第2話 こちら勇者派遣会社ブレイヴス

 あらゆる世界から“天界”の概念で表される世界がある。

 数多の並行世界の神々がそこに集い、それぞれの神の眷属たちが、ただあるがままに存在する。

 死の概念を喪失した住人たちは、時に気まぐれに並行世界に干渉し、あるいは見守っていた。

 そんな天界の片隅。女神ミラナリアスの領域に、ある特異な空間があった。

 人間界を擬似的に再現した、見渡す限りの空と海。

 ぽつんと浮かぶのは、一つの集落ほどの小さな島。

 その中央に建っている白亜の建物。表札には、いくつかの人類言語で“勇者派遣会社ブレイヴス”とあった。

「お客様から、勝手に魔王倒したってクレームが来てるんだが」

 白亜の建物の三階執務室。疲れた目をした少年が座っていた。

 少年、といってもあくまで見た目上のもの。天界では肉体は存在し得ず、魂が本人の動きやすい形をとっているに過ぎない。

 そんな彼は、現代日本から転生し、転生先の世界を一つ救った元勇者であり、ここではブレイヴスの社長。

 まあ、社長といっても、言い出しっぺ、ぐらいの意味でしかない。

 あるいは、じゃじゃ馬共の保護者、といったところか。

 例えばそう、ユークの眼前で唇をとがらせるピンクの髪の少女のようなじゃじゃ馬の。

「ええーっ」

「ええーじゃないよええーじゃ。魔王城への突破口を開いてくれって依頼だったのに、丸ごと倒壊させるわ、お客様が必死で瓦礫掘ったら魔王はお前の剣で城ごと真っ二つになってたわでめっちゃ謝り倒す羽目になったんだけど俺」

「よかったじゃん。エンディングまでショートカットできて」

「人生を賭した宿敵との決戦を眼前でかっさらわれる空しさをちょっとは理解してやってくれ……」

 なまじ彼ら自身の命が間接的に救われたかも知れないのと、世界がこれで平和になるという二点が引っかかって単純に恨むこともできないのだろうから。

「ぶー」

 不満そうに唇をとがらせるピンクの少女の名は、“陽光の勇者”レティア。

 対人、対大型魔物から対要塞、対軍クラスの戦闘までこなし、単身ソロでの魔王の討伐もこなす、最強バケモノクラスの勇者だ。

 ただ、強大な力をノリで振るうのでたまにオーダーをブッチする傾向にある。例えばこんな風に城ごと人の獲物を真っ二つにしたりとか。

「ってか依頼内容は事前にちゃんと伝えてたろ。防御固めの城だったし、いくらお前でも多少加減したら普通に要望通りの結果になったろうに」

「そうそう。事前情報通り見た目めちゃくちゃ固そうでさ。あーこれ厳しめ案件ーって思ってたんだけど」

「けど?」

「でもこう、剣構えたら意外とマナの集まりがけっこう調子よくってね? あっこれ全力なら行けちゃうかもと思って」

「わざとかよ!」

「あっ、いや、えっと――行けるとダメそうが半々ぐらいだったし。事故事故」

「行けた場合も本丸は避けろよ……」

「……ごめんなさぁい」

 反省の色があまり感じられない謝罪にユークはため息をつきながら、今後は気をつけるように、と効果はなさそうな指導をして解散とした。



『大変ですね。ユーク』

「ミラナリアス様。ご機嫌麗しゅう。……まあ、いつものことですから」

 姿を見せずにユークに呼びかけた声の主は、女神ミラナリアス。

 この天界での身元引き受け人――ならぬ身元引き受け神にして、勇者派遣会社ブレイヴス会長。あるいは最高顧問。

 普段はお飾りだが、実際のところは社長より超エラいという、おおよそそういう感じのお方。ユークとは、転生以来の縁でもある。


 ――ユークは元々、日本で起業家として魑魅魍魎と大立ち回りをしていた。

 だが、数十年に一度の不景気で資金も資産も何もかもが吹き飛び自殺。

 転生後の世界では、魔法システムの裏をかく“外法”を独力で発明。紆余曲折を経て強力な仲間も得て、ついに魔王を討伐した。

 ……のだが。魔王討伐後、勇者の持つ外法の力を恐れた王が、勇者たちの暗殺を企てた。

 間一髪のところを逃れたユークと仲間たちは、世界相手に大立ち回りをすることを決意――したところを、ユークを召喚した女神ミラナリアスに救われたのである。

 若き女神であったミラナリアスは、ユークたちの暗殺未遂事件を知り、深く心を痛め、ユークたちの身元保護にとどまらず、同様の境遇にある、世界を救い終わった勇者たちの余生を保証する活動したいと望んだ。

