第35話 不破は最上階で船長と睨み合う

 船橋楼の二階にて負った傷の応急処置として、童士は頭部の鉢金を強く巻きつけた。


「チィッ!

 あの野郎……遠慮容赦なく人の頭を張り飛ばしやがって。

 天星棍で受けなかったら、もっと酷いことになってたんだろうな。

 しかし………ハル婆さんには感謝しかねぇな、この武器は馬鹿硬くて馬鹿つえぇや。

 コイツがあったら、もっと強い敵にもキツい一発を放り込めそうだぜ」


 負傷の痛みよりも更なる強敵との渡り合いを想像し、天星棍を抱えてニンマリと笑う童士の姿は……何処か制御弁リミッターの故障した戦闘用機甲キリング・マシンの成れの果ての如き異様さを醸し出している。

 船橋楼の二階層迄に配された深き者どもの群れを掃討し終えたことを確認した童士は、上階層へと続く昇り階段を見上げていた。


「さて……次の階層には、もっと強いヤツが居るんだろうな?」


 応急処置を終え呼吸を整えた童士は、更なる戦闘の継続を求めて………足元を確かめるように階段を昇り始めた。

 階段の軋みか童士の歩様の振動を察知したのか、階上からズルズルと湿気た足音を立てて深き者どもディープワンズが降りて来る。


「フンッ!

 同じ手口で飽きもせずに……お前らには用がねぇんだけどなっ!

 相手をするのも面倒だから、叩き落として行くぞ!」


 言葉通りに童士は天星棍を振り回し、先頭の深き者どもディープワンズの頭部を叩き斬り………手摺から階下へと吹き飛ばす。

 二番手の深き者どもディープワンズは鳩尾付近を突き刺され、そのまま振り落とされて行く。

 深き者どもディープワンズの返り血を浴びながら、童士が得物を振るう度に野太い悲鳴と共にその身を階下の床板へと落下させられる深き者どもディープワンズの群れ。


「お前らみたいな雑魚がどれだけ束になろうが、俺の足を止めることなんて出来やしねぇんだよっ!」


 食い縛った牙を剥き出しにしながら、血に飢えた獣のような童士の唸り声は船橋楼の階段に響き渡る。


「ハッ!

 もう弾切れなのか?

 質も量も喰い足りないヤツらだなぁ!?」


 童士の発言の通り、十数体の深き者どもディープワンズを屠り終わったところで、階上から供給され続けて来た獲物による死の行進が途切れた。

 その終了と同時に訪れる、暗闇の中に滲み入る静寂の時間。

 しかしながら童士は感じている、階上の静寂と暗闇に潜み棲む……童士を総毛立たせるような強者の気配を。


「ほぅ………上で待つのはこの船の本丸か?

 面白おもしれえじゃねぇか、存分に楽しませてくれるんだろうなぁ?」


 燃え立つような期待の感情に煽られ、童士の両眼は爛々と輝き…獲物を前にした肉食獣にも似た口許は、耳まで裂けてしまわんばかりに笑み拡がっている。

 セント・タダイ号の最重要拠点を目前に、童士はじっくりと踏みしめるように階段を歩いて昇り出す。

 最上階である第三階層の入り口である、巨大な鉄扉を前にした童士は…大きく息を一つ吐き、把手を握ってゆっくりと扉を押し開いた。


『ギィィィィィィ…………』


 扉の蝶番から思いもよらぬ大きさの軋み音が響くが、その音すらも即座に静寂の海に呑み込まれる。

 身体を室内に押し込んだ童士の眼に映るのは、深夜の暗闇に包まれた操舵室の姿であった。


 その最奥に位置する船長の座席パイロットチェアに、一人の人物が微動だにせず腰掛けていた。

 暗がりの中でやや俯き加減の人物の姿は、深き者どもディープワンズの形状とは異なり……通常の人間の影に見えている。

 徐に椅子から立ち上がった人物は、確かに船長の制服を身に纏っていた。

 身長は童士とほぼ同等、体格についても童士に引けを取らぬ偉丈夫のようだ。

 灯台から差し込む光が操舵室の窓に届き、一瞬だけ制服姿の人物の顔を露わにする。

 船長の制服を着た人物は、一見すると普通の外国人男性に見えた。

 金髪碧眼、その肌は潮と太陽に長期間晒されたことにより…健康的な褐色に染まっている。

 しかしながらその健全な相貌の中で、一種異様な雰囲気を漂わせるのは………童士を見据えるその憎悪に満ちた鋭い光だ。

 童士も負けじと、その男を鋭く睨め付ける。


「おいっ!

