第72話 脳内会議×助け舟
え、えっと……。い、井野さんが僕のことが好き……? 好き……? いや、なんとなくの想像というか、予想というか、はしていたけど、まさか本当だとは……。
「そ、その……念のため確認しておくけど、その好きって……ラブのほう?」
ふわつく心に、掠れてしまう声。一段階早くなった胸の鼓動を押さえつけて、僕は井野さんに尋ねた。
「……ひっ、ひぅ……そ、それは……は、恥ずかしいです……ぅぅ……」
が、当の井野さんは羞恥で小さくなってしまっていて、僕の質問には答えてくれなかった。
……まあ、これはあれだよね、無回答はイエスとみなすって奴で……。
つまるところ、異性として好きってことだ。
「…………」
嬉しいは嬉しい。他人に好意を抱かれて嬉しく思えないほど、僕は擦れていない。
それに、井野さんは可愛い子だ。……まあ色々難もある子だけど、それを差っ引いても、付き合ったら楽しいんだろうなとか思ったりもする。
ちょっとトラブるとすぐにあわあわしちゃったり、普通にしている分には少し恥ずかしがりやの大人しめの女の子だし……。
好きか嫌いかで言えば……多分、好き、なんだろうけど。
それが、僕にとってはライクなのかラブなのか、って話なわけで……。
「……や、八色くん……? 、あ、あの……」
う、うーん……。
いいじゃん、付き合っちゃいなよ。今まで美穂の面倒見てきて、僕自身が楽しむことなんて全然なかっただろう? それに、彼女の弱みも握っているわけだし、その気になればいつでもお楽しみできるんだし。あと、あのマシュマロみたいに柔らかくて大きい胸も堪能できるんだぜ?
いやいや、そんなふうに身体だけで見るのは失礼だし、誠実じゃない。性欲に任せてお付き合いを始めるなんて、良くない。それに、美穂の面倒を引き合いに出すのも筋が違うし。
「……天使と悪魔め……くっそお……」
「や、八色くーん……? そ、その、む、無理して返事考えなくても……。そ、そもそも私なんかが告白なんておこがましいわけで……わ、忘れてもらっても……っていうか、むしろ忘れて欲しいというか……」
ほらほら、早く返事しないと、井野さん怖気づいて、うやむやにしちゃうぞー? いいのかー? あのたわわなお胸にダイブできなくなっちゃうぞ? いいのかー?
さすがにノーコメントは最悪だと思うよ。女の子に恥をかかせるのは感心しないなあ。
……ああ、天使と悪魔が同じこと言ってくるよお……そんなこと言ったって……いきなり答えなんて出ないよ……でもでも、早くしないとうやむやになりそうなのは事実だし……。
……と、とりあえず。
「……いや、忘れないから。こればっかりは井野さんがなんと言おうと忘れるつもりはないから」
「ひっ、ひぅっ」
普段よりも語尾をはっきりと切る断定に近い口調で、僕は告げた。
うやむやにはさせない、っていう明確な意思を伝えることで、少し考える時間を伸ばす。
……好きは好きなんだ。恐らく。それに間違いはない。でないと、今こんなところに来ていないだろうし。
なら、残る引っかかりは……、果たして、僕と井野さんが付き合って上手く行くかどうかって話なんだけど……。
いい子なのは事実。でも、鼻血を出したり、吐いたり、おもらししたりとなかなかにあれな一面も持ち合わせている。
それも込み込みで僕は上手いこと付き合えるか? って話で。
下手に関係だけ深めたあと、何かあってもし井野さんを傷つけることがあったとしたら?
「……んんん……」
かれこれ考えていると、やはりいたたまれなくなった井野さんがガタリと立ち上がっては、
「やっ、やっぱ今のなしでっ! めっ、迷惑だよねっ、忘れてっ、忘れていいから──」
そう、一度リセットする言葉を口にした。だけど、
「──はいちょっと待った」
瞬間。首にバスタオルを巻いた池田さんが、僕らの間に現れた。
「早まらないの、井野さん。落ち着いて」
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