第74話 保管期限(?)×猛者
それからというもの、プツンと糸が切れてしまったように井野さんは気絶……(?)してしまった。僕の胸のなかで。
その様子を見た再度お風呂から上がった池田さんは途端にニヤニヤし始めるし、なんだったらニヤニヤしながら遅れて晩ご飯食べ始めたし。僕が言うのもあれだけど、「……よく平気でご飯食べられますね」って聞いたら、「だって、由芽ちゃんがそんな感じで基本デレデレだから、もう慣れちゃった」と。……歴戦の猛者は言うことが違った。そのうえ、
「最初は男女別の部屋にしようと思ってたけど、そっかそっか、うまくいったのなら私がひとりで寝るよ。井野さんは私が部屋まで運んでおくから、八色君はお風呂入ってきていーよ」
とか言い出す。真顔で。
「え? はい? えっ?」
「大丈夫大丈夫。付き合いもしてないのに一年くらい半同棲みたいなことしてたバカップルがいるくらいだからー。誰とは言わないけどー。だから付き合っている八色君たちのほうがよほど健全健全―」
……誰って言わない時点でもう答え言っているようなものじゃないですか。
「あっ、もし紳士の嗜み持ってなくて不安だーってなったら私持ってるから安心していいよー」
「逆になんで持っているんですか。っていうかそれを蕎麦すすりながらなんでもないことのように言わないでくださいよ」
「え? あー、いや、私も若かった頃、よっくんを襲おうとしたことがあってねー。そのときに買ってたのがまだ残ってるんだー」
……色々と情報量が多くて頭がついていけないのですが……。あと、知らないけど、コンド―さんってそんな長い間保管していいものなんですか? 僕、子供だからよくわからないなー。それよかそもそも、
「付き合い始めて初日でって、猿ですか、さすがに引きますよそんなの」
「あれ? 違った? でもまあ、井野さん相当八色君にやらかしてるから、多分八色君がエッチしたいって言えば、リンゴみたいに顔真っ赤にしつつも、服脱いでくれると思うよー?」
だから蕎麦すすりながら以下略。わさびまで表情ひとつ変えずに垂らしているし。もはやシュール通り越して無我の境地達しているんじゃないのか池田さん? 僕だったら食事中に下の話なんでできない。
「……鬼畜ですか、そうなんですか」
「んー、だって男子大学生って大体そんなものだよ? 頭のなかはどうやってエッチするかで基本いっぱいだからねー。据え膳食わぬは男の恥とか言うけど、むしろ据えられてないものも据え膳にする勢いだからねえー。さすがに私も引いた事案も何件かあったよー」
……もう何も言いません。美味しそうにご自身が揚げられた天ぷらを「ん、今日は上手くいった」って呟きながら食べる池田さんのメンタルに感服します。
「何事もちょうどいいほうがいいんだよ、中庸中庸。性欲があり過ぎるのも困るけど、なさすぎる、我慢しすぎると、よっくん夫婦みたいなことになるから、そこらへんはほどほどに話し合ったほうがいいよー? ま、ふたりはまだ高校生だし、事故ると大変だからそのへんもー」
「……は、はぁ……」
「というわけで、お姉さんからの授業は終わり。お風呂入ってきなよ? あ、女子ふたり入った残り湯だひゃっほーってなって、変なことしたら駄目だよー」
「しないですよっ」
……とまあ、池田さんのありがたーいお話を聞いた後、僕は遠い目を浮かべつつ湯船に浸かっていた。
お風呂上がり。時計の針はもうてっぺんを越えていて、そろそろ寝ないといけない時間になっていた。どうやら池田さんももうお休みになっているようで、リビングには誰もいなかった。テーブルに置かれた手紙には、
「右の部屋で八色君は寝てねー。そっちで井野さんは寝ているからー」
と。……本気で僕と井野さんを同じ部屋で寝かす気だったんですね。
……いや、まあこれで左の部屋行ったら池田さんがいるわけで、そっちのほうがよほど問題だ。ここは素直に従っておくのがベターだろう。
そう思い、僕は指定された部屋に入って、敷かれていた布団にするすると入ったのだけど、
「すー……すー……」
安らかな寝息を立てて寝ている井野さんを真横に、とてもじゃないけど、眠れる気がしなかった。いや、二組布団が敷かれていたので、同じ布団で、ってことではないのだけど、井野さんが寝返りか何かで布団と布団の隙間近くまでずれていたので、尚更というか、なんというか。
「……美穂で慣れてる美穂で慣れてる美穂で慣れてる」
必死にそう言い聞かせ、僕は枕にコツンと頭を落とした。……コツン?
「……いっ、池田さんんんん、誰が気を本当にきかせろと……」
枕元に置かれていた意味深な紙箱は、見なかったことにした。
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