 手前テメエがこの船の船長か?

 化け物の首魁の割には、普通の人間みたいな姿をしてるじゃねぇか。

 それと……この船にはハイドラは乗ってねぇのかよ?」


 童士の詰問に動じることもなく、男は憎々しげに童士を睨んでいる。


「おぅっ!

 お前は口も利けないのか?

 それとも言葉が通じないのか?

 はっきりしろってんだよ!」


 童士の言葉は強く激しく、相手を恫喝するような口調に変化した。


「私は………この船の船長だ。

 陽ノ本の言語についても理解している、そして会話も可能だ」


 白人男性にしか見えぬセント・タダイ号の船長の口から、流暢な陽ノ本語が発せられたことで……童士はピクリと眉を動かしたが、そのまま船長による発言を傾聴する。


「我が主ハイドラは下船中だ、当船には乗船していない。

 お前達が我が部下の船員クルーを数多く殺したことで、この船はもう航海に出ることは叶わないだろうな。

 こうなれば私は……この船と運命を共にするための行動しなければならないのだ。

 そして………我々の信仰も正義も、お前達の純粋な暴力により汚染され、取り返しがつかない程に汚されてしまった。

 お前達は我々『聖ハイドラ秘密教団』にとって、異国の荒ぶる神と同等の敵になった。

 これからお前達は我ら教団の敵として、生けとし生きる限り……標的ターゲットとして狙われ続ける宿命と共に生きよ。

 不破童士よ………我が主ハイドラから聞き及んでいるお前の名は、私が自らお前の墓所に刻むことを約束しよう。

 冥土の土産に伝えておくぞ、お前を殺す者の名はグスタフ・ヨハンセン………セント・タダイ号の船長だ」


 グスタフ・ヨハンセンの独白を聞いていた童士は、鼻を鳴らし忌々しそうに吐き捨てる。


「ケッ!

 下らねえ御託を並べ立てやがって!

 敵を前にしたら、るか殺られるかの二つに一つなんだよ!

 神も仏も関係ねぇんだっ!

 俺の前に立ち塞がるヤツが居るなら、ハイドラだろうがグスタフ・ヨハンセンだろうが打ちのめすだけだっ!

 グダグダ言ってねぇで、とっとと来やがれっ!」


 童士の怒れる咆哮に、グスタフ・ヨハンセンは薄く笑った。


「不破童士……お前の闘争本能こそが我が主に火を着け、私の使命を確固たる物へと昇華させたのか。

 では行くぞ、我が敵よ………主より賜りし力を存分に味わえ!」


 最後の言葉を発するや否や、グスタフ・ヨハンセンは全身に力を込め始めた。

 グスタフ・ヨハンセンの姿が一瞬揺らいだかと思うと、全身が膨張し船長の制服がメリメリと弾け飛んだ。

 両腕がゴリゴリと太く伸び、深き者どもとは真逆に頸も長く伸びる。

 顔は人間らしさを残している分、余計に生理的嫌悪感を催させる。

 体毛は抜け落ち、全身にビッシリと黒光りする鱗が生えることで置き換えられた。

 上半身の膨張とは異なり、下半身は人間の形状を保っている。

 ただ一点、途中で二股に分かれたら尻尾状の部位を除いて。

 変異の完了したグスタフ・ヨハンセンは、両手の長大な鉤爪をガチガチと鳴らして童士と向かい合う。


「やっと戦闘態勢が整ったのか、それでこそ化け物船の責任者だ。

 さあ……手前の本気を見せやがれっ!」


 天星棍を構える童士と、シュウシュウと息を漏らしながら鉤爪を構えるグスタフ・ヨハンセンであった怪物の戦闘の火蓋は………今まさに切って落とされようとしていた。

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