第54話 微M×色々拗らせた子だけど

「いやー、八色君とこうしてじっくりお話することができて、僕嬉しいよ。あ、ほら、どうぞ遠慮せずにどんどん食べて食べて」

 井野さんの家にお邪魔してから、真っすぐリビングに通された僕。


「……ところで、八色君は、どんな女の子がタイプなんだい?」

 そしてすぐさま僕を迎えたのは、井野さんのお父さんによる、笑顔のままの質問攻めだ。


「ひぅっん! けほっ、けほっ……ちょっ、お、お父さんっ……!」

「ん? どうかしたのかい? 円」

 僕の隣に座っていた井野さんは、口にしていたカレーをむせてしまい、さながら地獄みたいな状況に陥っていた。……こりゃ大変だ。


「……どっ、どうかしたのかいって……ごほっ……」

「あらあら円。だめよそんな男の子の横でそんなにむせたら」

 ……お父さんと同様に、こちらもニコニコしたままの井野さんのお母さんがそう窘める。……いや、僕だって同級生が横にいる場で親が恋バナ始めようものならむせますよ……。


「ううう……」

「いやー、僕も職業柄、現役の高校生の恋バナは仕入れておきたいんだけどね? 円はその手の話全然してくれないから」


 し、職業柄って……? え、ええ……? アニメ関連の仕事をしているのだろうってことはなんとなく伝わってはいたけど……。

「し、失礼ですが、お仕事は何を……」

 僕は、つい好奇心に負けてしまい、そう尋ねてしまう。


「ああ、僕の? えっとね、女性向けのライトノベル作家しているんだ、僕。もちろん、BLも」

「…………」

 お父さんのその答えに、僕は手にしていたスプーンを止めて呆けてしまう。

 ……もしかして、このお家って、クリエイター一家、だったりします?


「それで、どんな女の子がタイプなんだい? ツンデレ? ヤンデレ? クーデレ?」

 ちょちょちょ……最初のふたつはなんとなく聞いたことあるけど、クーデレって何ですか、僕知らないんですけど……。


「んー、女の子のほうが答えにくいなら、男の子のタイプでもいいよ? むしろ、僕的にはそっちのほうがありがたいというか、そそるというか」

「えっ? えっ?」

「げほっ、んんんっ……!」


 質問するお父さん。戸惑う僕、それを聞いてむせる井野さん、三人をニコニコ見守るお母さん、のような構図で招いてもらった夕食は進んでいった。


 そして、カレーも食べ終わって、食後のデザートにプリンを頂いているとき、

「……実際ね、八色君には感謝しているんだ」

 ふと、お父さんはしみじみとした口調でそう言う。


「「……?」」

 僕と井野さんの高校生ふたりは、何を言うつもりなのだろうかと首を捻る。いや、井野さんに関しては恐怖かもしれないけど。


「……知ってるとは思うけど、円は極度の人見知りで内気な子だからね。友達いない歴イコール年齢って言っても嘘じゃないくらいの」

 ……イコール年齢の用法に彼氏彼女以外の単語が来るなんて……。


「そんな円が、八色君に会ってからなんか楽しそうに高校に行きはじめたから、どんな子なんだろうなあとは常々思っていたんだ」

「……ひ、ひぅ……」

 隣の井野さんは火にかけられた水みたいにどんどんどんどん煮沸していって、顔色が赤くなっていく。


「……円が最近なんか外見により気を使うようになったのも八色君のおかげだろうし」

「おっ、お父さんっ」

「恋心も性癖も性欲もなんか拗らせた娘だけど、これからも、仲良くしてあげてください」

 ……ん? 恋心も性癖も性欲も? んん?


「ひぅぅぅぅぅん!」

「あ、は、はい……ぼ、僕で良かったら……」

 なんだろう、なんかいい話チックにまとまったのだろうけど、約一名爆死している人がいるような……。


「あ、ちなみに円は誘い受けで、ちょっとMっ気があるから、こんなふうに緩―くいじってあげると円は喜ぶよ」

「っっ、よっ、喜んでなんかないよお……!」


「あれ? でも、円結構Sっ気ある男性キャラが出てくる漫画読んでるよね? 違った?」

「そっ、それはお父さんの勘違いだよっ」

「あれれえ? そうだったっけなあ。なら、ちょっと八色君と円の部屋行って、確かめてみようっかなー。あっ、でも今お母さんが掃除の途中なんだっけなあ」


「ひゃぅぅ……。……も、もうそれでいいよ、それでいいから許して……お父さん」

 ……完膚なきまでに弱みを使われる井野さん。……彼女はどうやら少しMらしい、ということがわかった。だからどうしたって話なんだけど。

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