第52話 イチモツ×父の強請り

「──えっ? お母さんがもう四人分のカレー作って待ってる? そ、そんなの二日でも三日でもかけて食べればいいんじゃ」

 ……井野さんとお父さんの攻防はなかなか終わることはしない。井野さんの声しか聞こえないので、全貌は把握できないけど、どうやら僕を家に連れてくるかこないかで論争が起きているみたい。


 まあ、念のため前提を確認はしておくけど、今日は美穂は夜まで池田さんたちが見てくれているから、別に井野さんの家でカレーをご馳走になるのもこれといった問題はない。さすがに家には帰らないとまずいけど。


「だっ、だからそんなんじゃなくて……って? 今日私の部屋掃除して……っっっっううううう……!」

 すると、僕の隣でスマホを耳に当ててた井野さんは、その場でしゃがみ込んではもはや記号でしか表せないような悶え声をあげだす。


「い、井野さん?」

 あまりの声に、近くを歩いていた通行人の人も何事かとこちらをチラッと見てくる。

「だ、大丈夫……?」


 僕もたまらず彼女の隣にしゃがみ込んで様子を窺うと、顔はもちろんリンゴばりに赤くなって、挙句の果てにはちょっと涙さえ浮かんでいる。

「──大丈夫大丈夫、そんな誰かに見せびらかすなんてしないって。あー、ただお母さんが見つけたんだけど、曰く、男性器が全然リアルじゃないってだけは言ってたよ」

「……ひぅっ!」


 ……今の電話口からのお父さんの一言は、近くにいたので、僕も聞き取ることができた。

 井野さんは、わなわなと震える手で一度耳からスマホを離して、

「……い、今の、聞いた……?」

 半分涙ぐんだ声で、そう尋ねた。


「……ご、ごめん。聞こえた……」

 いや、まさか井野さんに現在進行形で男子高校生が一度は迎えるであろう恥ずかしい出来事が起きるとは思わないじゃないですか。


「──ん? おーい、円―。どうかしたかー? 恥ずかしさのあまりショートしちゃったかー? おーい」

 ……親バカというか愛されているというか。


 完全に僕の想像だけど、井野さんの性格が性格なんで、同年代の男子である僕とふたりでどこか出かけるっていうことにテンションが上がっているのだろう。……僕と美穂の父親とは大違いだね。少しは見習ってほしいものだよ。

 いや、僕の父親からこんな電話がかかって来たら怒りのあまり電話を切る自信があるけど。


「あー、でもお父さん、八色君とじっくりお話してみたいなー。どんな子なんだろーなー攻めなのかなー受けなのかなー」

「だ、だから駄目って言ってるのにぃ……」

「もしこのまま八色君と話せなかったら、お父さん、ショックのあまり仕事の知り合いに円の描いた現実味がない男のイチモツを見せちゃうかもなー」


 ……親に強請られてるよこの娘さん。不憫だ。あまりにも不憫だ。誰かに見せびらかしたりしないって言ってたのに、秒で忘れている(?)し。

「……そっ、それだけはだめえええええ……」

「お父さん、八色君とお話したいなー」


 そこまで話すと、井野さんは力なくスマホをカバンにしまっては、完全に脱力しきった様子で、

「……今日の夜、私の家でご飯食べて行かない? 八色くん……」

 何もかもを諦めたふうに言った。


「う、うん……。井野さんがいいなら、僕はそれで……」

 さすがに、この身体を張った提案を、無下にする選択肢など、僕には残されてはいなかった。


「……でも、井野さん、そ、その……男性の大事なところも、描いてたんだね……」

「ひぃん……! ちっ、違うのっ、そっ、それはっ、ちょ、ちょっと……描いてみたいなって思って……」

 うん、わかるよ。人には誰にだって性欲のひとつやふたつあるよね。それを他人に迷惑をかけない形で発散しているぶんには問題ないと思うよ。


 今回はまあ……不運だった、ってことにしておこう……。

「……とりあえず、お昼行こうか」

「ひゃ、ひゃい……」


 もはや映画の感想を言いあうとか、そんな流れではなくなってしまったけど、僕らは近くにあるファストフード店に入って軽くポテトなりハンバーガーなりをつまんで小腹を満たした。


 ……変な形に揚がったポテトを見てちょっとだけ井野さんが鼻血を垂らしていたことに関しては、もはや擁護できる気もしなかった。

 イチモツイラストと合わせてこれで五つ目のアウトかな……。規定投球回到達しそうな勢いだけど、果たしてどうなるのだろうか……。

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