第56話 ラッキー○○○×父の策略
「それじゃ、着替えとかは後で円に持って来させるからー、ごゆっくりどうぞー」
数十分して、お風呂が沸きあがって僕はすぐにお父さんに浴室へ案内された。
「ど、どうもです……」
しかし、頭のなかは美穂をどうしようということでいっぱいだ。……未だかつて、僕は東京に来てから美穂と寝なかった日は一日たりともない。もし、僕が家に帰らないなんてことが起きようものなら……、
「……家が美穂の喚き声で埋め尽くされそうだ」
想像するだけで寒気がする。
「……でもなあ」
僕はチラッと脱衣所奥に設置されている洗濯機に目を移す。そこにはさっきまで僕が着ていた服が一式放り込まれていて、洗濯されるのを待っている。恐らく僕が浴室に入った瞬間に回し始めるのだろう。
こうなっちゃうと今日中に帰宅できない気がするんだよなあ……どうしようかなあ……。
「うーん……うーーーーーーーん……」
いや、考えるのはもうやめよう。結局のところ、僕がさっさとお風呂に入らないと洗濯もいつまでたってもできないのだから。そう決めて、視線を洗濯機から洗濯かごを経由して浴室のドアに移しかけたときだった。
「……へ?」
きっと、美穂のことで周りに目が行ってなかったのだろう。……洗濯かごのなかに、これ見よがしに置かれている水色の布に。悲しいかな、見ちゃいけないと思っても視線が飛んでしまうのが思春期男子の性。しかも普段が普段抑圧されているために。
「……こ、これ、井野さんの……下着?」
いやいやいや待て待て待て。もしかしたらお母さんのほうかもしれないし、あまりジロジロ見るのは失礼だし。と、とととと、とりあえずお風呂入ろう……。
かちこちに動きが硬くなった気がするけど、それは一度さて置いて。
「……体洗お」
設置されているラックからボディソープのボトルを掴んで、手のひらのうえにツープッシュ。少しして、シャコシャコと心地よい泡の音が、響き始めた。
〇
「ううう……」
完全にやらかしちゃったよう……これじゃあ幻滅されるだけだよ……。
八色くんがお風呂に向かってからも、私はリビングのテーブルについて頭を抱えながらスマホをいじり、池田さんと連絡を取っていました。
用件は単純明快です。八色くんの帰りが遅くなりそうだ、ということ。美穂ちゃんはまだ小学四年生、さすがに家にひとりきりにさせるのは心もとないです。でも、保護者である八色くんは今私の家のお風呂。当分帰れそうにないです。なら、申し訳ないけど池田さんにお願いしてちょっとだけ美穂ちゃんのことを見てもらおう、そう考えました。
返事はというと、「なんか面白そうなことになってるね(・∀・) いいよー、なんだったら八色君の家泊まってでも面倒見ちゃう見ちゃう。夜は長いしねー」と、快諾。
……池田さんにとっては面白いかもしれないですけど、私にとっては申し訳ない以外の言葉が出てこないです……。
「円―、八色君に着替え持って行ってあげてー、あと洗濯機もー」
すると、自室から何やら外出の支度をしたお父さんとお母さんがリビングに出て来ては、私にそう言います。
「えっ、こっ、これから出かけるの?」
「うん。いやー、急に担当編集に打ち合わせしようって言われちゃってさー。僕お酒飲んじゃったから車動かせないし、お母さんに頼もうってねー」
「いやっ、ちょっと待って」
「それじゃあ、八色君のことよろしくねー。多分三時くらいまでは帰らないからー。あ、妊娠には気をつけなよー。孫の顔は見たいけど、五・六年後くらいでいいからさー」
にっ、にんしんって……はわわわわわわわわ……!
「ひっ、ひぅっ! や、八色くんとはそういう関係じゃっ、あっあとっ!」
「行ってきまーす」
「うち、車なんて持ってないよねっ!」
私の抗議は空しく、お父さんたちは家を出て、ガチャリと玄関の鍵を閉めました。
「ど、どうしよう……」
池田さんに言わせれば、これももっと面白そうなこと、になるのかなあ……。
「着替え……持ってかなくちゃ」
へなへなと立ち上がった私は、リビングの床に置かれていたお父さんの服を持って、脱衣所に入ります。
「八色くん……着替え、置いておくね……へっ?」
一声掛けて、私は洗濯機のスイッチを押します。瞬間、洗濯かごのなかにあったものに、私は顔を引きつらせました。
こっ、ここここれって、わっ、私の……下着。なっ、なんでかごのなかにっ……!
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