7 元暗殺者

 出発した俺たちは馬車に揺られながら、外の景色をながめていた。

 相変わらずシュナはすねており、俺に顔を向けることはなかった。

 俺、めちゃくちゃ嫌われてるな…………やっぱり彼女を子どもなんて言ったせいか?


 その瞬間、向かいに座るシュナがこちらを向き、目が合う。しかし、すぐに顔を逸らしフンと鼻を鳴らしていた。

 うーん。

 このパーティーでやっていけるか心配だ。


 隣に座るナターシャは俺の肩にもたれかかり、スース―と息をたて、眠っていた。

 気持ちよさそうに寝るな…………。


 一方、メイヴも腕を組み、顔を俯かせて寝ていた。

 いや、この人、様が男なんだよな。

 そこらへんにいるイケメンよりかっこいいというか、男の俺も惚れそうになるというか。


 出発して3時間後。

 王都グラスペディアと俺たちの地元の街デルフィニュームの丁度真ん中に位置する山が見えててきた。

 

 遠くからよく目にすることはあったけれど、本当に高い山だな。

 そうして、ぼっーと眺めていると、突然馬車が止まった。

 

 「? なんだ?」

 「モンスターでも現れたんじゃないの」


 俺のつぶやきに答えてくれたのは、シュナだった。

 

 「…………お前、話してくれるんだな」

 「最低限のことは話すわよ。でも、あんたの加入は仮なの。あんた、何かやからしてみなさい? ナターシャが何を言おうと、即追放させるから」

 「分かった」


 そう言ってきたシュナの黄色い瞳は真剣で真っすぐだった。

 睨んでいるようにも思えたが、真剣なのは間違いない。


 「じゃあ、モンスターを倒してくる」

  

 だったら、今彼女に認められるいいチャンス。

 俺は起こさないよう、ナターシャを横に寝かせ、馬車を降りる。

 幸い以前少しだけ使っていた剣もあり、戦闘準備はできていた。


 「ちょっ! あんた! 今、私の話聞いてた!?」

 「聞いてた」

 「なら、なんで馬車を降りて…………」

 「このまま馬車が止まっているのも困るだろ? 俺がさっさと倒して馬車を動けるようにした方がいいと思うんだよ」

 

 それに自分の力も試してみたい。

 覚醒してからも、俺はモンスターを倒したり、魔法を使ったりはしなかった。

 少し怖かったんだよな。器物損壊とかしないかって。

 

 モンスターを倒している最中に何かを壊しても、見逃してくれるだろう、多分。

 

 俺は一番前を走っていた馬車の方へ向かう。前方には数匹のゴブリンが見えた。

 

 「ああぁ、お客さん。危ないですよ。ここは私たちがなんとかいたしますので」

 

 うーん。

よぼよぼのおじいさんになんとかすると言われてもな…………。

 

 「俺が倒すんで、おじさんたちは少し下がってもらえますか」

 「えぇえ? あなたが戦うんですか?」

 「そうですが…………それがどうかいたしました?」


 「いや…………お客さん、かなり痩せていらっしゃるので…………」

 「すぐにやられそうに見えると?」

 「え、ええ…………すみません」

 

 ええー。

 俺ってそんなに細く見えるのか?

 これでも最近は畑づくりで体力も筋力もついた方だと思ったんだが。

 

 まぁ、いい。

 俺はレベルが上がったんだ。

 ステータスのレベルがウソついてなかったら、コイツぐらい倒せるだろ。

 

 俺は片手剣を構え、攻撃を仕掛けようとした瞬間、


 「あんた、遅いわよ」

 

 俺の頭上を何かが飛んだ。

 前方を見ると、そこにいたのは両手剣を持ったシュナ。

 彼女の両手には紫のオーラがまとわっていた。

 

 あれは…………闇魔法?

