔術具の手入れは先に終わらせておきたい。
それなりに数はあるけれど、一気に片付けてしまおうとルーリアは思った。
……どれから手をつけよう。
少し考えて、まずは魔力補充からすることにした。
やり方は簡単で、魔術具に付いている魔石に魔力を流すだけだ。魔石に手をかざすと、その魔術具に合った大きさの魔法陣が浮かび上がり、魔力供給者から発動に必要な分だけ勝手に引き出してくれる。
けれどこれは、ルーリアがエルシアを信頼しているから出来ることだった。知らない魔術具に魔力を流すことは、どれだけ引き出されてしまうか分からないため、本当はとても危険なことなのだ。
生まれつき魔力を持っている者がそれを枯渇させてしまうと、生命を失うことになる。
まずは一つ目……っと。よし、次は……。
一つずつ魔力を流していき、供給が終わる度に魔力の残量を確認する。確認といっても目に見える訳ではないから、疲れ具合とか何となくでだけど。
そうして四つ目の魔術具に魔力を込めたところで、軽く疲れを感じた。
……そろそろ回復しないと、かな。
棚に置いてある蜂蜜の瓶とグラスに手を伸ばし、森へ行く時にいつも持っていくカゴの中から肉球の彫刻が入った木製のスプーンを取り出す。
小さい頃にガインが作ってくれた、ルーリアのお気に入りのスプーンだ。長く使っているから年季が入っている。
『
小さな水球でスプーンを洗い、蜂蜜をすくってグラスに注ぐ。これだけだと飲みにくいから、棚にあった果実酒を少しだけ足した。
即興の魔力回復薬の出来上がりだ。
蜂蜜の果実酒割り、とも言う。
ほんのり紅い色と甘い香りを楽しんで飲んでいると、じんわり魔力が戻ってくる。ほわんと身体も温かくなるけど、これは酒のせいだろう。
そういえば。と、ルーリアは果実酒の瓶を手に取り、じっと見つめる。自分で作った物だ。果実酒を作るのは、ずっと調合だと思っていたけど、もしかしたらこれは料理なのだろうか?
魔力が回復したところで、魔力供給を再開する。
今回エルシアが送ってきた魔術具は、魔力補充だけの物が12点と、修復する必要のある物が3点あった。
酒を飲んでしまったから、細かい作業になる修復は明日以降になるが、魔力補充は今日中に終えてしまいたい。
そこそこ魔力は必要となるけど、蜂蜜があるから大丈夫だろう。もちろんいつもなら、こんな無茶な真似はしない。
『料理』という甘い誘惑を目の前にぶら下げられたルーリアは、酒が入っていたこともあり、完全に調子に乗っていた。
魔力を回復させては、供給を繰り返す。
そうして全ての魔術具に魔力を注ぎ終わる頃には、魔力の急激な増減を繰り返したせいで、すっかり魔力酔いを起こしてしまっていた。
「……ゔぅ~~……気持ち悪いぃ……」
ついでに酒にも酔っている。
果実酒ではなく、お湯割りにしておけば良かったと、終わってから気付いた。
魔力は減っても、アルコールが溜まっていくことを忘れていたなんて間抜け過ぎる。
ルーリアはガインたちに隠れて酒を飲むが、どんなに大人ぶっていても身体は子供だった。
「はぁぁ~……。机の角がひんやりして気持ちいい」
冷えた机に頬を押しつけ、クラクラする感覚が落ち着くのを待つ。酔っているせいで、視界がロウソクの火のようにぼやけて揺れていた。
「…………」
ふと、フェルドラルの深緑の魔石がキラリと光って目に映る。
ぼー……っと見ていると、魔石の外側から内側へ、淡い緑色から濃い深緑色へ。その中心へ向かえば向かうほど、深い森の奥に沈められていくような、そんな感覚に目が離せなくなっていった。
「…………綺麗……」
無意識の内にフェルドラルの魔石に手を伸ばしたところで、ルーリアの意識は途切れた。
◇◇◇◇
「…………ん……」
気がついたのは、次の日の昼より少し前の時間だった。変な姿勢で机に突っ伏していたから、身体を起こそうとすると全身に痛みが走る。
「っ……ぃ、たた……あれ……?」
机の上には蜂蜜の瓶と果実酒と空いたグラス、それと魔力補充の終わった魔術具が置いてあった。
……あ。もしかして、酔ってそのまま机で眠ってしまった、とか?
