第32話 灰谷は探索中に油断する
船室に向かう階段を駆け降りて行く彩藍、その道中にも
「君ら……メッチャ邪魔やし、僕のお仕事の妨害すんのも大概にして欲しいんやけどなっ!」
言うが早いか彩藍は腰に履いた短刀の小烏丸を抜き放ち、急で狭い階段の下から迫り来る
上から下へと高速移動する
更には研ぎ澄まされた視覚と、極限まで精度の高められた烏天舞剣術の武技により………的確かつ正確に
「殺されても僕の行く道の邪魔するとは、君らも中々の忠義
そやけど、おっ
階段へ折り重なるように倒れ伏す
「ギィィィィィィッ!
……………………ドグシャッ」
階段上で断末魔を上げた
「おぉ!
結構な深さがありそうやん。
と……云うことは、船室の数にも期待が出来るってこっちゃね」
輝く笑顔でまだ見ぬお宝への期待を膨らませる彩藍は、取り敢えず上層に存在する筈の上流階級専用の船室を目指して
彩藍が降り立った特等船室の
「おほぉ〜!
キタキタキタキターーーーッ!!
これこそ…僕の夢と希望を乗せた、セント・タダイの本丸やんかいさ〜。
どちらのお部屋ちゃんが、僕を待ってくれとるんかなぁ?」
素っ頓狂な歓声と今にも踊り出さんばかりの浮かれた足音を立てる彩藍は、手近にあった高級感の溢れる木製扉を蹴り破った。
「ヒャアッハー!!
泣く子は居ねぇがぁ〜?
悪い子は居ねぇがぁ〜?」
ご陽気な荒くれ者のような奇声を上げ、更には何故か秋田の鬼族ナマハゲの物真似を混合させた烏天狗の彩藍が、船室に嬉々として飛び込む。
「No!?
Who are you guy?」
船室の中に飛び込んだ彩藍の視界に入ったのは、薄紫色の
「おぉ!?
異人さんの………
え〜っと……アナタ ハ フツー ノ ヒト デスカァ?」
幾ら彩藍が仏蘭西人との混血であったとしても、外国訛り風の発音で陽ノ本語を発したからといって意思の疎通が図れる筈もなく……外国人女性はキョトンとするばかり。
「What’s the deal in this ship?」
何かを質問されているような気配は察せられるが、何を言われているのかも判らない彩藍は……女性の顔を眺めてニヤつくばかりだ。
「あ〜、別嬪さん?
ここは
彩藍が手指を使って
「I’d like to ask you for your help?」
両手を広げて彩藍の両腕を触りながら、外国人女性は何事かを懇願している様子。
「いやぁ〜、そんな切ない顔でお願いされたら………男としては一肌脱いであげなアカンのやけど、お姉さんが何を言うとるか僕には判らんねんて……どっちゃでも良いねんけど」
ニヤけた彩藍が女性の背に両手を回し、軽く抱き寄せて優しく宥めるように背中を摩っている。
「お嬢さん、もう大丈夫ですよ。
安心して僕に任せといて下さいねぇ」
フガフガと鼻を蠢かせ、女性の夜会服から立ち昇る香水の香りと…抱き締めた女体の柔らかさを堪能している不届きな彩藍の耳に、外国人女性の発する音声が届いた。
「What a relief!
Than…k… …イク………ノゥ……ラ………ムジャ……ラム……ドゥ………ノラムドゥッ!!」
ブルブルと
震えが大きく痙攣のような様相を呈し始めた時、彩藍の腕に抱かれた女性の肉体も変異を始めた。
『ミチ……ミチ………ゴギュ……グリュ………メリ……メリョ……………』
その場に立ち尽くしながら骨が歪み、折れながら………体型の変化について行けぬ衣服が悲鳴を上げながら裂けて行く。
その動きの違和感に驚愕した彩藍が飛び退いた瞬間、先刻まで華奢な外国人女性であったモノは黒く醜い
「うおぉっ!?
危なっ!!
いきなり化け物に変身しよったで、この姉ちゃん。
そのまま外国人女性であったモノを抱き竦めたままであれば、生死に関わる程でもなかったであろうが…かなりの深手を負ってしまっていたであろう彩藍の背を腋を、冷たい汗がじっとりと流れて行く。
驚愕から立ち直った彩藍は、仕込み杖から黒烏丸をスラリと抜き放つと、淡い薄紫色の端切れを身に巻きつけた深き者どもと向かい合う。
「何や……綺麗なお姉ちゃんやったのに………勿体ないなぁ。
アンタらの一族ではこんなんが美人さんなんやも知らんけど、僕からしたらあり得へんぐらいの
彩藍の嘲る声の雰囲気が伝わったのか、顔を貶された
「ノォリュ パルルゥ!クゥ!」
その場で地団駄を踏むような姿勢から一転、両腕を突き出し彩藍へと殺到する
「あ〜あ、姿形が化け物になってしもたら……動きもエラい
自分………知っとるか?
身体からも魚の腐ったみたいな、どエラいこと
罵詈雑言を浴びせながらも、黒烏丸で鉤爪の攻撃を捌いて………彩藍は深き者どもに向かって顔を顰める。
人間型であった時よりも、意味不明な言語を操る怪物と転じた現在の方が、意思の疎通が
「さて………怪物淑女ちゃんとの面会もお名残り惜しいんやけど、そろそろ僕も襲撃の
申し訳ないけどさっさと倒されて、とっとと僕をお仕事に戻らせてくれへんやろか?」
鋭い視線の一瞥を
急所への一撃が決まったかに見えたその瞬間、
「へえ〜………やるやん。
童士君とやり
チンタラやっとったら、夜が明けてしまうから………ちょっとだけ本気にならせて貰おうかな」
両眼を少し細め真顔になった彩藍の闘気に、
船室のお宝を巡る種族、性別を超越した騙し合いは………双方が予想もし得なかった真剣勝負へと移行して行ったのである。
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