 

 ゴブリンに襲い掛かる。

 

 ゴブリンたちが攻撃をしかけるが、シュナは自分の小さな体を最大限に生かし、機敏に避ける。そして、同時にやつらの首に刃を差し込んでいった。

 まるで踊っているかのように、鮮やかにやつらを倒した。

 

 「ふぅ、こんなものよね」

 「お前…………強いな」

 「当たり前でしょ? 私はナターシャのパーティーにいる者よ。ナターシャのパーティーに入るやつはこのくらいできないといけないの。あ、もしかして、あんた自信なくした? なら、とっとと家に帰ること…………」

 

 彼女の背後に現れた大きな影。

 シュナよりも、俺よりもずっと大きい影。


 「お前、後ろっ!」

 「!」

 

 そいつが持っていた太い木棒がシュナへと勢いよく向かっていく。しかし、シュナは驚きのあまり体が固まっているようだった。

 ————————アイツ! 逃げろよ!


 前の俺ならここで動くことなんてなかった。

 怖くて、足がすくんでいただろう。

 

 だが、今の俺は覚醒した。ステータスも上がった。

 今の俺ならきっとコイツを倒せる。

 どこからか湧き出るそんな自信が俺の背中を押した。


 「っ!」


 俺はシュナの前に飛び出し、右手に持っていた剣で木棒を受け止める。

 そして、空いていた左手で氷魔法を唱えた。


 「アイスローズスローズ!」


 巨体のホブゴブリンの体に、氷の棘の蔓が巻き付いていく。複数の棘はホブゴブリンの体に突き刺さった。

 ホブゴブリンが弱っていくと、木棒を振り払い、勢いよく空へジャンプ。

 そして、ホブゴブリンの首元まで飛ぶと、その勢いのまま首を切った。

 

 「ふぅ。俺、意外とできるじゃん」

 

 思ったより簡単に倒せたし、使っても失敗することが多かった中級魔法も使えた。

 俺にしては上出来だな、うん。

 

 倒したホブゴブリンを満足げに眺めていると、おじさんたちが駆け寄ってきて、感謝の言葉をいただいた。

 お金までもらいそうになったが、そこは遠慮した。


 勝手に戦闘に出た身だし、クエストってわけじゃあなかったからな。

 そうして、呆然としていたシュナの元に行くと、彼女はプクーと頬を膨らませていた。

 …………これはまたすねていらっしゃる。


 「ふん。別にあんたが出なくても、私、避けれたし」

 「お前、完全にフリーズしてたじゃあねーか」

 「そ、そ、それはあんたが突然前に出てきたから、驚いたのよ!」


 「そうかよ、悪かったな…………それよりも、本当にあんた何者だ? あの動きは普通の冒険者には見られないと思うんだが」

 

 闇魔法を使うやつはよく目にしてきたけれど、あんな動きをするやつは見たことがない。

 すると、シュナは背中を向け、小さな声で答えた。


 「普通の冒険者でもこういう戦闘スタイルをするでしょうけれど…………まぁ、強いて言うのであれば元暗殺者ってところかしら…………」

 「はぁっ!? あんさつっ…………」

 

 大きな声を出すと、シュナに口を押えられた。

 身長小さいくせによく手が届くな。

 

 「大きな声で言わないでよ。変な目で見られるでしょ?」

 

 そう言われ、彼女に睨まれた俺だが、すぐに解放はしてもらえた。

 まぁ、シュナは身長小さいし、避けることなんて簡単なのだろうけど。


 でも、シュナが暗殺者?

 こんな小さな子この人が?

 本物の暗殺者を見たことがないが、さっきの戦闘スタイルは確かに暗殺者っぽいところは感じられた。


 じゃあ、なぜ暗殺者だったシュナがこのパーティーにいるんだ?

 そんな疑問を抱いた俺は、自分たちの馬車へ戻っている途中で、シュナに質問してみた。


 「なんで暗殺者をしていたお前がこのパーティーにいるんだ?」

 「…………別に言う必要ないでしょ。あんたに関係ない話…………」

 「それはね、私たちがシュナちゃんに勝ったからだよ」

 

 そう言ってきたのは、いつの前にか起きていたナターシャ。


 ん?

 ナターシャたちがシュナに勝ったって…………どういうことだ?

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