第82話 一割五分×兄、お借りします

「……とっ、とにかくっ。美穂ちゃんからお兄ちゃんを一割借りるだけだからっ。全部頂戴なんて言わないからっ、おっ、お願いっ、いいでしょ?」

 まあ正直一割という数字に根拠はないと思う。美穂に言わせればきっと僕と過ごしている時間は土日二十四時間、平日十五時間ってところだろう。週に換算すれば約百時間。


 それの一割なら、十時間となり、一日一時間ちょっとだ。どこをどう見たって一割「だけ」ではない。一割「しか」だ。まあ、言葉の持つニュアンスってやつだと思うし、こんな回りくどい計算井野さんも美穂もしていない。……していないよな? 美穂。


「たった、一割で井野さんは満足できるんですか?」

 あ、いやしている。このドヤ顔っていうかしたり顔っていうか、小学生がするには悪すぎる顔をしている、美穂。


 同じ血を分け合っただけあって、思考回路は似ているのかもな……。

「ひぅ……え、えっと……」

 美穂の揺さぶりに、井野さんは頭の上にヒヨコを回して混乱しているし。……これじゃあどっちが小学生でどっちが高校生かわかったものじゃない。……いや、実際おもらしという実績も加味すればもう九割方美穂が高校生になるんだけど。


「じゃ、じゃあ……一割……五分」

 そして悩んだ末に増やすのがたったの五パーセントって。そういうところは井野さんらしい。


「ふっ、はははは、あははは……一割五分って……刻み過ぎだよ……。でもいいや、じゃあ一割五分だけお兄ちゃんを井野さんに貸してあげます。その時間超えたら、私が返しにもらいに行くので、そのつもりでいてくださいね? 井野さん」

 ……あ、これあれだ。仮に僕と井野さんがデートに行ったとしたら、途中から美穂が乱入してくるやつだ。間違いない。僕のシックスセンスがそう言っている。


「う、うん……それで、いいよ……」

 しかし、井野さんは美穂の言葉の裏の意味を探ることはせず、そのまま素直に話を進めようとしている。


 ……なんだかんだはあったけど、上手いこと話はまとまりそう……かと、思ったけど、

「あ、お兄ちゃんは家に帰ったあと、私とゆーっくりお話しようね? お風呂でも入りながら」

「いっ、一緒にお風呂っ、ひぃんっ!」

「「…………」」

 鼻血には、僕ら兄妹はノータッチ。


 遊具を汚したりしないのなら、もう気にしてはいけない。井野さんの血は地面に還ってもらいます。

「……わ、わかったよ、うん」

 一緒にお風呂に入ってお話をするくらいで済むなら安いものだよ。っていうか家にも帰ってくれるんだね。それが何よりです。はい。お兄ちゃん嬉しいよ。うん。


 そうこうしていると、ふと、

 ぐぅぅ。

 ……近くから、そんな虫の鳴き声が聞こえてきた。僕のものではないし、井野さんも瞬間、不思議そうな顔を浮かべた。ということは、


「……(かぁ)……」

 美穂のお腹の音だろう。


「もう遅いし、家に帰ろうか。折角だし、美穂が食べたいもの、外で食べてく?」

「……え? いいの? お兄ちゃん」

 それを聞いた僕が提案すると、顔を赤くさせて俯いていた美穂はパッと表情を輝かせた。

「い、いいよ」

 それくらいしても、美穂に罰は当たるまい。


「じゃあじゃあ、あと、高―いアイスも食べていい?」

「……うん。家の近所のコンビニで買ってこうか」

「それにそれに、ドリンクバーもつけていいよね?」

「……う、うん」

 ファミレスは確定なんですね。いや、そこで高級レストラン連れて行けって言われても困るんだけど。


「あとあと、ハンバーグに──」

 ぐぅぅぅぅぅぅぅ。


 と、美穂の希望をつらつらと聞いていると、今度は僕でも美穂でもないほうからお腹の虫がさっきよりも大きな音を響かせた。

「……ひっ、ひぅぅ……ちっ、違うんだよ、こっ、これはっ……ぅぅぅ……恥ずかしいよお……」

「……い、井野さんも一緒に食べてく……?」

 つい、僕は何の気なしに彼女を誘ってしまったけど、すると、


「……お兄ちゃん。一割五分」

 美穂の低く抑えの効いた声が僕の耳元に刺さった。

 ……やっぱり、計算した上での一割五分だったんだね。こりゃ後が大変だ……。

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