気づいたら魔界にいた普通の人間ですが、すごい悪魔だと勘違いされています。

野良トマト

第1話 気づいたら魔界だったときの対処法

 だんだんと鮮明になっていく意識の中で、カズキぼんやりとあたりを見渡した。


 空は狭く、高層ビルほどもある灰色の建築物が所狭しと立ち並び、そのところどころから突き出た鉄の棘からは、様々な色のランタンがぶら下がっている。


 目の前には大きめの通りがあり、大小さまざまな悪魔が盛んに行き交って――


「……ん??」



 上司から無理な業務を押し付けられたカズキは、残業の後ヤケ酒を煽り、気づいたら魔界にいたのだった。


 そんなこんなで思わず放心していたところ、すれ違った人と肩がぶつかった。

 実は人じゃなくて悪魔で、肩では無く尾だったが、とにかくぶつかったのだ。


「あぁ……? なにぼーっと突っ立ってやがんだ……」


 妙に長い首が折れ曲がり、こちらへ向く。よく見ると目も四つくらいあった。わずかに残っていた酔いが吹っ飛ぶのを感じる。


 通常なら即座に逃げ出すところだが、残念ながら足は体を支えているのがやっとで、一歩すら動けそうにない。

 むしろこの状況で腰を抜かさなかったことを評価してもらいたい。


 しかし、何か行動を起こさなければ明らかに死ぬ。

 極限状態の中、フル回転したカズキの脳は、一つの画期的な作戦を導き出した。


「あ、あぁ、すまないな。先を急いでいたんだ……」


 普通に、返す!


 そう、普通に返すことによって、『あ、なんだ普通か』と思わせ、何事も無かったかのようにスルーさせる上級手法だ!!



「うん? お前、人間じゃねぇか。」


 普通にダメだった。

 まぁそうだよね。僕もそう思う。人間だもの。


 あまりにアウトな状況に思わず笑みが漏れた、その時だった。


「おいコラぁ! 何サボってんだ!! ぶん殴るぞ?!」


 突然目の前の四つ目が誰かに殴り飛ばされた。

 顔を上げると、先ほどより一回り小さく、どちらかというと人間に近い姿の悪魔が立っていた。

 人間に近いと言ってもやっぱり目は三つあるし、翼が生えてるし、目の白いはずの部分は真っ赤だ。


「す、すまねぇ姉御、ただこんなところに人間がいたから……あともう殴ってるし……」

「あぁ?? こんな悪魔だらけの場所に人間なんかいるわけねーだろーが! 寝ぼけてんのかボケが!!」


 そう言ってもう一発殴られる四つ目。

 なんとなくパワハラ上司を思い出し、少しかわいそうにすら思える。


「まぁまぁ、そこまで怒らなくても……」

「あぁん?!」


 あー。しまった。癖で口に出てた。

 日頃の癖ってこんな状況でも出るんだな、と妙に関心してしまう。



 今度こそ終わった……と思いきや、悪魔の反応は予想していたものとだいぶ違っていた。

 こちらを見るや否や、驚愕の表情で固まり、口をパクパクさせている。


「も、申し訳ありません、上級悪魔様がこんな場所にいらっしゃるとは思いもせず……!!」


 4つ目の頭をひっつかみ、地面に押し付けながら、女性の悪魔もまた地面に突き刺さらんばかりの勢いで頭を下げた。


「えっ、あ、姉御、こいつ人間じゃないの……?」

「馬鹿野郎!! 上級悪魔はほぼ完全な人間に変身できんだよ!! 悪魔に絡まれて笑ってる人間がいるわけねーだろ!!」


 どうもー、悪魔だらけの場所で悪魔に絡まれて笑ってしまった人間です。

 四つ目さんは全く間違ってないでーす。


 しかしなるほど、上位になるほど人間っぽく変身できるのか。きっとこの女性の悪魔も、あえて人っぽい姿に変身してるのだろう。

 この勘違いはまさに光明だった。


「い、いや、いい。顔をあげてくれ。よくあることだ。」


 なるべくそれっぽい言葉を選び、震える声で捻り出す。

 テンパって震えているだけだったが、一周回ってなんかめちゃくちゃ怒りをこらえてる感じになった。


「ひ、ひぃ!! すみません!! ほ、ほら行くぞ!」

「も、申し訳ありませんでした!」


 二人の悪魔は、足早に路地の向こうへ消えていった。



 なんと、悪魔を前にして、生き延びてしまった。

 不思議な達成感と高揚感を感じる。


 静かにガッツポーズを作る。

 これなら……これなら、何とか生きて帰ることもできるかも知れない。


 いや、できるに違いない!!



「……ほぉ。上級悪魔とな……。」


 といき込んだのもつかの間。

 目の前にはいつの間にか、黒いスーツとシルクハットを身に着けた老人が立っていた。


 おそらく出会った順番が逆なら、人間と信じて疑わなかっただろう。

 先ほどの悪魔が言っていたことが本当なら、まさに上級の悪魔ということだ。


 こちらが何かをいう前に、老人はずいと顔を近づけてきた。


「ふむ……最近物忘れが激しくてな。見覚えがないように思うんじゃよ……。」


 老人のルビーのように赤い瞳が、目と鼻の先にある。

 闇の中で、まるで炎のほうに、怪しく光り輝いていた。


「どれ、不躾なお願いとは思うんじゃがな……」


 先ほどまでの自信は積み木のように崩れ、頭の中は既に真っ白になっていた。

 それほどの威圧感だった。


「変身を解いて、姿を見せてくれんかね。」



 これは、詰んだかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る