魔力補充が終わったところまでは思い出せるが、その後の記憶が曖昧だ。
……ま、いいや。
しばらく考えても思い出せないから、ひとまず顔を洗おうと思い、一階に下りて裏口から外へ出た。
「……ふぅ……」
ひんやりとした秋風の中、冷たい井戸の水で顔を洗う。ちょっと冷たいけど気持ちいい。
ぼんやり寝惚けていた頭の中が、さっぱりした気がした。やっぱり魔法で出した水で洗うより井戸の水の方が好きだ。
髪をほどいて手で梳き、軽く深呼吸してから家の中に入った。まだユヒムたちは戻ってきていないようだ。
ルーリアは自分の部屋に戻り、魔力補充の終わった魔術具を荷物置き場に片付けていった。
蜂蜜の瓶と果実酒を棚に戻し、机の上のグラスとスプーンも洗って棚とカゴに戻す。
ふと、広くなった机の上に置いてあるフェルドラルに目が留まった。確か手紙には、魔力を受けつけなくなったと書いてあったはずだ。
ルーリアは魔石に触れないように気をつけながら、そっと弓に指先を滑らせた。
全体的に白を基調とした繊細な模様。
武器というよりは芸術品だ。
傷などが入っていないか。おかしなところはないか。ルーリアはじっくりと観察した。
……どこにも異常はなさそう。
となると、やっぱりこの魔石の部分が原因だろうか。
ルーリアは落としたりしないように、仮に落ちたとしても傷が入らないように、フェルドラルを持ってベッドに移った。
……じゃあ、試しに。
ほんの一瞬だけフェルドラルの魔石に触れ、指先から少しだけ魔力を流してすぐに離した。
すると、次の瞬間。
「──ッ!?」
目も眩むほどの強い光が溢れ、フェルドラルから信じられないほどの大きさの魔法陣が次々と浮かび上がってきた。
その一つ一つが魔力供給を必要としている淡い光を帯び、ゆっくりと軌跡を描いて回っている。
「────……っ」
現れたのは、部屋の空間を埋め尽くすほどの美しい魔法陣だった。
「………………」
声も出せず、ルーリアは呼吸さえ忘れる。
本で読んだ通りなら、魔術具の武器は一つのアイテムに対し、一つの魔法陣が基本だったはずだ。
中には複数の魔法陣を持つ物もあるらしいけど、それを作るにはかなりの技術が必要だと記憶している。
それなのに。
「……あ、有り得ないですよ、これ! 魔法陣が12って!?」
目の前に広がる、12の大きな魔法陣。
魔法陣の大きさは込める魔力量と比例する。
大きければ大きいほど消費する魔力量が増え、その威力も上がるということだ。
「……ぅ、あ…………」
フェルドラルの大きな魔法陣は、それぞれが複雑に絡み合い、絶妙なバランスと独特な美しさを持っている。
瞬きするのも忘れるほどの異様な光景。
ルーリアは口が半開きのまま、呆然となった。
…………12……。
今まで見たことも聞いたこともない数だ。
この世界には、想像上でも作り話でもなく、ただ一人の神が実在する。
創造神、テイルアークだ。
その神が創った物だとでも言われなければ、その存在を納得も理解も出来ないような、そんな代物だった。
……こ、これをわたしの遊び道具にって。
冗談では済まされませんよ、お母様!!
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