第18話 やり取りの手段を探ろう!

 数日後、屋敷外にて。


 まずはお父様が手紙をやり取りしている手段を確認しようと考えて外に出た。

 私が担当しているのは『ひきだしの鍵の場所を探ること』『お父様が自室に居る時間帯を探ること』『手紙のやり取りに使われている手段を探ること』『お父様の様子を注視しておくこと』の四つ。

 レネの担当を考えると負担が大きいものをあちらに任せて申し訳ないが、内側から探る必要のあるものは私がやった方が良いので致し方ない。その代わり目一杯頑張ろう。


 鍵の場所はまずお父様の不在時間をはっきりさせてから探る方がいい。

 そして不在時間は日によって少しずつ異なるので、これももう少しデータを集めてからの方がいいだろう。

 お父様の様子は毎日確認しているから、消去法で今自分で動いて確かめられるのは連絡手段の特定だなと考えたわけだ。

 私はお父様の部屋の窓を見遣る。

 屋敷の正面や中庭に面していないため目立たない場所だ。もちろん雑草が無かったり小石が取り除かれていたりと手入れは行き届いているけれど。少し離れた位置に立ち並ぶ庭木も綺麗にカットされていた。


(でもスカスカじゃないわね、だからって表の庭木みたいに形重視の葉がみっしりしてる種類でもないし)


 表にある庭木は客人に見せるものでもあるから、葉が小さくて密集したタイプの木を玉仕立てや円筒形仕立てにしてあったり、トピアリー……鳥や馬を模った造形物造形物が多い。ちなみにクジラ型トピアリーはお姉様のリクエストによるものだ。可愛い。

(あの中にヘラを潜ませておけば見張れるかしら。あっ、でもヘラを連れ回ってないと怪しいか……)

 訓練ではヘラだけを使っているけれど、少し練習すれば同時にもう一体見ることにのみ特化した小さなものなら出せそうな気がする。ヤモリなら隠れさせておけば目立たないかな?

 あとはあの木からちゃんとお父様の部屋の窓が見えるかどうかだ。


(下調べって大事よね。ちょっと確認しとこう)


 私は木に近づき、どれくらいの高さなら監視しやすいか確かめることにした。

 ヘラなら指示して動いてもらえるけれど、ヘラを出したまま二体目を作れたとしても、その子に「こういう風に動いて!」と指示を出す余力があるかわからない。

 つまり一度ここと決めたら微調整すら出来ないかもしれないということだ。監視カメラの設置位置に悩んでるのに似ていた。

(うーん……実際に自分の目で見た方が早そうね)

 肩で待機していたヘラを飛ばし、庭木の枝にとまってもらう。

 そのまま精神を集中し、意識をヘラへと移していく。次第に自分の視界が暗くなり、まばたきと共にヘラの視界に切り変わった。

 少し遠いけど十分監視できそうなポジションだ。葉も上手くヘラを隠してくれている。これで更に小さなヤモリなら見つかることはないだろう。

 視力に関しては主人である私のものに依存しているらしく、それでいて影から出来ている特性のおかげか暗い中でも夜目がきくので心配ない。


 よし、ここにしよう!

 そう決めた瞬間だ。お嬢様、と呼ぶ声がして仰天したのは。


 意識を移している間、元の体はベッドで横になったりイスに座ったりしている。今回は短い間だったので木に寄りかかる形にしていた。

 しかし意識を移すのは集中が必要なので、驚くことが突然起こると意図せず接続が切れることがある。

 声を掛けられたことで驚いた私は唐突に視界が元のものに切り替わり、体の感覚も変わって思わずたたらを踏んだ。

「っわ……!」

 転倒しかけた私の体を誰かが受け止める。

 そのままひょいと持ち上げ、ゆっくりと地面に両足を下ろさせた腕の力強さは男性のもの。もしかしてお父様か、とヒヤッとしたけれど、視線を上げた先に居たのは深緑の髪と赤い目をした青年――イベイタスお祖父様の側近であるマクベスさんだった。

 そうだ、さっきこちらを呼んだ声も彼のものだった。


「まさか声をかけただけでこんなに驚くとは……すみません、お怪我はありませんか?」

「だ、大丈夫。こっちこそごめんなさい」

「それはよかった。どうしてこんなところに?」


 マクベスさんは物腰の柔らかな雰囲気でそう訊ねる。

 彼の顔は中性的で髪も後ろで縛るくらい長いのでうっかりすると女性に見えてしまいそうだったが、受け止めてくれた腕のように相応にがっしりしているとさっき初めて知った。

 そう、これが初めてだ。普段はお祖父様に付きっきりなので私と接点があまりないのである。

 私が知っていることといえばいつも優しげで笑顔を絶やさない人だということくらい。でも多分お祖父様が信頼しているから仕事がよく出来るタイプなんだろう。

 そんな人に誤魔化しが効くか怪しかったが、私はわざと俯いて表情を読まれないようにしながら答えた。


「虫探しをしてたの。でも疲れたからここでうとうとしてて……」

「ああ、だからあんなに驚いたんですね」

「うん、その……マクベスさんは? どうしてここに?」


 さんはいりませんよ、と笑いながら彼は木々の奥を指す。

「イベイタス様にここで採れる花を集めるよう指示がありまして。これから向かうところだったんです」

「は、花を?」

「はい。どうしてもここで採れるものがいいとのことで」

 街に行けばもっと立派な花が沢山売っているはず。なのにわざわざ敷地内の花……しかも恐らく野草がいいなんて不思議だった。

 気になるけれど掘り下げて訊ねるとこっちの言い訳まで同じように問われる可能性があるので、私はそこで納得したふりをした。マクベスさん……マクベスは「刺す虫もいるので気をつけてくださいね」と言って背を向け去っていく。


(びっくりしたけどバレてはない……わよね)


 ヘラはそのまま出しっぱなしだったけれど、マクベスが上を向くことはなかったし、気づけばヘラは自分の判断で幹の影に隠れてくれていた。

 訓練用のペットとして顕現させているので、ヘラはある程度自分で考えて動くよう指示をしてある。本当に命を与えているわけではないけれど、たとえば前世でも電子ペットに愛着を感じていたタイプなので、私としては愛おしいし頼もしい。

 ありがとうね、と心の中でヘラにお礼を言う。


 その日は一旦部屋に戻ってドロテーアの授業を受け、翌日落ち着いてから監視用ヤモリを木に潜ませることにした。

 偶然とはいえ一度は見つかってしまったので念には念をというやつだ。

(マクベスはいい人っぽいけれど……)

 そう、忘れてはならない。


 私がイベイタスお祖父様の計画を知ってしまったあの時。

 お祖父様が憎々しげな声音で私について話していた相手は――マクベスなのだから。

 つまり彼は私がお祖父様から命を狙われていることを確実に知っている。その計画に関してどう思っているかまではわからないけれど、少なくとも彼が仕えているのはお祖父様なのだから私に味方してくれる可能性は低いだろう。

 ……低いってだけでまったくないとは思いたくないけど、ここは警戒しておこう。


 翌日、周辺を入念に調べた上、マクベスやメイドたちが他の仕事をしているのを確認してから例の庭木にヤモリを待機させることに成功した。

 ヘラのように意思はない子だが、よろしくね、と声をかけてからその場から離れる。


 さあ、張り切って手紙のやり取りに使われてる手段を突き止めるわよ!

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