 そこでユークがミラナリアスに提案したのが、この“勇者派遣会社ブレイヴス”である。


『ふふふ。レティアはどうしても、味方の命が関わらない部分は、おおざっぱなところがありますから』

「味方が絡むときまでアレをやられてたらクビですよクビ。……でもまあ」

 ユークは少しだけ本音をこぼす。

「個人的に、今回の案件については、俺としてもこれで良かったとは思っています。少しばかりお節介がすぎますがね」

『あら。めずらしいですね。お仕事は確実に、がモットーの貴方が』

「あのパーティの実力だと、レティがオーダー通りの結果を出したとして、勝率は五分五分だったでしょうから」

 これまでのあの世界のモニタリングから推測すると、あのいびつなパーティが無事に魔王を討伐できたかどうか、ユークは正直なところ、疑問であった。

 勇者自身の潜在能力や武器の性能は十分だった。だが、仲間のステータスがあまりに低すぎた。酷いとしか言い様がないレベルで。

 なにせ、暗黒大陸上陸以降の高位の魔物相手には、勇者以外の三人の攻撃はロクに通らないものだから、効きもしない攻撃をばらまきながら、注意を引きつける囮もしくは肉の盾になる他がない。

 さらに最悪なのが、勇者が回復・蘇生も担っているのだ。

 かの世界には、魔を断つ聖剣の他、回復や蘇生の奇跡までもすべからく神に選ばれた勇者しか使えないというとんでもない制約があるため、攻撃・回復・蘇生の三要素が勇者一人に集中してしまっているのである。

 攻撃役が勇者1人なのにそれがよりにもよって回復と蘇生も兼任させられ攻撃に集中できないという、勇者に負荷を集中させながら、勇者が倒れればその時点でリカバリ不能となる、非効率な上に博打じみた戦闘スタイル。そうならざるを得なかった状況にユークも同情はするが、それにしてもロクに仲間の育成もせずに正義感のままに一直線に魔王へ向かう勇者には「アホか」の一言もくれてやりたいところだった。

 ともあれ結局彼らの戦闘スタイルは改善する見込みもなく、ゴリ押しでついに魔王城までたどり着いてしまったため、場合によっては魔王城内部でレティアを再度介入させることも考えていた。

 そこを、レティアが勢いで城ごと魔王を両断して強制ハッピーエンドと相成ったわけだ。

 ……良かったのか悪かったのか。

『かの勇者は、不遇な条件の中でもそこまで戦い抜いた勇者。スカウトはされないのですか?』

「ちょっと考えてはいます。1人で何でもやらされて修羅場をくぐってきたヤツは、強いですから」

 適切に運用すれば、器用貧乏なりに有用な戦力となるだろう。指揮官としてはダメダメだが。

 けれど、まあ。

「まずは見守りましょう。彼らが、良きエピローグを過ごせるかどうか」

 こんなところには来ない方がいい。故郷で静かに暮らせるなら、その方がずっといいのだから。


 天界にはなにもない。

 比喩でも何もなく、殺風景という言葉も生ぬるい“白”あるいは“光”のみの世界だ。

 それは天界が多元世界それぞれの神話的存在を保存するための、物置ストレージに過ぎないからだ。

 だから女神ミラナリアスの領域は、勇者たちの要望で、元人間たちが生活するために、小さな南国の島を模した領域を確保していた。



 ユークの執務室内。今後のメンバーの行動計画をぼんやり考えてきたところに電話がかかってきた。

 無論、ここは天界であるため“電話”ではない。

 ユークたちが立ち上げた勇者派遣会社は、女神ミラナリアスの力を借り、これまで異世界同士でランダムに繋がっていた勇者召喚パスをこの念話器に集約している。つまり、これが鳴ったと言うことはすなわち、異世界への勇者召喚要請の術式がどこかの世界で発動したことを示す。

