レンタル彼氏が元カレだった件②
デート当日、流石にまだマスコミも慌ただしく、大っぴらに外へ出れない梨生奈はサングラスをかけて待ち合わせ場所にいた。
マンションの裏口から出たが誰にも見つからなかったのは、事務所が根回しをしたのかもしれない。
これからレンタル彼氏に会う緊張感と自分が元アイドルのリオだとバレないかという心配もあり、ずっとそわそわしていた。
『大きな時計塔の前で待っています。 服装は昨日お伝えした通りで、今はサングラスをかけています』
『分かりました。 もうすぐ着きます。 僕から声をかけに行くので、そこで待っていてください』
今回の相手は“ソウ”という男性で、昨夜からメッセージが届き待ち合わせの打ち合わせをしていた。 メッセージは店が用意した連絡アプリのため個人情報は洩れない。
―――大丈夫、だよね・・・。
―――バレてない、よね?
周りの視線が気になって仕方がない。 周囲をキョロキョロと見渡していると頭上から声がかかった。
「もしかして、りぃちゃんですか?」
“りぃちゃん”というのは、呼んでほしい名を聞かれた時にそう答えたあだ名だ。
「はい。 えっと、ソウさん・・・!?」
相手の顔を見て、梨生奈は固まった。 イケメンだったとか、好みでなかったとかそういうことではない。 目の前にいたのは、先日まで付き合っていた颯人だったのだから。
―――え、え、待って、どういうこと?
―――どうして颯人がここにいるの?
―――いつから、レンタル彼氏をやっていたの・・・?
自分も異性からチヤホヤされる側で、熱烈なファンの告白を受けたこともあり嫉妬を集めていた。 それでも元カレがそういう仕事をしていたということに、少なからずショックを受ける。
「どうかしました?」
「あ、いえ・・・」
『颯人だよね?』と言いそうになったが何とか堪えた。 自分が元カノだと黙っているのは心苦しいが、彼のためにも言わない方がいいのだろうと思ったのだ。
この様子では自分のことに気付いていない様子。 眉一つ動かしていないのだから。
「よかったら、敬語は抜きで話さない?」
「・・・うん」
「ありがとう。 りぃちゃん、今日はよろしくね」
まともにソウのことを見れなかった。
―――確かに私が書いた好きなタイプにピッタリ。
―――だけどまさか、その本人が来るなんて・・・。
「手、繋がない?」
「・・・いいの?」
「りぃちゃんが嫌ならいいけど、俺は繋ぎたいな」
恐る恐る差し出された手を握った。 先日まで一緒に並び手を繋いでいたことが思い出される。 手の大きさや背の高さで、自分が誰なのか分かってしまうのではないかと怖くなった。 だが――――
「じゃあ行こうか。 今日はショッピングでいいんだよね?」
彼は何も言わなかった。 バレなかったことはいいがどこか心が痛い。 気付いてほしいと思う自分も少しはいる。
―――やっぱり私には不幸の神様が憑いているのかも。
―――これじゃあ、気晴らしになるわけがないよ。
並んで歩いているうちに人ごみに辿り着いた。 派手な音に歓声、どうやらアイドルがステージを使っているらしい。 幸い自分が所属していたグループではないが、面識のあるアイドルだった。
「アイドルは好き?」
「え? あ、えっと、まぁ・・・」
「そっか。 僕も好きだよ。 彼女たち、いつも僕たちの前では輝いている笑顔を見せてくれるけど、実際裏では凄く大変な思いをしているんだろうね」
「ッ・・・」
「そんな彼女たちを、僕は尊敬する」
あの時に電話で言ってほしかった言葉。 それを今言われ、涙が出そうになるのを堪えることしかできなかった。
「一気にここを抜けようか。 僕が盾になるから、りぃちゃんはピッタリ付いてきて」
手を強く握られ引っ張られた。 何とか人ごみを抜けると、これからは楽しみにしていたショッピングの時間だ。 そのはずだったのだが、連れてこられたのは大きな木を背にしたベンチだった。
「えっと・・・」
「りぃちゃん、大丈夫? 何か思い悩んでいることでもあるの?」
本当は全てを打ち明けて楽になりたい。 だがそんなことができるわけもなく小さく首を振る。
「ごめんね。 折角来てくれたのに、私・・・」
「自分を責めないで。 人が多いから疲れやすいよね。 りぃちゃんはここにいて、飲み物を買ってくるから」
涙を堪えるのがギリギリだ。 ソウはそのままの颯人で、一人称が俺から僕に代わり少し言葉が丁寧になったくらいであまり変わらない。
デートの時に当たり前のようにリードしてくれるのも何も変わっていなかった。
―――颯人は、知らない女の人にもこんなに優しくしているのかな。
今自分が利用しているのはレンタル彼氏で、冷静に思えば対等の関係ではない。 お金を払えば誰でも受けられるサービスだ。 そう考えると苦しくて仕方がない。
だけど颯人には言っていないが、キャバクラまがいの営業活動bをやったこともある。 だから何も言えない。 考えても悪循環だと思い首を振った。
―――駄目だ駄目だ!
―――今日は楽しまないと!
―――ソウさんにも心配をかけては駄目。
―――ソウさんは颯人じゃない。
―――いつまでも引きずっていては駄目なんだ。
気を引き締めているとソウが戻ってきて、手にはお洒落な飲み物を持っていた。
「・・・あれ、一つだけ?」
「うん、僕はいらないから」
「でもそれだと・・・。 あ、私の分を飲む?」
「え?」
つい口から出てしまったのは、今までの習慣から。 いつも一つの飲み物を二人で半分にしていた。 それは油断なのだが、ソウは小さく微笑み手渡してくる。
「あ、ごめん、今のは」
「りぃちゃんが抵抗ないのなら、もらおうかな」
「ッ・・・」
恥ずかしそうに笑う彼を見て、今を幸せだと思う半面、胸が苦しかった。
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