転落令嬢、氷の貴公子を拾う
瑪々子
追放
このアストリア王国で、16歳を迎える者が一斉に受ける魔術試験の日。
試験を終えた午後、今日という日を待ちわびていた家族の期待を裏切ってしまった私は、震える両手を膝の前でぎゅっと握り締めながら、父の書斎に呼び出されていた。
「お前に魔術が使えないことがわかった以上、お前に我が伯爵家の家名を名乗る資格はない。わかっておるな……?
お前の存在は我が家の恥。すぐにこの家から立ち去るがよい。
隣国との国境まで、馬車を用意させた。荷物だけまとめたら、急いで発て」
それだけ冷たく言い捨てると、父はくるりと背中を向けた。
その時、バタン、と大きな音を立てて部屋の扉が開く。
弟のアルスが、青い顔で部屋に飛び込んで来た。
「待ってください、父上!そんな、あんまりです!アリシア姉さんが生まれた時、この国随一の魔女とも言われたザーナ婆が、国の命運を左右する魔力持ちになるかもしれないと預言したというではありませんか。魔術試験の結果が間違っているのではないですか?
それに……」
父はちらりとアルスを振り向くと、凍てつくような一瞥だけ投げて、すぐに視線を戻した。
「立ち聞きとは趣味が悪いな。
お前だって知っているだろう?魔術試験に、間違いというのは生じ得ないと。
魔術の能力が少しでもあったなら、まだ可能性はあったかもしれない。だが、まったく使えないとなると、話は別だ。
ザーナ婆も、数年前に世を去っているから確認しようもないが、誰にでも間違いはあるということだ。
……はっ、私も間違いを犯した一人だがな。ザーナ婆の預言を信じ、強い魔術師の証と言い伝えられる赤紫の髪を持つアリシアに、今日のこの日まで心から期待をしていたのだから」
父の言葉が胸に刺さる。俯く私の耳に聞こえて来たのは、ドアの外で母がすすり泣く声だった。
この王国では、魔術の強さが家格を支える唯一の価値である。魔術を使える者は確実に一定の血筋からしか生まれない反面、優秀な魔術師を数多く輩出する貴族の家系であっても、ごく稀に、まったく魔術を使えない者が生まれることがある。そうした不運な者の存在は、その家ではなかったものとして取り扱われる。だいたい悲劇的な末路を辿ることになるこのような者に、拒否権などない。
私アリシアは、この王国のカーグ伯爵家次女として生まれ、この赤紫の髪色とザーナ婆の預言から、生まれたときからその魔術の能力を期待されていた。もし、今日の魔術試験を優秀な成績で通れば、皇太子の婚約者の第一候補になるとも言われていたほどである。
なぜ、皇太子の婚約者の座が私を待って空いたままにされるほどに、期待をされていたのか。
……それは、先程、魔術試験の結果が出てすぐに皇太子の婚約者に内定した女性の存在が一つの理由でもある。
「お母様、しっかりしてください……」
母の姿を確認しようと振り返った私は、鈴を転がすような声で母を慰め、その肩を抱く姉とばちりと目が合った。姉はすぐに目を逸らしたが、口元には隠しきれない笑みが薄っすらと浮かんでいた。
そう、今までずっと皇太子の婚約者の第二候補に上がっていたのは、非常に魔術の才に長けた私の姉、キャロラインだった。
この家系の女性がこれほど優秀ならば、魔女の預言を受け、歴史に名を残す魔術師と同じ髪色を持つ妹の優秀さはいかばかりかと、私自身の気持ちなど差し置いて、周囲の期待はそれはそれは膨らんでいたのだ。
私は既に背中を向けている父に一礼をして、父の書斎を後にした。
姉の横を通り過ぎる時、こんなにも近くにいる姉と、運命がまったく逆方向に離れてしまったことを感じずにはいられなかった。
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