第3章 僕は、普通の夏休みを過ごしたい。8

 帰宅後、僕はベッドに寝転がり、ただ天井を漠と見つめていた。

 気づけば、日はとうに暮れ、室内もわずかに外光が入るのみでほぼ真っ暗に近かった。

 絶えず伊達さんは、なにか叫んでいたが、その内容は頭に入ってこなかった。

 代わりに、去り際に赤坂が告げた言葉がリフレインした。

 赤坂が新垣さんの肩にまわした手が何度もフラッシュバックした。


 ――なぜ、僕ばかりがこんな目に?


 そんな無為な自問自答を繰り返した。

 小4から続く虐めの呪縛から逃れるため、地元を離れた高校に入学したのに。

 存在自体も認識されないほどの空気のような存在であろうとしていたのに。

 そして、その企みは一学期の間ほとんど成功していたのに。

 虐めは止み、平穏な日々が続いていたのに。

 呪縛の元凶だった赤坂に、こんなかたちで再会するなんて……。


 ――やはり、僕は一生、虐められる定めなんだろうか? 


 堂々巡りを繰り返す、自問自答の最中。

 ふいに、今朝会った時に見た新垣さんの姿が、表情が、心に浮かんだ。

 黒目がちで印象的な瞳が、ポニーテールで露出したうなじが、彼女が着るために作られたんじゃないかというくらい似合っていた白いワンピースが、細くまっすぐな足が、なぜかありあり頭に浮かんできた……。

 途端に、心の奥がぽっと、ほんの一瞬だけ暖かくなる気がした。

 その刹那だけ、なんだか逃避できたような気がした。

 が、それもすぐ、


「――てか、おまえさ、もう新垣さんの半径5メートル以内に近づくな」


 という赤坂の冷たい言葉で、塗りつぶされる。

 途端に、彼女に近くづくことはおろか学校さえ恐ろしくなってくる。

 今が夏休みで、本当によかった。

 でも……新学期になったら?

 また、赤坂による虐めが蘇るのか?

 あるいは、もしかすると新垣さんがあの赤坂と付き合ったり――


「――嫌だ」


 自然と、口からその言葉がこぼれた。

 赤坂のいる学校に行くのは、嫌だ。

 赤坂が新垣さんと付き合うのも、そんな姿を見せられるのも、嫌だ。


 ――嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌なんだ!


 でも、僕にはどうしようもないじゃないか……。

 いつの間にか、頬に一筋の雫が伝った。

 と、次の瞬間、


『――剛! 剛! 剛! 剛! 聞いているのか、乙幡剛‼』


 実況というより、雄叫びに近い伊達さんの声が聞こえてきた。

 それは赤坂と会って以来、数時間ぶりに僕が伊達さんの声だった。

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