2-3 決意

 あの後、宅配便屋にサービスで自分の住処まで送ってもらったダンゴムシは、不安の中に期待が少し入り混ざった気分で朝を迎えた。

 頭の中は恋人の安否でいっぱいだ。もう手遅れだったら。自分にできることは精一杯やった。もう天に任せるしかない。しかし……と頭の中でぐるぐると同じ考えをループする。


 どれくらい経っただろうか。突如、住処に日が射した。

 見上げると、大きい、人間の子どもがこちらを見ていた。普通なら丸まるところだが、もう丸まらなかった。丸くなることはできなかった。


「あなたが手紙書いたの?」

 人間の女の子が語りかけてくる。そうだ、と返事をしても聞こえない。ダンゴムシだから。

「ごめんね」

 女の子は、地面にいる私と、己の手のひらの内側に向かって言った。


 女の子は、包み込むようにした両手を地面に近づけてそっと傾ける。手のひらからコロコロと小さいダンゴムシが転がり出た。

 そして女の子は足音をたてて走り去っていった。遠くから女の子と女性の声が聞こえてきた。


「電話はしておいたけど、保育園に着いたら先生に一緒にごめんなさいしようね。」

「やだ〜」


 とても楽しそうな声色だった。

 しばらく丸まっていた恋人が通常の体制に戻る。恋人はこちらを見て、驚きと喜びの表情を見せた。心底安心する。


 恋人に宅配便屋のことを話した。すると恋人が聞いていくる。「私たちダンゴムシはお金を持っていないでしょう、どうしたの?」と。

「ダンゴムシにとって大切なものを渡したよ」と答えた。恋人は慌てた様子で問いただしてくる。

「大丈夫。私にはもう必要ないものだったから。」

 それだけ言うと恋人はまだ不安そうな顔をしたが、もう問いただしてはこなかった。


 ダンゴムシの特徴、『丸くなること』を私はもうできない。その能力を宅配便の報酬として渡した。しかし何も後悔はない。丸まっているうちに、私の知らないうちに何かが起きてしまうより、自分の目で全てを見たいから。

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