始源の魔女と常闇の執行者 3

 それから暫く、互いに魔術を撃ち合った後。


 リタは、徐々に強まる頭痛の中、思わず舌打ちを漏らした。折角、ここから楽しくなるというのに。とはいえ、目的の遂行が第一だ。女子生徒の対処を急がねばならない。


「先ほどから、あまり集中していないようだな、少年? ――まるで、うちの学院の問題児のようだよ」


 ロゼッタは、戦闘中とは思えない柔らかな笑みを浮かべながら、表情からは想像もできない凶悪な魔術を放つ。雷撃が、氷槍が、炎矢が、止め処なく降り注ぐ。


(――――六連構成でさらに複層展開か! また面倒な!)


 流れるように展開されていく魔術の隙間を駆け抜けながら、リタは女子生徒の対処を急ぐ。だが、更にリタを焦らせる事態が重なった。それは、脳内に響いた妹の声だ。


『お姉ちゃん、聞こえる? 状況は?』


『先生と交戦中!』


 リタは、多くの物事を並行して処理をするということが、あまり得意では無い。魔術や魔法に関しては、手足のように使いこなせるまで長い時間を費やして訓練してきたが、それ以外に関してはさっぱりだった。


 だから少しだけ、投げやりな声になってしまったのは仕方が無いと思う。とはいえ、エリスは聡明だ。リタの声色だけで、状況を察知してくれる。


『分かった。その理由は後で聞くね。返事はしなくてもいいからとりあえず聞いてて? ラキちゃんが泣きながら部屋で暴れてるから、さっさと帰ってきてほしいな。床にも穴が空いてるし、お姉ちゃんの来月のお小遣いで補修させてもらうから』


 エリスの言葉に、リタは思わず頭を抱えそうになった。確かに、ラキを送り返してから時間がある程度経ってしまっている。


(やば……。フォロー忘れてた……)


 リタの動きが一瞬鈍ったのを、見逃すまいとロゼッタが大鎌を構える。地中からせり上がる、多くの岩石の柱がリタを捉えようと伸びて来た。リタは、それらを足場にそのまま空中を駆ける。勿論、月をバックに空中で優雅に回転しながら、魔術を放つのも忘れていない。


『――――どうせ理由は先生だから、だよね? でも、それはちゃんと自分の口で伝えて』


『分かってる』


 エリスの言葉に、リタは短く返事を返した。戻ったらラキに伝えなければならない。決して、足手まといだから送り返した訳では無いのだと。相変わらず詰めの甘い自分に腹は立つが、どちらにせよ今の状況を切り抜けるのが先決だ。




 よし、終わった――。リタは、一度ロゼッタと距離を置いて立ち止まった。丁度、女子生徒の血液の浄化と神経系の処理も完了したところだ。最悪、後の精神干渉術式の処理はロゼッタに任せても問題無いだろう。


「すまない、お嬢さん。――――そちらの紳士は、ご招待しても?」


 リタはそう言って、闇夜に視線を向ける。先程から、そこそこ派手にやっている自覚はある。そろそろ誰か来る頃だとは思っていた。


 リタの声に、茶髪の男は転移を使用しロゼッタの後ろについた。どうやら、ロゼッタの仲間らしいが、顔に見覚えが無い。教員では無いのだろうか。教師全員の顔を覚えているかという自信は全くないが、そうではない気がしていた。男の放つ気配と、足取りを見るに、あれ程の実力者なら忘れる筈がないと思ったからだ。ロゼッタは、男を睨むように一瞥するとこちらに視線を戻した。


(あの風貌……。衛兵でもないみたいだし、うーん。恋人かな?)


