第58話 目には目を、股間には股間を×第二波

「はれっ、わっ、私っ……」

 何分が経過しただろうか。気を失っている井野さんを見守っているうちに、僕もうとうととし始めたころに、ようやく彼女は目を覚ましては、体を起き上がらさせて辺りを見回した。もちろん、右手には水色の下着を手にしたまま。


「って──ひぅぅぅん! しっ、下着っ、そっ、それになんでベッドにぃって八色くんっ!」

 ベッドの上で慌ただしく動く井野さん。驚いたり悲鳴をあげたりと忙しない。


「お、落ち着いて……一個ずつ、一個ずつね……」

「……え、えっと……えっと……脱衣所に八色くんの着替え持って行って……そして……八色くんの八色くん見ちゃって……えとえと……はぅっ、わっ、わたしっ……」

 駄目だこりゃ。完全に回線が逝ってる……。あと、あまり八色くんの八色くんって言われると……なんかヒュンって寒気がするんです……。


「はぅ! そっ、それで、気絶したところをこうして部屋に運んでもらって……あ、あんなことやこんなことを……でもでも、せっかくのお休みの日を貰ったのにこんなんじゃ襲われて当然というか……」

「ごめんちょっと待って何か誤解してないかな井野さん落ち着こうかうん落ち着こうっていうか襲われて当然って何その論理ってやっちまった男側の台詞じゃないの」


 そんな涙目になりながら自分の胸を両手で隠さないで。僕何もしてないから、そんな寝込みを襲うなんてしてないから。

「だ、だって、私から映画に誘っておいて、寝落ちしちゃったり、気絶したりで……全然で……そっ、それともやっぱり私なんかじゃ性欲満たせるわけないですよね、そうですよね鼻血ばっかり出している私じゃそんなわけ」

「だああもう、だから落ち着いてって」


 ……この子の回路の非常口はどこですか? もう完璧に思考が悪いほう悪いほうへと向かってしまっている。

 一度僕は井野さんの肩をブルンブルンと激しくゆすって、強制的に一度考えをリセットさせる。


「まず前提として僕は今日は楽しかったし、鼻血や気絶なんてこれっぽっちも気にしてない。井野さんが僕の……股間見て気絶してからはここに運んだだけで、特に何もしていない。それに井野さんも女の子だから……その、早く下着をしまってもらえると僕の精神衛生上非常に助かるというか……」


 早口でまくしたてると、彼女はハッとした顔になって、

「そ、そうですよね、こんな汚物見たくもないですよねすすすすみません……」

 女の子の下着を汚物呼ばわりなんてしようものなら関係各所に僕殺されるんじゃないの……?


「はぁ……だからそういうことじゃなくて……もう……」

 なんて言えば伝わるかな……。ああ、ぼかして伝わらないならいっそのこと、

「ぅぅぅぅ……」


「……じゃあ、僕は井野さんの下着見て少し意識したし、一瞬でも胸とかあそことか色々見てみたいって思ったことがあるって言えば満足?」

「へっ、へっ……?」

 開き直った僕の一言に、井野さんはぽかんと口を半開きにした状態でまじまじと目線をこちらに寄越す。


「……井野さんが僕をどう思っているかなんて知らないけど、あんまり聖人みたいに扱われても困るっていうか……。そりゃ僕だって人だから普通に三大欲求はあるし……ね?」

 すると、さっきまで真っ赤だった井野さんの顔色が今度は次第にピンク色へと移り変わっていく。


「……み、見たいの……? や、八色くんは……」

「え?」

 はい? 今度は何? なんでちょっと潤んだ目でボトムスに手をかけているのちょっと待って井野さん、恋人でもない男の目の前で軽々しく服脱いだら駄目だってえええ!


「だ、だって、目には目を歯には歯をって言うし、私が八色くんの大事なところ見ちゃったんだったら、私だって八色くんに大事なところ見せないと筋が──」

「通るからっ! 全然通るからっ! 義務感で自分の体粗末にしなくていいからっ!」


 ぼかしても駄目だし開き直っても駄目だし……もういいよ、自己評価低い井野さんのままで……。人はありのままの自分でいるのが一番いいんだ、きっと、そうに違いない。


 だから、

「……その脱ごうとしている手を止めてえええっ! 井野さんんん!」

 間違いが起きる前に、どうにかしなくては。


 結果、この簡単に形容しがたい一連のやり取りは三十分くらいの格闘を経て終了した。結論から、なんとか井野さんの純潔は保たれ、代わりの僕の胃がキリキリと痛みだすものとなった。


 ただ、これで話が終わらないのが井野さんというか、

「……あ、あれ? そ、そういえば、八色くん私の部屋にいる……っっっっ!」

 今度は、自分の部屋を僕に見られた恥ずかしさが井野さんを襲ったらしい。

 ……ほんと、忙しい人だよ、井野さんは。

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