第32話 灰谷は探索中に油断する

 船室に向かう階段を駆け降りて行く彩藍、その道中にも深き者どもディープワンズの姿が複数体は見える。


「君ら……メッチャ邪魔やし、僕のお仕事の妨害すんのも大概にして欲しいんやけどなっ!」


 言うが早いか彩藍は腰に履いた短刀の小烏丸を抜き放ち、急で狭い階段の下から迫り来る深き者どもディープワンズに襲いかかる。

 上から下へと高速移動する運動法則エネルギーを攻撃力へと変換し、射程の短い小烏丸の弱点を狭小な足場で武器を振るう利点へと切り替える彩藍。

 更には研ぎ澄まされた視覚と、極限まで精度の高められた烏天舞剣術の武技により………的確かつ正確に深き者どもディープワンズの急所を一撃で突き刺しては切り払って行く。


「殺されても僕の行く道の邪魔するとは、君らも中々の忠義モンやねぇ。

 そやけど、おっんだんやったら……さっさと道を空けたってくれるかな!?」


 階段へ折り重なるように倒れ伏す深き者どもディープワンズの死骸が、進路を塞ぎ始めたことに苛立ちを感じた彩藍は………途中から急所を突き終えた深き者どもディープワンズを階段の手摺から蹴り落とし出す。


「ギィィィィィィッ!

 ……………………ドグシャッ」


 階段上で断末魔を上げた深き者どもディープワンズは彩藍に蹴り落とされる、その数秒後には最下層の床板に叩き付けられ…砕け散る音を響かせた。


「おぉ!

 結構な深さがありそうやん。

 と……云うことは、船室の数にも期待が出来るってこっちゃね」


 輝く笑顔でまだ見ぬお宝への期待を膨らませる彩藍は、取り敢えず上層に存在する筈の上流階級専用の船室を目指して『State Room』特等船室と看板に表記された階で探索を始めた。

 彩藍が降り立った特等船室の位階フロアは、外観がその名に違わぬ豪華な建材をふんだんに使用した、高級でありながら洗練された通路に………船室には似つかわしくない重厚な造りの扉が整然と設置されている。


「おほぉ〜!

 キタキタキタキターーーーッ!!

 これこそ…僕の夢と希望を乗せた、セント・タダイの本丸やんかいさ〜。

 どちらのお部屋ちゃんが、僕を待ってくれとるんかなぁ?」


 素っ頓狂な歓声と今にも踊り出さんばかりの浮かれた足音を立てる彩藍は、手近にあった高級感の溢れる木製扉を蹴り破った。


「ヒャアッハー!!

 泣く子は居ねぇがぁ〜?

 悪い子は居ねぇがぁ〜?」


 ご陽気な荒くれ者のような奇声を上げ、更には何故か秋田の鬼族ナマハゲの物真似を混合させた烏天狗の彩藍が、船室に嬉々として飛び込む。


「No!?

  Who are you guy?」


 船室の中に飛び込んだ彩藍の視界に入ったのは、薄紫色の夜会服ドレスを身に纏った金髪碧眼の美しい外国人女性であった。


「おぉ!?

 異人さんの………別嬪べっぴんさんやないの。

 え〜っと……アナタ ハ フツー ノ ヒト デスカァ?」


 幾ら彩藍が仏蘭西人との混血であったとしても、外国訛り風の発音で陽ノ本語を発したからといって意思の疎通が図れる筈もなく……外国人女性はキョトンとするばかり。


「What’s the deal in this ship?」


 何かを質問されているような気配は察せられるが、何を言われているのかも判らない彩藍は……女性の顔を眺めてニヤつくばかりだ。


「あ〜、別嬪さん?

 ここは魚顔の化け物ディープワンズがウロチョロしとるから………お姉さんはここに居た方がエエと思うんやけどもねぇ」


 彩藍が手指を使って深き者どもディープワンズの顔真似をしていると、外国人女性は立ち上がり彩藍に近寄る。


「I’d like to ask you for your help?」


 両手を広げて彩藍の両腕を触りながら、外国人女性は何事かを懇願している様子。


「いやぁ〜、そんな切ない顔でお願いされたら………男としては一肌脱いであげなアカンのやけど、お姉さんが何を言うとるか僕には判らんねんて……どっちゃでも良いねんけど」


 ニヤけた彩藍が女性の背に両手を回し、軽く抱き寄せて優しく宥めるように背中を摩っている。


「お嬢さん、もう大丈夫ですよ。

 安心して僕に任せといて下さいねぇ」


 フガフガと鼻を蠢かせ、女性の夜会服から立ち昇る香水の香りと…抱き締めた女体の柔らかさを堪能している不届きな彩藍の耳に、外国人女性の発する音声が届いた。


「What a relief!

