第70話 フォロー×蕎麦
「……えーっと、その……ごめんね、私の不手際で」
井野さんがお風呂に入っている間、何か気まずい雰囲気で僕と池田さんは話していた。
「い、いえ……まあ……。運転していましたし、しかも晩ご飯も作ってもらってですし……事故みたいなものです……」
「……で、でも、念のためもう一度確認しておくけど、八色君が強要したとか、……吹かせたとかじゃないよね?」
「ぶほっ……! き、急に何言うんですか、そんなことするわけないじゃないですかっ」
とんだSMプレイだよ。僕の身がもたなさそう……。マジで。
「だよねー、さすがにそうだよねー。いや、私は別に薄い壁隔てたところで男女が何しようが気にしないけどさ? っていうかむしろさっさとやれよって環境でかれこれ大学生してきたから、もういいんだけどさ? うん」
……上川先生のことですね。いや、先生もさすがに人が聞いているところで奥さんと事に至るわけはないと思いますよ……教育者だし。多分。
「僕にSの趣味はないんで、安心してください」
「……あー、でも井野さんはなんかソフトなMっぽいから、やさしーくいじめてあげるとほんのり喜びそうとは思うけどね、見た感じ」
「……それ、井野さんのお父さんも言ってましたよ」
それはそれでなんか井野さんが不憫だ。
「……まあ、馬鹿な話はさて置いて。相当参っちゃっていると思うからさ、いい感じにフォロー入れといてあげてよ、八色君」
そこまで話すと、今までちょっと緩んでいた表情を引き締めた池田さんは、僕にそう言った。
「ふぉ、フォローって言ったって……さすがに何言えばいいかわかりませんよ……僕」
それに対して、やや困惑というか、困った声をあげると、
「いや、私も酒に潰れて戻した同期後輩は何人か見て来たけど、戻した同じ日におもらしまでした子は初めて見たからさ……私だって何を言えばいいかわからないよ……」
「そ、それは……」
そうでしょうけど……。
すると、閉めたドアの先から浴室の扉が開く音がした。それを聞いた池田さんはすっと僕の側から立ち上がり、
「お、そうこうしているうちに井野さん、お風呂から上がったみたいだね。それじゃあ次私お風呂入るからさ、その間にふたりでご飯でも食べちゃっててよ。もう時間も遅いし、お腹も空いたでしょ?」
ダイニングのテーブルに虫よけのネットがかけられて置かれている夕ご飯を指さした。
「はいはーい、井野さーん、次私入るから、先に八色君とご飯食べちゃっててー」
「ひゃっ、ひゃぁうん! まっ、まだ私着替えてますよ……?」
「いいじゃんいいじゃんー、女同士だし、減るものでもないでしょー?」
……ああ、脱衣所の鍵がかかる前に池田さんが浴室に向かったのか。
「でも、お風呂入ってちょっと顔色はスッキリしたねー。これならもう大丈夫大丈夫。はい、ちゃんと髪乾かしてー、スキンケアもしてー、はいはいー。それじゃ、お風呂失礼しまーす」
「ひゃ、ひゃい……」
騒がしい脱衣所での会話が終わってから数分。
おどおどとした様子で井野さんが僕のいるリビングへと戻ってきた。
「……お、おかえり」
「……あ、あがりました……」
「池田さんが、先ご飯食べていいよって言っているし、食べる?」
「……は、はい。……た、食べます……」
お風呂に入る前まで陰鬱としていた顔つきは、多少マシにはなったものの、やっぱり恥ずかしさは残っているようで、僕と目線は一切合わない。
「おっけ。了解」
まあ、会話はできるのでそこに一安心しておいて、僕はリビングからダイニングへと移動する。
井野さんと向かい合わせになってテーブルに座り、晩ご飯を目の前に迎えた。メニューは夏らしく蕎麦と天ぷら、という組み合わせ。
「よし、じゃ、じゃあ……た、食べよっか」
「……はい、いただきます」
「いただきます」
お互いめんつゆを水で薄めた後、大皿に乗っかっている茹でた蕎麦の山をひとつかみ取って、お好みに薬味を入れ、ちょっと遅い晩ご飯を始めた。
「「…………」」
気まずい雰囲気はそのまんまで、蕎麦をすする音と、浴室で池田さんがシャワーを使っている音だけが、僕らの間に響き渡る。
……フォローするって言ったって……。
な、何を言えばいいんだ……?
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