第7話 刑事 その二
意外なことに、天野警部補が連れてきてくれたレストランは地元では割と有名なレストランだった。
ディナーはそこそこの値段のコースがメインなので行ったことは無いのだけれど、ランチは割と手ごろな値段なのでいつか来てみたいとは思っていた店だ。つまり、私はこのレストランに来るのが初めてだった。
ちょうど昼時なこともあるのだろうが、駐車場は満車で道路にも数台の駐車待ちの車が待機していた。私達は徒歩でここまで来たので車の心配はなかったのだが、店内も混雑しているようでウェイティングシートには数組の名前が書いてあった。
「どうします?」
私が警部補に尋ねると、天野警部補はウェイティングシートに自分の名前を書いてから店員の一人を捕まえて何かを言っていた。
そのまま私は警部補に連れられて外へと出たのだが、外に出て待つ意味が分からないかった。
「警部補、どうして外に出るんですか?」
「店内は混んでいたし、あの状況じゃゆっくりできないだろ」
「あ、もしかして、私が娘位の年齢だから待っている他の人に誤解されないように出てきたんですか?」
「誤解ってなんだ?」
「ほら、娘にしては顔も似てないし、不倫してるとか思われて噂になると面倒なことになるんじゃないかなって思ってね」
「馬鹿野郎。俺だって不倫するとしたら相手位選ぶわ」
「あ、それもセクハラですよ。ランチとは別にデザートもお願いしますね」
「はいはい、それにしても、お前って良く食うのにスラっとしてるんだな。うちの母ちゃんにもその秘密を教えてやってほしいもんだ」
「え、警部補の奥さんに会わせてもらえるんですか?」
「今は会わなくてもチャットとかメッセージでどうにでもなるだろ。お前と母ちゃんを会わせてもろくなことにならないと思うしな」
「で、なんで外に出たんですか?」
「言っただろ。あの状況じゃゆっくり出来ないってな」
警察署から結構歩いてきていたのでかなりの空腹感に襲われていたのだ。それは警部補も同じだったとは思うのだけれど、不思議と警部補は疲れや空腹を表に出さない人だった。
私は良くお腹を鳴らして恥ずかしい気持ちになるのだけれど、警部補がお腹を鳴らしている音を聞いたことは無かった。今度余裕があるときにでも天野警部補の同期の吉沢警部補にそのあたりを聞いてみることにしよう。
「お前はいつも腹をすかせた子犬みたいな表情をしてるんだな」
「そりゃそうですよ。ここまで歩いてきて、めっちゃいい匂いを嗅いだら空腹感を抑えられなくなってしまいますって」
「腹が減っているからって他の物を食うわけにもいかないしな。予約の時間は13時半だからまだ少し余裕はあるんだけどな」
「ちょっと待ってください。今13時半って言いました?」
「ああ、そう言ったけど」
「それって2時間後じゃないですか。とてもじゃないけどそこまで耐えられません。ちょっとコンビニ行ってきます」
「そうか、じゃあ、俺はあそこの公園のベンチで待ってるよ。ほれ」
そう言って警部補は財布から1000円を渡してきた。
この1000円はいつもなら警部補のアイスコーヒーを買ったお釣りで好きなものを買っていいことになっているのだが、今回はランチもおごってもらう予定なのでお釣りを使い切るのは気が引けていた。
悩んだ末に、私はアイスコーヒー2つとから揚げを1つ買うことにした。
ベンチに座っている警部補にアイスコーヒーとお釣りを渡すと、意外そうな顔をしてお釣りを受け取っていた。
「お前の事だからお釣りでたばこでも買ってくるのかと思ったけど、どうしたんだ?」
「いや、ランチをおごってもらうのにお釣りを使い切るのはどうかと思いまして。それに、私は今禁煙してるんです」
「そうか、お前も禁煙してるのか。そこは俺と一緒なんだな」
「え、警部補ってたばこ吸ってたんですか?」
「ああ、俺が若いころはほとんどみんな吸ってたぞ。松山部長なんて1日に3箱くらい吸ってたからな」
「でも、私って警部補がたばこを吸ってるところを見たことないんですけど」
「そうだな、お前が野山を駆け回ってた時くらいから禁煙してるんだぞ」
「そんな昔からならもうやめてるようなもんじゃないですか。って、私は野山を駆け回ったりしてませんよ」
そんなやり取りをしながら食べるから揚げはとても美味しかった。
警部補もお腹は空いていたようで、から揚げを1個渡すと美味しそうに食べていた。
13時半までまだまだ時間があるな。と思っていても、時間はいつもと変わらない速さで進んでいったのだった。
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