「……我も舐められたものだな」


 ロゼッタは、苦々し気にそう返す。茶髪の男、ダグラスは無言のままだ。徐々に、緊張が高まっていく中、更に別の声が響く。


「あ゛あ゛ぁぁぁ! 魔女が、ぞこに居るノかァ!?」


 そんな声を発したのは、結界の中で不完全な下半身を引き摺る魔人化した女であった。真っすぐに、ロゼッタに憎悪の視線を向けている。ロゼッタは、それに答える気はないようだ。リタが「知り合いか?」とわざとらしく聞くも、軽く肩をすくめるだけであった。


「お、お゛前ダけは、アタイがぶち殺スぅ!!」


 凄まじい形相で、筋組織がむき出しの右腕をロゼッタに向けた魔人の女。その瞬間、ロゼッタは無詠唱で魔術を放つ。


 だが、結果としてどちらの魔術もお互いに届くことは無かった。どちらも魔人の女を包む、リタの結界の前に霧散したからだ。


「魔女! 何を゛シタ!? 殺す殺す殺スゥゥゥ!!!」


 魔人の女は、結界もロゼッタの仕業だと思っているのか、ひたすらにロゼッタだけを睨みつけながら地を這っている。


「貴様の顔に見覚えは無いが?」


 ようやく口を開いたロゼッタと、相変わらず無表情で佇むダグラス。リタはとりあえず、話を聞いて損は無いと静観を決め込む。ロゼッタの声を聞いた魔人の女は、耳障りな笑い声を上げた。


「ソりゃそうだァ! キャハハハハハハハハ!! ――――はぁ、はぁ。……それでも、全部、お前の、せいだよ。お前が、アタイの大切なものを全部奪ったんだろうが!! 夫も、息子も、皆!!」


 徐々に、肉体が再生しつつあるのか、少しずつ話し方も流暢さを取り戻している。だが、声に含まれる狂的な憎しみは明らかに増してきていた。ロゼッタは表情一つ変えていない。魔人の女は、更に畳みかける。


「魔女よ、“セドリック・ヒィト”。この名に、聞き覚えはあるか?」


「……ああ、勿論覚えているとも。生意気だが、向上心があって、いつも努力していた我が学院の卒業生だ。――そして、我が自ら手に掛けた、四人目の生徒でもある」


 ロゼッタは、苦虫を嚙み潰したような顔で口を開く。てっきり答えないかと思っていたが、ロゼッタは魔人の女の顔を見据えてそう発した。何か、思うところがあったのかもしれない。


「そうだ!! 内臓をぶちまけて、壁の染みになった我が子を見たアタイの気持ちが分かるか!? 首を吹き飛ばされて、床に転がってる夫を抱きしめたアタイの気持ちが分かるか!? お前には、分からないよなァ!?」


「……確かに我には分からない。貴様に悲しみを味あわせてしまった点だけは、詫びてもいい。だが、それでもだ。あの判断は正しかったと、今でも思っている」


 ロゼッタは、あくまで表情を変えず、けれどもその瞳の奥に確かな激情を秘めてそう発した。女の言葉も、ロゼッタの言葉も重く感じた。


 王立学院で学ぶ技術は、最終的には人を殺す技術となる物ばかりだ。生徒への愛情を感じる面を見たからこそ、どんな事情があったのかは知らないが、自らその手で殺したというロゼッタの言葉は特に重く感じたのかもしれない。彼女なりの責任の取り方なのだろうか。少なくとも今のリタには分かりそうに無かった。


 私が殺してきた魔人にも、大切な存在が居たのだろうか。

 そんな事情があったのだろうか――――。


 一瞬だけ、何かが頭を過りそうになるも、リタはそれを無理やり追い出した。懺悔など、死んでから幾らだってすればいい。


 とはいえ、大体の事情は見えてきた。今回の事件自体は、ロゼッタへの私怨から派生したもののように思える。ユミアを襲ったのは、魔人化の秘密を知られたと勘違いしたからだ。


(うーん。でもやっぱり、この魔人もレベルが低い。結局、この魔人の私怨を利用した別の輩が居るのかな。そっちの目的は全く分からないけど、ユミアに仕掛けられた術式も、魔人化のこともそいつらが用意したと考えるのが妥当か。多分、この魔人の様子じゃ、そっちの情報は殆ど持ってないんだろうな……)


 魔人の女は、まだ何か喚いているが、既にリタは聞いていなかった。少なくともリタには、女への同情など、出来るはずもないからだ。


 最低限必要な情報は得た。背後の存在は不明だが、学院を狙うことにメリットを感じる存在であることには違いない。とりあえず、頭も痛いしそろそろ戻らなくては。リタは、無音で背後に転移してきたダグラスを蹴り飛ばすと手を叩いた。