 Than…k… …イク………ノゥ……ラ………ムジャ……ラム……ドゥ………ノラムドゥッ!!」


 ブルブルとおこりのように震え始めた外国人女性の声は、途中から低く不明瞭な物へと変質し出す。

 震えが大きく痙攣のような様相を呈し始めた時、彩藍の腕に抱かれた女性の肉体も変異を始めた。


『ミチ……ミチ………ゴギュ……グリュ………メリ……メリョ……………』


 その場に立ち尽くしながら骨が歪み、折れながら………体型の変化について行けぬ衣服が悲鳴を上げながら裂けて行く。

 その動きの違和感に驚愕した彩藍が飛び退いた瞬間、先刻まで華奢な外国人女性であったモノは黒く醜い深き者どもディープワンズの一体へと変異し……鋭い鉤爪を振り翳し、先刻まで彩藍の居た筈の空間を切り裂いた。


「うおぉっ!?

 危なっ!!

 いきなり化け物に変身しよったで、この姉ちゃん。

 吃驚びっくりするやんかぁ、ホンマにもぅ………敵わんなぁ」


 そのまま外国人女性であったモノを抱き竦めたままであれば、生死に関わる程でもなかったであろうが…かなりの深手を負ってしまっていたであろう彩藍の背を腋を、冷たい汗がじっとりと流れて行く。

 驚愕から立ち直った彩藍は、仕込み杖から黒烏丸をスラリと抜き放つと、淡い薄紫色の端切れを身に巻きつけた深き者どもと向かい合う。


「何や……綺麗なお姉ちゃんやったのに………勿体ないなぁ。

 アンタらの一族ではが美人さんなんやも知らんけど、僕からしたらあり得へんぐらいの醜女しこめやって………顔の仕上がりの落差がヒド過ぎるんちゃう?」


 彩藍の嘲る声の雰囲気が伝わったのか、顔を貶された深き者どもディープワンズは怒りの叫び声を上げる。


「ノォリュ パルルゥ!クゥ!」


 その場で地団駄を踏むような姿勢から一転、両腕を突き出し彩藍へと殺到する深き者どもディープワンズ


「あ〜あ、姿形が化け物になってしもたら……動きもエラい不細工ぶっさいくになってしもて…………。

 自分………知っとるか?

 身体からも魚の腐ったみたいな、どエラいことくっさい汁が出とるみたいやなぁ。

 きちゃないわ臭いわで、最悪やな……自分?」


 罵詈雑言を浴びせながらも、黒烏丸で鉤爪の攻撃を捌いて………彩藍は深き者どもに向かって顔を顰める。

 人間型であった時よりも、意味不明な言語を操る怪物と転じた現在の方が、意思の疎通が順調スムーズに進行している風なのは……不思議と云えば不思議な状況ではあった。


「さて………怪物淑女ちゃんとの面会もお名残り惜しいんやけど、そろそろ僕も襲撃の主目的メインディッシュに移りたいんやわぁ。

 申し訳ないけどさっさと倒されて、とっとと僕をお仕事に戻らせてくれへんやろか?」


 鋭い視線の一瞥を深き者どもディープワンズにくれると、彩藍は黒烏丸を右手に構え半身の姿勢で突きを繰り出した。

 急所への一撃が決まったかに見えたその瞬間、深き者どもディープワンズは親指を除く鉤爪を手刀のような形状に揃えると……彩藍の突きを真上に向けて弾き返した。


「へえ〜………やるやん。

 童士君とやりうたハイドラと云い、罠として潜んどったアンタと云い……そっちの種族は雄より雌の方が能力値が高いんかねぇ?

 チンタラやっとったら、夜が明けてしまうから………ちょっとだけ本気にならせて貰おうかな」


 両眼を少し細め真顔になった彩藍の闘気に、深き者どもディープワンズは一瞬ビクリと反応するが……すぐさま両腕を前に突き出す拳闘型ボクサースタイルの臨戦体制で応じる。

 船室のお宝を巡る種族、性別を超越した騙し合いは………双方が予想もし得なかった真剣勝負へと移行して行ったのである。

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