第10話 10

 陽菜を家の近くまで送り届け、現在は自宅のソファーで気持ちの整理をしていた。


 元カノである倉持梨花は「京介のご両親も元気?」と言っていた。

 彼女の両親がうちの親を騙したことも、会社を乗っ取り今の地位を築いたことも、まったく知らないようだった。


 しかし……現在、心を乱されている一番の理由はうちの両親がなぜ騙されてしまったのかを考えていたからだ。

 俺は大きな勘違いをしていた。

 

 善良な心を持ち誰からも慕われていた両親。

 会社を大きくしていく工程で、今までだって詐欺まがいの話はたくさんあったはず。

 しかし今までは騙されることはなかった。


 では、なぜ今回は騙されしまい、会社まで奪われる羽目になったのか?

 答えはひとつ。


 ……俺の存在だ。


 俺は梨花の親に会ったことがある。

 ぜひ家に招きなさいと、彼女の両親がセッティングを希望したのだ。


 その時会った彼女の両親の印象は……


 社長の息子である俺に、娘を道具にして媚びをうっていた。

 最初から俺たちに興味があったわけではなく、俺からの口添えで昇進が目的のようだった。


 梨花もまた、うちの両親に会ったことがある。


 当時から明るくて元気な彼女に、俺も両親も好意を持っていた。

 親からしてみればひとり息子の彼女が可愛いくて仕方がなかったのだ。


 俺の両親だって人の子。

 同じ実績の部下がいればどこかで優劣をつけなくてはならない。


 当然だけど梨花の父親が出世したと、麗子さんの調査でも会社内で裏付けも取れていた。


 そんな息子の彼女の親から仕事の取引きを持ちかけられたら、邪険に扱うはずがない。

 きっと疑いもせず……いや、多少は不審な点があったとしても話を聞いてしまったのだ。


 全部俺のせいじゃねーか……


 挙げ句の果てに梨花に浮気されて親子で騙されてしまうとは……

 

 やりきれない気持ちでいっぱいになり、ボーッとスマホの画面を見つめていると、美咲さんから着信が入ってきた。

 

『あ、美咲だけど、お仕事の依頼よ。しかも2件!』


『いや嬉しそうに言われても……それってただ単にダブルブッキングじゃないですか?』


『そうとも言うわね。詳細は明日事務所で説明するから来てくれるかな?電話だと説明が難しいのよ』


『……嫌な予感しかしないですけど、わかりました。明日の午前中にでもお伺いします』


『じゃあ待ってるわね。あ、それとは別にからまた依頼がきてるわよ。それも明日話すわね。それじゃあまた』


 さっさと切られてしまったけど、最後の言葉は聞き間違いだろうか?


 ……嫁って誰のことだよ?

 そもそも俺は独身だし、本当なら大学生活を満喫してる若者だぞ。


 明日は美咲さんにガツンと言ってやる。

 婚期を逃すと大変だと煽ってやる。

 

 そんな事を考えていると、またもスマホに着信が入ってきた。

 美咲んさんではないかと恐怖を覚えたけど、そうではなかったので安心して電話に出る。


『あ、水樹陽菜です。今日はありがとうございました。お疲れのところすみません、ご迷惑でなければ少しだけお電話よろしいでしょうか?』


『こちろこそ今日はありがとう。いまは何もしてないから大丈夫だよ』


 いったいどうしたのだろう?

 

 今日の仕事は失敗してしまったので、文句を言われても仕方がないのだが……


  別れさせ屋の仕事をしている時は、依頼人と電話をするのは基本的に禁止されていた。

 どうしても電話だと私用と仕事の区別がつきづらくなってしまう。


 顧客によっては時間帯を無視して夜中にかけてきたり、特に用事もないのに電話をかけてくる人が多いので禁止となっているのだ。


 しかし陽菜の場合は、超が付くほどのお得意なので美咲さんからオッケーをもらっていた。


『ありがとうございます。ちょっと京介さんの様子が気になってしまいまして……』


『え?俺の事を気にかけてくれて電話をかけてくれたの?』


『はい。帰り際もかなり険しい顔をされていらしたので……。私でよければなんでもお話をお聞きしますがどうでしょうか?話せば少しは気が晴れると思います』


 ……まじか。


 仕事中なのに俺はそんな顔をしていたのか。

 その上、依頼人に心配されるなんて大失態だ。


『ありがとう。でも、電話で話せるような内容ではないし、気持ちだけ有難くいただいておくよ。それより明日……明日の午後なら時間があるから、今日の埋め合わせをさせてもらえないか?もちろん料金は今日の分をいただいてるから問題ないよ』


『え?明日お会いできるんですか!でしたら正式に依頼させてください。料金はお支払いますから』


 今日のレンタル彼氏が申し訳なくて提案してみたものの、思いのほか食いつきが良くて驚いてしまった。

 やっぱり高いお金を払ってるわけだし、納得がいかなかったのかもしれない。


『料金をもらったら俺の気が済まないし、美咲さんに怒られてしまうよ』


『……』


『ど、どうかした?』

 

 急に電話の先が静かになってしまった。

 いったいどうしたのだろうか?


『それなら明日はプライベートとしてお会いしてください!それなら料金はお支払いしませんから!そして京介さんの悩みを聞かせてください。少しでも気持ちが楽になってもらいたいので……。私の話も聞いてもらえると嬉しいです。いいですよね?』


『あ、ああ……わかった』


『では明日ご連絡をお待ちしてます。失礼します』


 なんでこうなった?


 電話なのに彼女の圧力に負けてついオーケーしてしまった。

 しかもなぜ急に豹変してしまったのか分からない。


 気のせいじゃなければ元カノとバッタリ会った時よりもスイッチが入っていたような……


 なにを失敗したのか、いくら考えても俺には理由が見つからなかった。

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