第3話 百合 その二

 仕事を辞めた私は家事と育児に追われる日々だったのだけれど、私と家族の間に少しずつ溝が生まれているのを感じていた。

 旦那は私よりも妹と一緒にいる時間が長くなっているように思えていたし、このままでは旦那を妹に盗られてしまうのではないかと心配していた。

 娘の紫苑は夜泣きをしない子だったのだけれど、私が寝ているとじっと見つめてくるような不思議な子だった。

 おっぱいはちゃんと飲んでいるのだけれど、粉ミルクは全く飲んでくれない子だったので、私は紫苑から離れることが出来ないでいた。

 大切な娘のためなので苦ではなかったのだが、いつの間にか私は抱えきれないほどのストレスをため込んでいたらしく、家族の前で大泣きをしてしまっていた。

 そんな私を不憫に思ったのか、旦那は私に親友と旅行でも行ってくるようにと勧めてくれた。それに関しては妹も両親も了承してくれていた。ただ、娘と離れることは心配だったのだけれど、みんながちゃんと面倒を見てくれるということだったので安心して出かけることが出来た。


 小学校からの親友である菖蒲を誘ったのだけれど、急な誘いにも関わらず、菖蒲は二つ返事で私の旅行に付き合ってくれた。

 思えば、菖蒲とプライベートで旅行するのは初めてのような気がしていた。

 旅館は旦那が手配してくれていたのだけれど、現地に着くまではどんな旅館なのか想像していたのだが、実物を見ると想像よりも立派な旅館だった。

 温泉も食事もどれも素晴らしいものばかりで、この時ばかりは私もストレスから解放されてゆっくりと羽を伸ばすことが出来た。

 私は一泊のつもりで来ていたのだけれど、チェックインしたところ二泊で予約が入っていたようで、二日間にわたって温泉と食事を満喫することが出来た。


 心身ともにリフレッシュした私は以前よりも晴れ晴れとした気持ちで家事をこなしていたのだった。

 私が温泉を満喫してこれたことが旦那も妹も嬉しかったようで、お土産のお饅頭を食べながら温泉の話をしていると、私は大事な事を忘れているような気がしていた。

 そうだ、帰ってきてから一度も娘の姿を見ていないのだ。

 私は旦那と妹を問い詰めたのだけれど、二人ともなんだか様子がおかしかった。

 父と母に聞いても要領がつかめず、私の紫苑はどこにもいなかった。

 私は必死になって家の中を探し回ったのだけれど、まるで最初からいなかったかのように、紫苑がいた痕跡すら何一つ残っていなかった。

 警察にも相談に行ったのだけれど、家族から事前に根回しがあったようで、警察は一切このことを取りあおうとしなかった。


 そして、その傷もまだ癒えていない翌年の夏。

 私は旦那に捨てられてしまった。

 妹の撫子は私の旦那の子を身籠ったという。

 私は二人にわからないように恨みを隠し、心から祝福しているように装っておいた。

 ママは紫苑の無念を絶対に忘れないからね。

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