「さて、図分と俺を蚊帳の外にしてくれたようだが、そろそろ幕引きだ。――――もう少し踊りたかったんだが、すまないな麗しきお嬢さん? それから、行儀の悪い紳士と、魔に魅入られた女よ」


 張り詰めていく空気を肌で感じながら、リタは笑みを浮かべた。そして、口を開こうとした魔人の女の横に転移すると、再生途中の腹部を踏みつぶした。耳障りな絶叫が響き渡る。足裏にこびり付いた、体液と肉片を、魔人の女の顔に塗りたくったリタは口を開く。


「少し、静かにしていろ。お前にどんな事情があったにせよ、俺は俺の正義を執行する。この痛みはお前に傷つけられた少女の分だ。その命を失うまで、決して忘れるな」


 そのままリタは、再生途中だった魔人の女の四肢を焼くと、結界を解き何か言いたげなロゼッタとダグラスに声を掛けた。


「今夜は、中々楽しめたよ、“始源の魔女”。次こそ、俺をひりつかせてくれ」


「待て――!」


 まだ、女子生徒は解放していない。ロゼッタは、リタの言葉に宿る帰還の意志を悟ったのであろう。ロゼッタは、リタが作った土魔術の建造物を一瞥しながら口を開く。だが、ロゼッタの言葉は手を翳したリタに遮られた。途端にその建造物は消失し、リタの魔術によって浮き上がった少女は、ロゼッタの横に着地する。


 一瞬ロゼッタの姿がブレると、既に女子生徒の姿は無かった。転移で何処かに避難させたのであろう。急がなくとも待ってやるというのに、せっかちなことだ。ロゼッタが戻ったのを確認したリタは忠告を投げかけた。


「あの少女、精神干渉を受けているぞ。だが、術者の魔人もあの様子だからな。加減を間違えなければ解けるだろう。こっちは、貰っていく」


 そう言ってリタは、手のひらに納まる物体を見せる。


「魔人因子――――」


 ダグラスが漏らした呟きを、リタは聞き逃さなかった。


「成程、魔人因子というのか。興味深い……。魔人の方の尋問も、そっちでするんだろう? 俺の聞きたい情報は粗方聞けたが、事の顛末をそのうち聞きに伺おうじゃないか。お二人が揃っている時にな」


「くく、面白い。我らが揃っている時に、訪ねてくる? そんなことが可能なのか?」


「覚えておけ。――――俺は、どこにでもいるぞ」


 リタの言葉に、ロゼッタは唇の端を吊り上げる。


「成程、いいだろう。出来るなら、やってみるがいい。貴様、名は何という?」


 ロゼッタの問いに、リタは大きく手を広げた。これで、“常闇の執行者”は複数いることを、ロゼッタに認識させることができたのだ。そして、自らの名を告げるチャンスを得たということでもある。


「ああ、そうだな。教えてやろう。我が名はジ・エンド」


「ジ・エンド?」


 訝し気に、首を傾げるロゼッタ。リタはその時、初めて気付いたのだ。普通に人名だと解釈された場合、エンド家のジという少年になってしまうということに。


「……安心しろ、偽名だ」


「言われなくとも分かっている」


 そんなやり取りをロゼッタと交わしている間も、ダグラスはこちらの隙を伺っているようであった。全く無粋なことだ。


「最後に……。今夜の礼だ。面白いものを見せてやろう!」


 リタは、そう告げると飛び上がり右手を天に掲げる。咄嗟に、構えを取る二人だが、もう遅い――――。ただ、リタの思惑通りに踊ってくれることを祈るばかりだ。


 必死にこちらに向かって魔術を繰り出そうとする二人。それを、全開にした干渉力で上書きしながら、リタは歌うように、魔法の詠唱を始めた。


「聞け! 虚が創りし天よ! 汝が玉座は、玉響にして泡沫。ただ、高きに在りしを不懐の戒めとし、低きを見下す陶酔の器なり。我が身、我が玉座は未だこの地に在り。なれば今宵、見下ろすことの愚かさを、汝が身に刻んで知らしめん。此処に堕ち、我が前にひれ伏せ――――! 天墜ヘヴンフォール!」

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