第28話 不破と灰谷は船舶を前に戸惑う
童士が銀機ハルの機甲電脳から、彩藍は任部勘七の帳簿と頭脳から……各々が持ち寄った情報を整理すると、疑惑の発生源として一つの名称が浮かび上がる。
亜米利加船籍の旅客船『
「童士君、やっぱりこの船が真っ黒な印象やねぇ。
どないしていてこましたる?
外国の旅客船やし……中にお宝とかザクザクあるんと
グヘヘと下卑た笑いで彩藍は、セント・タダイ号が敵の本拠地か否かよりも………掠奪行為への期待に胸を膨らませているようだ。
「おいおい……俺達は山賊や追い剥ぎじゃねぇんだからよ、現代の陽ノ本でそんなことをやらかすと………下手すりゃ国際問題に発展しちまうぞ。
もしこの船が無関係で、堅気の旅客船だったらどうするんだよ」
童士の返しは至って真っ当、どう考えても常識的な論理的帰結を見せる。
「大丈夫やって童士君、ここまで状況証拠がビシィッと揃っとるんやから……イケイケドンドンでやってしまおうなぁ。
彩藍の思考はとてつもなく不穏当、どう考えても非常識な悪漢の理屈に準拠しているようだ。
「お前………銭に困ってるからって、後ろに手が回るような発想で暴走するのだけは止めておけよ。
今回のは『間違えましたゴメンなさい』で済む
呆れ果てた童士は、彩藍に諭すような口調で自重を促す。
「じゃあ童士君、間を取ってその怪しい船に潜入して、こっそりと状況を窺うって方向でどないでしょう?
中に深き者どもとか、ハイドラとかが
こんな作戦が出ましたけど〜」
どうあっても旅客船からお宝を剥ぎ取りたい彩藍は、しつこく縋るような目線で童士にねだる。
「仕方がない奴だな…………。
まぁ、ここでウダウダと悩んでいても、何ら状況に進展はなさそうだしな……取り敢えず『潜入と調査』これが本題だぞ。
判っているな、彩藍?」
言いくるめられ押し切られる形で童士は、彩藍の策に乗る格好となってしまった。
「了解ですっ!隊長!
本作戦は『潜入と調査………と強奪』……ですっ!」
強奪の部分を小声で呟いた彩藍に童士は、駄目だコイツは感を顔に満載し、首を振りながら潜入に向けての準備を始めるのであった。
それから数時間の後、華乃には童士から今夜の探索についての説明がなされ、すでに湊川商店街の中にある『あさヰ』へとその身柄を移し終えている。
童士はいつもの蝦茶色で統一された忍び装束を身に纏い、
一方の彩藍は黒系統の三揃いの背広姿は定まっているものの、何故かそれに合わせる
「おい彩藍!
お前……良い加減にしろよ!
襟締なんぞは何色だって構やしないだろうが、そもそもお前は何だって小洒落た格好で出掛けなきゃならないんだ?
戦闘に入ればその格好は、動きにくいにも程があるだろうがよ」
童士の指摘にも彩藍はどこ吹く風、ニッコリと笑顔で応えを返す。
「だって………ねぇ、僕らみたいな稼業をしてたら、今夜が命日になる可能性だって充分にあり得るやん?
そんな身ぃ一つで死ぬかも知れん時に、薄ら汚い作業服みたいな格好なんは宜しくないよ。
僕の死に装束は、お気に入りのこの姿やって決めとるから……なんぼ童士君でもそれだけは譲られへんなぁ。
それにいつもと同じ服装で、いつも通りの
敵さんが作業服に着替えるのを待ってくれてる、な〜んて考える方が………おめでたいお花畑脳やと思うけど?
ま……『常在戦場』この言葉を具現化してるのが、僕こと灰谷彩藍やと考えてくれて結構やで」
童士の姿をチラリと横目で見遣り、彩藍は冷笑的な批判の笑みを漏らす。
「ケッ!何が常在戦場だっ!何が一流だっ!
どうせ死ぬ時はズタボロの血塗れで、お洒落もへったくれも無いんだよっ!
下らないことを言ってる暇があるんだったら、さっさと準備をしやがれってんだ!」
童士からの激しい一喝にも彩藍は動じず、平然と言葉を返す。
「まぁ……見解の相違ってヤツやねぇ。
僕は僕の流儀を、童士君は童士君の流儀を………好きなように貫いたら良いんちゃいますぅ?
そう云うことで、僕のお洒落にご理解ご協力を賜りますようお願いしま〜す」
鼻歌混じりに襟締選びを再開する彩藍に童士は、苦々しい顔で彩藍のお気楽な横顔を睨みつける。
「ったく………減らず口は人並み以上なんだからよ。
逢引きでもないんだから、襟締ぐらいはさっさと決めやがれってんだ」
吐き捨てるような童士の言葉にも彩藍は我関せず、襟締選びに余念がない。
「やっぱり海外の旅客船にお出掛けするんやから、華やかな色合いで派手に行かなアカンかなぁ。
それとも落ち着いた色合いで、大人の男感を出した方が良いやろか?」
ああでもないこうでもないと呟きながら、襟締と背広を合わせる彩藍、溜息を吐きながら辛抱強く待ち続ける童士。
そうこうする内に彩藍の襟締選びも、一応の決着を見出したようだ。
「よしっ!やっぱり正絹の深い藍色!
これが一番ピッタリ来るわぁ。
どない?童士君、これは良い具合に映るやろ?」
ビシッと襟締を合わせた彩藍は、クルリと回転しながら童士に己の姿を見せつける。
「あー、良いんじゃないか?
……………どうでも」
待たされ続けた童士は、疲れ果てた風情で彩藍に応えてやった。
「よしっ!
それじゃあ早速お出掛けしようか?
童士君……お宝が僕らを待っとるんやで、
黒烏丸と小烏丸の二刀を腰に履き、駆け足で出発しようとする彩藍に童士は慌てて追い縋る。
「ちょっ!
待てよっ!
まだ打ち合わせも、まともにしてないんだぞ!
彩藍!
待てってば!」
何でこんな身勝手な男に付き合わねばならないのだろう、童士の虚しい独り言は新開地の夜空に掻き消された。
そしてそれから更に、一時間の刻が過ぎた。
夜陰に乗じて童士と彩藍は、神戸港の和田岬側東端に近い場所に佇んでいた。
「なぁ……彩藍、あの船だよなぁ…………」
周囲に漏れ聞こえぬよう、彩藍の耳にだけ届くような小声で童士は囁く。
「そやろねぇ……船腹にも大きな字で『
彩藍も囁き声で童士へと告げるが、二人ともその場に立ち尽くしている。
童士と彩藍、その眼前に
セント・タダイ号……亜米利加船籍の旅客船の停泊している姿は、二人の想像を遥かに超える巨大さであった。
全長は百米突を大きく超え、総屯数は五千屯に近いであろう。
太平洋航路を行き来する強大な鋼鉄の塊、まさしく
「う〜ん………童士君……どうやって潜入する?」
彩藍の問い掛けに、童士も困惑の体で応答する。
「取り敢えず……端から端まで歩いて、侵入口を探してみるか…………」
無計画に軽く考えていた潜入計画を、童士と彩藍は更なる無計画さで修正するために思索を始めるのであった。
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