まちがいなく、僕の青春ラブコメは実況されている

0o0【MITSUO】

プロローグ

「おい、デブはた! さっさと、ブヒブヒ言って泥水飲めよ!」


 ――泥水まで、あと5センチ。


 赤坂は容赦なく、乱暴に僕の頭を踏みつける。

「「抵抗してんじゃねーよ! デブはたの分際でよー!」」

 手下のふたりが、僕の両肩を左右から組み伏せ、地面に押し付ける。

 

 ――泥水まで、あと4センチ。

 

 寂れた公園の片隅。

 いつも日陰で、常に泥の水溜まりがある湿地。

 そこで僕は、いつものように赤坂たちに虐められていた。

 今日も3人がかりで、すでに何度も殴られ、蹴られ、踏みつけられた。

 体中のそこかしこが痛み、軋み、胃からは酸っぱいものが度々込み上げていた。

 頬の内側が切れ、口の中には鉄の匂いが広がっている。

 もはや、抵抗する力もほとんど残っていない。

 が、最後に赤坂たちが決まって行うこの虐めのには、抵抗せざるを得なかった。

 その仕打ちが、リアルに死を予感させるものだったからだ。

 

 ――泥水まで、あと3センチ。

 

「いつものように、ブヒブヒおいしく飲めよ! このクソブタが――!」

 赤坂が、容赦なくさらに足に力を込めた。

 きっと、その表情には純粋な悪意が満ちているに違いない。


 ――泥水まで、あと2センチ。


 なぜ、赤坂がひとつ下の学年の僕を、虐めのターゲットにしたのかはわからない。

 ひょっとすると、理由なんてないのかもしれない。

 むしゃくしゃしているところに、ちょうどいい餌食(つまり僕)がたまたま通りかかったというだけなのかもしれない。

 いずれにしろ、不幸なことに半年ほど前から僕は赤坂の標的となった。

 学校のある平日は、ほぼ二日おきに、この寂れた公園に呼び出された。

 さほど広くなく、周りをブロック塀が取り囲み、日常的に暗いこの公園には人気にんきもひと気もなかった。ゆえに、助けは期待できなかったし、実際、誰も助けてはくれなかった。

 何度も、許しをこうた。何度も、謝りもした。

 それでも虐めが止むことは、なかった。 

 永遠に出口が見えない、ほの暗いトンネルにいるような暗澹たる日々。

 かと言って、僕は先生や大人たちに相談することもできなかった。

 そもそも、まっさきに相談すべき親自体が僕にはいなかった。


 ――泥水まで、あと1センチ。

 

 元々、僕は母子家庭で育った。

 父親の顔は知らない。何度か母に尋ねてみたが、笑ってはぐらかされるだけだった。

 そんな母が体調を崩し、あっけなく死んだのが小2年の夏だ。

 以来、僕は母の親戚の家を転々とし、最終的に母の従妹のおばさんの家に落ち着いた。少しでも問題を起こせば、またこの家も追い出されるかもしれない。そんな恐怖が常にあった。だから、僕は虐めの事実をひた隠しにした。これまでの他の親戚に比べたら、おばさんの家での暮らしは断然ましだったからだ。

 しかし、僕が誰にも助けを求めず、耐えれば耐えるほど、赤坂たちは増長していった。


 ――泥水まで、0センチ!


 ついに、泥水が勢いよく口に入ってくる。

 鼻からも容赦なく泥水が流れ込む。

 強制的に呼吸を奪われ、僕は無様に手足をばたつかせる。

 それでも、赤坂たちはすぐには解放してくれない。

 視界も0のため、平衡感覚も失い、意識もだんだん遠のいていく感覚に襲われる。

 刹那、後頭部の圧が一瞬やわらぐ。

 僕は急いで顔を上げ、陸に打ち上げられた魚のように必死に酸素を求める。

 が、気管支まで入った泥水のせいで、むせるばかりでまともに空気を吸うことができない。

 一瞬後、再び後頭部に圧を感じ、僕はまた泥水の中に埋没する。

 タイミングも悪く、思い切り泥水を飲み込んでしまった。


 ――死ぬ!!

 

 視界ゼロの暗闇の中、リアルな死への恐怖に怯えた。


 届くはずなどないのに、僕は心の中で繰り返す。

 お願いです。

 許してください。

 許してください。

 息ができないんです。

 許してください。

 お願いです……お願いです……誰か助け……

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