 ……今回はどこかね。

 ユークはいつも通り並行世界モニタを立ち上げ、コール元世界を特定。現地の様子と世界全体の情勢マッピングを呼び出した上で、

「はい。召喚要請ありがとうございます。勇者派遣会社ブレイヴスでございます」

 いつも通り、バカ丁寧な応答で受話器を取った。

『えっ……!? あっ……勇者ハケン…………なんですって?』

 案の定戸惑った声が受話器から聞こえる。

 それもそのはず。厳粛な勇者召喚の儀を執り行った果てに、威厳もクソもないバカ丁寧な若い男の声が聞こえたらガックリもするだろう。

 そう思って最初はユークも厳かなノリで付き合っていたが今はめんどくさくなったのでやめた。イタ電も多いし。

「勇者派遣会社ブレイヴスでございます。天界にて、世界の危機に応じて勇者を派遣する業務を請け負っております。ご要望・世界の危機状況に応じて、当社でご用意しております勇者より最適な勇者をご案内いたします。どのような危機からの救済をご希望でしょうか」

 定型の会社案内を口から垂れ流しながら、ユークは手早く勇者召喚魔法の発信元の状況を探る。

 既知の世界だが勇者召喚の経験はない。魔王は三年前に人間世界と接触したばかり。辺境伯領が滅ぼされたばかりで、状況は危機的ではないが、双方の戦力差が人類劣勢に転じた際には営業をかける候補に挙がっていた世界だ。

『……勇者を、派遣していただけるのですか?』

「はい。貴国のご要望にもよりますが。よろしければ事情をお聞かせ願えませんか?」



「また、お仕事の依頼ですか?」

 こちらの電話ならぬ念話が終わったところを見計らって、近くの席に座っていた朱髪の女性が声をかけてきた。

 イルフェリア。社内では主に備品と資材とマナの管理を中心に担当してもらっている、かつてのユークのパーティメンバー。

 ユークが救った世界でともに魔王と戦い、天界に招かれた仲間である。

「ええ、殿下。ちょうど、シフトを少し組み直そうかと……」

 ちなみに、イルフェリアはかつての世界では第七王女であったこともあり、ユークはどうしてもその頃の呼び方が崩せずにいる。

 イルフェリア本人からは、「もう王女ではありませんから」とは言われているが、なんとなく本人が醸し出す気品からユークはつい王女扱いを続けてしまっている。最近では周りの社員たちも彼女のことを「王女様」と呼ぶようになってしまい、あだ名なのか本当の王女様なのかなんだかよくわからない状態である。

「どのような世界なのですか?」

 イルフェリアが画面をのぞき込むと、さらりと流れる鮮やかな朱の毛に目を奪われる。

 ユークはそこから意識して視線をそらしながら、

「今まで未派遣の世界です。観測通番第三十三世界。火砲が未発明の、剣と魔法の世界」

 ユークは聞き取りメモをイルフェリアに伝えながら自分の中でも思考をまとめていく。

 曰く、その世界にてかつて予言された魔王の復活である。

 曰く、予言では、魔王にはどのような武器も、魔法も通じず、ただ異なる世界より来たる救い手の力みが、魔王を打ち倒すのだ、と。

 それを証明するかのように、つい先日、長年攻めあぐねてきた、ライバルとも呼べる隣国が瞬く間に滅亡。

「オーソドックスな魔王復活です。組織化された魔物軍団による侵攻と、支配地域の魔物活性化。けれど、対する人類側は、ほとんど対抗手段を保有していない。聖剣の類いの伝承も反応も、まるで見受けられない」

