第20話 ライター その五
居酒屋を選んだことに理由は無かった。
個室だったらどこでもよかったのだけれど、なんとなく夜は居酒屋に集まるもんだと思っていたのだが、今日の取材対象が女性だということを考えると、レストランの個室とかの方がよかったのかと思っていた。
そう思ってみたものの、予約も済んでしまっているし仕方ない。
それに、メニューを見る限りでも地場の食材を使った創作料理などもあるみたいなので俺の口は取材モードから食事モードへと変化してしまいそうだった。
「遅くなってすいません。ここの居酒屋って初めてだったんでちょっと迷っちゃいました」
「いえいえ、俺も今着いたところなので気にしないでくださいね。桐木さん、そちらが舞島さんでお間違いないでしょうか?」
「はい、私の先輩の舞島さんです」
俺は舞島さんと名刺交換をしたのだが、その様子を恨めしそうに見ている桐木さんの視線が気になってしまった。
そういえば、俺は桐木さんとは名刺交換をしていなかったなと思って、流れに乗って桐木さんとも名刺交換をした。
「私の時は名刺交換しなかったのに、舞島さんの時って仕事モードなんですか?」
「そんなことは無いけど、あの時は君のお母さんに押され気味だったからね。何とも言えない圧迫感があったよ」
「わかります。今日もついてこようとしてたんですけど、何とか振り切ってきましたもん。今日はママがいないからゆっくりお話しできますね」
「お話もいいんだけど、お二人はお食事まだですよね?」
「仕事が終わってからここに来たんでまだですね。そうだ、舞島さんって普段何食べてるんですか?」
「私はあんまり外食しないかも。最近はお惣菜とか簡単に作れるもので済ませることが多いかも。休みの日とかは料理したりもするんだけど、一人暮らしだと毎食作るのって面倒なのよね」
「私は一人暮らししたことないからわからないけど、谷村さんは料理したりするんですか?」
「俺はね、こう見えても料理は得意なんだよ。ずっと一人暮らしだからそうなっただけだし、男の手抜き飯だから人に出せるようなものじゃないけどね。だから、取材だとしてもこうして美味そうなものを食べられるのは嬉しいんだよ」
「今日は取材よりもお食事目的だったんですか?」
「そんなことは無いよ。でもさ、せっかく美味しそうな店に来たんだし、料理は楽しもうよ」
それにしても、桐木さんの連れてきた舞島さんは年齢的には俺と同じくらいかちょっと下のように思っていたのだが、目の前にしてみるとずっと年下のようにも見えてしまう。
そう思っていても、一つ一つの動作は落ち着きがあって優雅な印象も受け、ずっと年上なのじゃないかとさえも受けるのだが、俺の見る目が節穴なのではなく、舞島さんの持っている不思議な印象の一つなのではないだろうか。
早めについていた俺は一通りメニューに目を通しておいたのだけれど、ここは二人の食べたいものを優先してもらうことにしよう。
二人が頼んだもので足りなければ追加すればいいだけだ。
「じゃあ、食べたいものが決まったらどんどん注文しちゃっていいからね。二人とも遠慮しないでたくさん頼んでいいからさ」
「ええ、ホントですか。じゃあ、私は食べたいものたくさん頼んじゃおうかな。舞島さんは何か好きなものありますか?」
「そうね、とりあえず、刺身の三点盛りと豚串と月見つくねとシーザーサラダとアスパラベーコン巻きとだし巻きと、壁に貼ってある鹿肉ハンバーグが気になるかも」
「舞島さんって、意外と肉食だったんですね。スタイル良いから野菜とかしか食べてないと思ってました」
「そんなことないわよ。カンナちゃんだってスタイル良いけどお肉を食べてるでしょ?」
「そうですね。どっちかっていうと、肉の方が食べてるかもしれないです。お兄ちゃんもお肉好きなんで」
「お肉食べないと元気でないもんね」
「でも、私は鹿肉って食べたことないですよ。美味しいんですか?」
「えっとね、私も食べたことないの。カンナちゃんは何か食べたいものないのかな?」
「私ですか。私は、お米が食べたいけど、ちょっとダイエットしようかなって思って迷ってるんですよね」
「カンナちゃんは今のままでも素敵だと思うけど、ダイエット必要無いんじゃない?」
「そう言いますけど、テレビに出てる人ってみんな細くて綺麗じゃないですか。だから、私もそれに近づきたいなって思ってまして、谷村さんって誰か芸能人に会ったことあるんですか?」
「そうだね、何人かは見たことあるけど、俺が見た芸能人は君たちとそんなに変わらないと思うけどね」
「そうなんですか。じゃあ、ダイエットは明日からにしますね。二人はご飯食べます?」
「俺は今のところいいかな」
「私もお米は最後に食べれたら頼もうかな」
「わかりました、じゃあ、オーダーしちゃいますね。谷村さんは何か食べたいものあります?」
「二人が頼んだもので足りなかったら頼む予定だから大丈夫だよ。飲み物はどうするかな?」
「どれもお酒に合いそうなんですよね。舞島さんはお酒飲みます?」
「そうね、明日に影響ない程度に楽しみましょうか」
「やったー。谷村さんも飲みますよね?」
「うん、俺はビールでお願いします」
「舞島さんはどうします?」
「私は、レモンサワーにしようかしら」
「はーい、じゃあ、店員さん呼びますね」
桐木さんが店員さんを呼んでいる間に舞島さんの様子を窺っていたのだけれど、どことなく警戒している様子は見受けられた。
後輩が隣にいるとしても得体のしれない、ライターという普段は接点のない職業の相手が目の前にいるのだから仕方ない事だろう。
そうこうしていると、店員さんが注文を取りに来たのだ。
「えっと、鹿肉ハンバーグと刺身三点盛りと豚串と月見つくねとだし巻きとアスパラベーコン巻きとシーザーサラダと激辛エビ炒めとハバネロタコスと鶏釜飯お願いします」
「!」
「!!」
「ご注文を繰り返します。鹿肉ハンバーグが一点、刺身三点盛りが一点、豚串と月見つくねとアスパラベーコンが三本ずつ、シーザーサラダが一点、だし巻きが一点、激辛エビ炒めが一点、ハバネロタコスが一点、鶏釜飯が一点、以上でよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」
「カンナちゃんって辛いものが好きなのね」
「はい、なんか、辛い刺激を体が求めちゃうんですよね。お二人は辛いの苦手でした?」
「あんまり得意じゃないかもしれないわ」
「俺も人並みかな」
「そう言うもんなんですね。でも、美味しいと思うから少しだけでも食べてみましょうよ」
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