第3話 花火大会 ③
「はぁ、はぁ……。貴女いい加減にしなさいよ!」
「はぁ、はぁ……。
逃げるのを捕まえて引っ張ってきてはまた逃げられ、引っ張ってこられようと隙を見てまた逃げてを繰り返し、とうとう二人ともの息が切れ始めた。
現運動部の
二人ともこんなことをするタイプではない、こともないのか。それを知られていないだけで。
特に姫川さんは素を隠す必要がない人間の前でならこうなんだ。
こわいなぁ、こわい。けど、そろそろ……。
「──二人ともやめなって。姫川さんも何も逃げなくても」
「あのね
「それはそうなんだろうけど……」
もう十九時二十三分なのだ。
すでに三十分近くこれをやっているわけで(何度も止めようとしたが圧に負けた)。
二十時からの花火大会にはそろそろ移動を始めないと開始に間に合わないわけで、だけどこの剣幕には強く言えないわけで。
姫川さんがいくら一人でいいと言おうと、「はいそうですか」と一人きりにするわけにもいかないし、かと言っていい方法も思いつかない。困ったな……。
黒川さんも意地になって冷静さを欠いているし、
「ダブルデートだって言ってんじゃん。一条も美咲ちゃんに負けてないで手伝って!」
「いや、手伝うって言ってもさ」
「反対の手掴んで。もう二人で引きずっていくから!」
「今までそれで無理だったんだからやめなよ」
はっきりと振った高木くんと一緒が嫌だと言う姫川さんの気持ちは理解できる。
そこにダブルデートなんて言われても嫌に嫌が重なるだけだ。こんなふうに抵抗するだろう。
でも、振られても姫川さんを諦められないと言う高木くんの方にも僕は気持ちが動いてしまう。
少し前ならわからなかったけど今なら、高木くんは本当に姫川さんが好きなんだとわかるから。
だけど、どうしたらいいのだろう……。
「そろそろ移動しないと花火の開始までに間に合わないよ。出店も回れないよ。このまま
「「……。」」
なんてのはやっぱり子供騙しだろうか?
二人とも浴衣を着ているのだから、花火大会自体は楽しみなんだと思ったんだけど。
特に姫川さんは付き添いというだけなら、浴衣まで着てくる必要はないわけだし。
「ダメよ、何言ってるの。私は花火を見にきたのよ。ベストな位置で見るわ!」
「あーしも出店も回れないなんて無理だから!」
二人ともから意味なく怒鳴られはしたが、本来すごく頭の回転が速い二人は状況を理解して、掴んだ手を離して逃亡するのをやめてくれたぞ。
「あっ、二人とも楽しみではあるんだね。じゃあそろそろ移動しようよ」
「……」
「えーと、姫川さん?」
よかったと思ったのもつかの間、姫川さんは僕の背後に隠れるように移動してくる。
その際、高木くんの方はもちろん黒川さんの方もいっさい見ない。
あくまでも黒川さんが言うダブルデートを認めるつもりはないという意思表示なんだろう。
「──美咲ちゃん!」
「待って、まずは海まで行こう。これ以上は本当に無理だから。僕たちの今日の格好で海まで歩いたら時間ギリギリだから!」
「えっ、ここ真っ直ぐ行くと海なんでしょ。十分くらいじゃないの?」
「花火見るだけならいいかもしれないけど、出店が出てるのはずっと北側なんだ。ベストな位置じゃないし。移動に三十分は時間を見てもらわないと」
「なんで早く言わないの!?」
「黒川さん。僕言ったよ。何回も言った」
僕は僕で考えがあったから秘密にしたところもあったけど、今日の予定を立てる中で何度か言った。
こんなことになるなら(彼女が企んでいたなら)、細かく打ち合わせするべきだったな。
「全部余計なことをする貴女のせいじゃない!」
「まあまあ、黒川さんに悪気はないんだ。ちょっとだけやりすぎるのと、ちょっとだけひどいだけだから」
「貴方は本当に彼女に毒されてるわね!?」
「まあまあ。早く行こう」
きちんと打ち合わせしていれば違ったかもしれないけど、そこは黒川さんだからと言うしかないし思うしかない。
友達である姫川さんはその辺わかっていると思ってたんだけどな。
今日はちょっと二人が噛み合ってなさすぎるぞ……。
「一条。タクシー呼んでおいたから」
「高木くんありがとう、ってタクシー。タクシー?」
「何で不思議そうなんだよ。もうタクシーくるぞ」
だって、自分でタクシーなんてほとんど乗ったことない。そもそもタクシーなんて発想もなかった。
学生の移動手段といえば、電車とバスと自転車がが主な移動手段じゃないのか?
タクシーなんて高いし……あっ、タクシー使わないの僕だけだこれ。
黒川さんも姫川さんも急に慌てなくなったもの。
それぞれが暴れて乱れた浴衣と髪を直してる。
「高木くん。その、なんかごめん」
「なんで一条が謝るんだよ。こうなるのはわかっててきたんだ。俺の方が謝るべきだろ」
「うん。だけど、僕は高木くんを応援してるから」
「応援って、タクシーきたな。海までだろ?」
行ったきり一台も戻ってきていなかったタクシー乗り場に一台のタクシーが入ってきて、高木くんがそれを手をあげて止める。
ドライバーの人に話すのもすごい慣れてる気がするし、やっぱり高木くんは何をやっても様になるな。
やっぱり彼はイケメン(最近覚えた)で、姫川さんと一緒で自分と同じ年齢とは思えない。
何から何まですごく大人だ。
よく話すようになったのはつい最近のことだけど、女の子にモテるというのもわかる気がする。
かっこいいしとても頼りになる。僕も見習おう。
「──で、高木くんが前に乗ったから後ろは僕たち三人なんだけど。なんで僕が真ん中なの? 普通は僕と黒川さんが隣で、姫川さんが黒川さんの隣なのでは?」
時間もないから先に黒川さんが乗ったのを特に気にせず、姫川さんに「先に」と言われたのを気にせず乗ったのだが、いざタクシーが走り出してみると疑問しかない。
黒川さんは暑いから冷房を強くしてと背後からドライバーさんに催促したり、高木くんはそもそも前で会話にも参加しにくいし、姫川さんは黙ったまま窓の外を見ているし。
しかし、この僕の状況はなんなのだろう。
「彼女の隣なんてフリでも嫌だからよ。私は一条くんしか信用してないのだから、必然的にこういう位置になるわ」
「今日の黒川さんはやり過ぎだけど、それは言い過ぎだよ。二人は友達なんだから、」
「……一条くん。ずっと言おうと思っていたのだけど今言うわね。私と黒川さんは別に友達じゃないわ」
姫川さんは僕にだけでなく、黒川さんにも聞こえるようにはっきりそう言った。
それに対する黒川さんからの反応は特になかったが、僕は彼女が時折見せるしたたかさを確かに感じた。
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