第34話 鬱陶しさと後悔と
誤解しないでほしいのだけど「鬱陶しかった」と表現したのは、別に
私は大抵のことは鬱陶しいし気に入らない。
それを表に出さないだけで裏ではそう思ってる。
そんな私は何でも鬱陶しいから一人がいいし、概ね全部が気に入らないから一人がいい。
でも、それでは人間関係もままならないから決して表には出さない。
人付き合いは必要以上にちゃんとしてるつもり。
その結果としての私の周囲からの評価はとても高い。私はちゃんと自分を押し殺せてる。
周りは私をクールだとか言って、勝手に私を解釈してくれる。私はその解釈を肯定も否定もしない。
どうでもいい人たちにどう思われようと構わないから。
……私がこんな話をするのは貴方が二人目。
一人目に同じような話をしたのは誤解されては困るからで、貴方に話すのは誤解されたくないから。
二つは同じようでまったく違う。
そしてどちらも必要だからしたはずなのに、私はきっと話したことを同じように後悔すると思う。
だけど、聞いてほしい。
また余計なことをしたと後悔している女の話を……。
後悔とは生きている誰しもが経験すること。
もれなく全員が多種多様に抱えるものだと私は思う。
人間がそんな後悔をする時というのは目の前に二つの選択肢があって、選んだ方の選択肢が間違いだったと気づいた時だ。
そして物事には必ず二つの選択肢がつきまとう。
右か左。はいかいいえ。するかしないかなどなど。
つまり人間は二分の一の確率で、どうやっても後悔しなくてはいけない生き物なのだ。
まぁ、小さな後悔ならきれいに忘れることができるし、次の瞬間には気持ちを切り替えることが可能でしょう。
そうやって人間は日常にある後悔に折り合いをつける。そうして生きている。
しかし、中には後悔を消すことができない事柄が存在する。そしてそれはどうしようもないくらいに取り返しがつかない場合が多い。
例えば、意中の人からのラブレターに気づかなかったり。
例えば、必要もないのに余計なことをして怪我をしたり。
例えば、そんな気もないのに安請け合いをしたり。
私の抱える取り返しのつかない後悔は、すでに精算したものを除くとこの三つ。
一つだって間違えたくない事なのに、私はその全てを間違えた。
余計なことをしたと後悔している……。
正しい方を選んでいれば私はきっと幸せだっただろう。
正しい方を選べていれば後悔なんて感じていないだろう。
正しい方がわかっていればそっちを選んだだろう。
──なんて、この「だろう」たちに意味がないことはわかる。
私は間違えたから正解
考えるべきは間違えた先。後悔の先なんだとわかってはいるのよ……。
◇◇◇
「──向かいに越してきた
これは小学校の低学年の頃の話。
斜め向かいの家に引っ越してきた黒川さんという家には私と同じ年齢の女の子がいて、向かいの家で同い年だからか仲良くしてと頼まれた。
それに私はどんな子なのかもわからないまま。
大人の人に頼まれたから。
母親にも同様に言われたから。
本当はそんな気などないくせに「うん」と返事をした。してしまった。
今の私なら「仲良くする気なんてないから無理です」と言えただろうが、この当時の私にはできなかったのだ。
はっきり嫌だと言えなかった。これが後悔の一つ目。
この引っ越しの挨拶に本人はいなかったが小学校が違うと聞いていたし、学校が違うということは遭遇しないようにすればいいのだと私は高を括っていた。
「──みさきちゃん?」
「……だれ?」
そう話しかけられたのは何日かあとのこと。
帰りのバスを降り、バス停からそう遠くない家に向かい歩き出した時だ。
前からきた知らない女の子に話しかけられた。
金髪で瞳の色も私とは少し違う女の子だった。
「やっぱりみさきちゃんだ!」
「だからだれなのかって、」
女の子は
黒川と聞いて思い出したのは向かいの家の同い年の子。朝は学校まで親に送ってもらうと聞いていた子のことだ。
その帰りがどうなのかなんて遭遇するまで気にしてなかった。
私たちは地域に二つある小学校のどちらからも家が遠く、どちらでも大差がないので好きな方を選んで小学校に通っていた。
だけど学校から遠くなるにつれ子供の数は減り、近所の子供となるとさらに減り、同学年で帰り道まで同じなんて子供は彼女くらいだった。
加えて家も向かいでは遭遇するなというのも無理があり、毎日のように帰り道にあとをついてくるオマケができてしまった。
鬱陶しかったし拒絶したかったけど、この当時の私にはできなかった。
帰り道にあとをついてくるだけだし気にしないでいようと私は決めた。
「みさきちゃん。みさきちゃんってば!」
「……話しかけてこないでって言ったでしょう」
「えーいいじゃん」
「よくない。ついてくるなとは言わないから、少しはなれて歩いて。そして話しかけないで」
しかしある時。私は余計なことをした。
目立つ見た目をからかわれていた彼女を柄にもなく助けてしまったのだ。
別に彼女に好かれようととか、仲良くしようとか考えたわけではない。
ただその様子が気に入らなくて、見ていて鬱陶しかったからそうしただけなのに、彼女は私に懐いてしまった……。
その上、それを親に話すものだから「仲良くしてあげてね」は「仲良し」に変換され、私が違うと言ってももう取り返しはつかなかった。
これは互いに別な中学にいっても変わらず、そんな話をした覚えはないのに部活も同じで、大会やら何やらでも顔を合わせるようにまでなってしまった。
「──美咲ちゃん。高校どこいくの? 噂だけどスカウトされたって本当?」
「黒川さん、もう一人で家まで帰れるでしょう。どうして未だに私についてくるの。こないだ話したわよね、鬱陶しいって」
「えー、いまさらじゃん。それに朝と帰りしか喋ってくれないんだからしょうがないじゃん。それより進路は? やっぱ陸上の強いとこ?」
「……貴女こそどうなのよ。部活を引退してからは遊びに忙しいようだけど進路は大丈夫なの。他人の心配してないで自分の心配したら」
「うっ、痛いところを……」
私が陸上を始めたのは部活動はどこかには入らなければならず、かと言って鬱陶しいのも嫌だったからだ。
陸上競技ならつまるところ一人で行うわけだから、余計な関わりを持ちたくない私には合っていた。
それに、やっただけ結果がついてくるのも面白かった。
頑張った結果が誰かの目に留まり、彼女が言ったスカウトまでされるとは思わなかったけど、された私は単純に嬉しかった。
だから、余計なことをした……。
三年は引退して受験というのが普通だけど、誘いを受けていた私はそのまま部活を続け、柄にもなく必要もないのに頑張ったりして怪我をした。
これが後悔の二つ目。
「おはよう美咲ちゃん。最近、朝も帰りも会わないなと心配してたんだけど、どうかした?」
「……別に。受験で忙しいだけでしょう」
「美咲ちゃん、受験すんの。スカウトは?」
「そんなのなかった。それだけよ」
私はその後悔をどうするのかを考えて決めた。
推薦ではなく一般の入試で同じ学校にいき、怪我を治して陸上部に入ると決めた。
余計なことをしなければ必要なかった努力をし、しかしこれを成した私は後悔に対する答えを得た気がした。
取り返しはつかないけど、やり直すことは可能なんだと理解したからだ。
だけど、後悔の三つ目は取り返しもやり直しも効かないじゃない。
私はどこをどう間違えて、こんな気持ちにならないためにはどうすればよかったの……。
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