「なるほど。であれば、魔物軍団は、もう人類戦力に匹敵する数が揃いつつありますね……」

 世界全域捜査魔法による雑な推計だが、魔物軍団の総戦力は、人類戦力を既に凌駕している可能性が高い。

「魔王を潰し、あわせて主力を掃除する必要があります。対魔王戦と対軍戦を同時にこなせるか、分担できる人選が必要ですが――」

「いまスケジュールが空いているのは――レティアさま、ラオナさま。他世界へ派遣中ですが、スケジュールを工面できるのはゲバルトさまとブリジットさまでしょうか」

 単騎での魔王討伐も軽々こなす天下無敵の万能勇者こと、“陽光の勇者”レティア。

 軍団規模の召喚獣を一度に使役できる“万騎の長”ラオナ。

 そして正面戦闘から搦め手まで幅広くこなす魔術士“鉄夜の魔女の末裔”ゲバルト。

 ブリジットは前回ヘルプを頼んだため除外だ。

 ならば、

「――主戦力にはラオナをぶつけます。レティアには魔王討伐を主任務として、余力があれば主力の掃討に参加。ゲバルトは予備で動かせるようにはしたいけれど……」

 投入先の勢力図を確認し、転送位置をおおよそ決定。

 敵の配置と戦力、行動予測から作戦計画をまとめ、指示書にまとめ上げる。

 それを術式で転送後、念話で三人に一斉に連絡する。

「レティア、ラオナ、ゲバルト。仕事だ。頼めるか」

 まもなく、ゲバルトの「仕事の合間に別案件突っ込むな」との少なからぬ愚痴とともに、三人からの了承が返る。

 かくして、作戦時間およそ半日ほどの予定で、第三十三世界魔王討伐戦が開始された。



『勇者を派遣いただきたい』

 レティアとラオナを第三十三世界へ無事に送り出したしばらく後。

 次にかかってきた召喚要請の念話は、以前に社員を派遣した世界からだった。

 “首刈り聖女”アルテミシアが魔王軍の首塚を築いて帰ってきた世界。人型の魔族比率が高かったからか、あの首刈りキチは「“救済”がはかどりましたわ」などとのたまっていた。ユークもそうなるだろうなと思って送り込んだのだが。

 今回の召喚主は新顔だ。現地の様子を映写魔術モニターで確認すれば、確かに宮廷魔術士的な連中であることは確か。だが、位置情報は以前“首刈り聖女”を召喚した国のの首都であることを指していた。

 世界全体をざっと捜査してみても魔王に類する、強大な暗黒化マナ反応は見受けられない。魔物の活動も低調で、世界的な危機ではないように見えるが――。

『我らの世界は、いま危機にある』

「どのような危機でございましょうか」

『ヘルトムーア王国。勇者を呼び出し、世界を救ったかの国が、いま世界全体の脅威となっておるのです』

 ……あー。

 その言葉で、ユークはだいたいの事情を察した。

『かの国は、魔王の災厄からいち早く立ち直りましたが、その手にした力を振りかざし、国力の劣った他国に、服従か死を求めています』

 それを止めるがため、国力で劣る他国が、何らかの手段で勇者召喚の儀式の方法を入手し、勇者を呼び出そうとした……と。お客様のお願い事は、そういうことらしい。

 ……同情はするが。

 良くあるパターンだ。魔王がいなくなったら人間同士で揉め始めるやつ。なんなら魔王がいてもわりと普通に揉めているが。

 だが、

 ……対象外なんだよな。

 人類同士の戦争は、原則的に女神様との取り決めで、勇者派遣業の対象外としている。

 なぜか。簡単な話だ。地球の歴史で例えるなら、ローマ帝国が周辺の国を片っ端から滅ぼしたからといって、人類が滅びただろうか。

 答えはノーだ。周辺国民は殺されたり奴隷にされたりするだろうが、ローマ人は富み栄える。最終的にはローマ自身も分裂したりなんやかんやで滅びたが、その代わりに別の国が栄えた。

 そういうことだ。人間同士の戦争は、人類の危機にはあたらない。

 どちらか片方の肩を持てるほど、人類社会のバランスに責任を負える立場ではないし、敵味方で勇者召喚に応じれば、うちの勇者同士で殺し合うことになる。

 人類同士の戦争の結果、人類全体で再興不能にまで減るとか、土地が根こそぎ汚染され人類の可住区域が消滅するとか、そんな危険が考えられるような世界の戦争ならば検討の余地もあろうが、かの世界ではそんな事態が引き起こされるような兵器も魔法も存在しない。

 ゆえに返すべき答えは、 

「大変申し訳ありません。人類同士の戦争行為については、当社及び天界の規定で世界の危機にはあたらないと定められております。魔王など人類全体の脅威が発生した場合にまたご利用ください。ご要請をいただき誠にありがとうございました」

『なっ……』

 どっちが勝っても栄えるのは人類なので介入しません。

 ということでガチャ切り。再召喚をされてもめんどくさいので、あの場にいた魔術士の固有マナパターンを着拒リストに登録。

「最近このパターン多いな……」

 立て続けにいくつかの世界を救い終わったからか、世界を救い終わった後のトラブルに呼び出されることが増えた。

 無論、今回のように人間同士の揉め事なら即ガチャ切りであるが。

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