花咲百合編2
第36話 百合 その五
私を担当していた弁護士が男性から若い女性に変わった。
見た目はそれほど年齢も変わらないように思えるけれど、きっと私よりは年上なんだろうと思う。
自信満々な態度と話し方から見るに、今まで挫折らしい挫折を経験したことも無いのだろうと感じさせる女性だった。
言っている意味は良くわからないのだけれど、私はこの女弁護士の言うとおりにしていれば無罪になる可能性が出てくるかもしれないとのことだった。
家族四人を殺して無罪になるというのはおかしな話であるが、今の感じで世間の声が陪審員に届けば判決はまだまだ分からないという事みたいなのだけど、事件を起こした私が見ても死刑で当然だとは思っている。
それでも、必死に私を守ろうとしてくれているのはわかるし、毎日のように頑張っている報告をしてくれている姿を見ていると、私も彼女の言うことを聞いてみようかと思えてきた。
女弁護士に言われた通りに翌日からの取り調べで黙秘を貫いていたのだけれど、警察にとっては今更黙秘したところで証拠は十分に揃っているので問題は無いだろうという感じに見えた。
私は黙秘をする前に犯行の様子は全て説明しているのだからそう思っても仕方ないのかもしれない。
ただ、私は一貫して犯行動機の説明はしていない。それは女弁護士にも教えていないので私以外は動機を知らないことになる。
北海道に住んでいるお金持ちの親戚の人が弁護士費用を立て替えてくれているそうなのだが、私はその時北海道に親戚がいるということを初めて知った。
お金持ちの人が親戚にいるらしいということは聞いたことがあったけれど、その人が北海道にいるということは知らなかった。
北海道でお金持ちと聞いて、大牧場のオーナーなのかなと思っていたけれど、女弁護士の話を聞いてい見ると牧場は経営していなくて複数の会社を経営していた人だということだ。
そんなのは北海道らしくないとは思ったけれど、私はそんな事を口に出すことも無く黙って話を聞いていたのだった。
その親戚の人が面会に来ることは無かったのだけれど、弁護士のほかに私に有利な記事を書いてくれているライターの人が話を聞きに来たいと言っているみたいなのだが、面会の申請を出すのに私の同意も必要になると言われて、私は断る理由も無かったのでそのまま同意することにした。
ライターの人が私に合ってどんな記事を書いてくれるのか興味はあるのだけれど、その記事を私が見る日がやってくるのかはわからないだろう。
私は死刑になろうが一生を刑務所で過ごそうが、普通に外に出て暮らしていようがどうでもいいと思っている。
親友の菖蒲ちゃんも何度か面会に来てくれようとしていたけれど、私は何となく菖蒲ちゃんに会わす顔が無いなと思って断っていた。
きっと、菖蒲ちゃんの顔を見てしまったら私の中にとどめている感情が一気に噴き出してしまって、自分の気持ちを抑えることが出来なくなってしまうだろう。
今は会話らしい会話を交わしているのも弁護士の人だけなので誰かと話をしたいとも思ってみたけれど、思い返してみても私は普段から誰かと話すことはあまりなかったように思えていた。
同じ職場にいた桐木さんは私に何度か話しかけてくれていたけれど、私は桐木さんのその行動にちゃんと答えたことが無かったと思う。
目の前にいる警察の人も形式だけの取り調べをしているので私は色々と考えることが出来ているのだが、お互いにもう死刑という結果が見えている闘いなのだから、今更何かをしたとしても結果は変わらないと感じている。少なくとも、目の前にいる壮年の男性刑事と時々やってくる若い男性刑事はそう思っているようだった。
私が刑事の質問に答えていた時も、今のように何も語らず黙秘を続けている時も負けることのない戦いなのだからどうでもいいといった様子が見えていた。
女弁護士が言うように私が無罪になる可能性があるなんて、取調室にいる人全員が思ってもいない事なのは私も理解しているし、本当に無罪になる可能性があるなんて私自身も思うわけが無かった。
私は本当に、死刑になろうが誰かに殺されようが、そんな事はどうでもいい人生だと思っているのだから。
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