第14話 夏 天空都市Ⅰ
「まあ、そんなわけでして、キャンベル家の皆さんは、貴方様がたとは全く違った技術を用いて、人々の解呪を行っていたわけですよ」
柔和な笑みで揚々と語る商人の言葉に応じるのは、不愉快そうな重々しい声だった。
「
「商売っ気はなさそうでしたけど、最近患者の数が増えたそうですからね。お忙しそうにしてますよ。しかも、解呪のお値段は極めて良心的。それを風の便りに聞いた領民は勿論、遠くの都市の住民も熱心に訪ねているそうです」
「嘆かわしい。斯様の異端な技術にさえ、民たちはこぞって縋り付くのか……世も末だな」
「そうですよねえ、実に全くもってその通りですよ」
――すみませんね、キャンベルの旦那。これも仕事なんで。
情報屋でもある商人は、内心で舌を出しつつ詫びた。
ホーソン・カムデンは、二枚舌を得意とする生まれながらの商売人だった。情報を仕入れては、それを善悪構わずばら撒いて、対立する勢力の両面から報酬を頂戴していた。加えて、彼がばら撒くものは、あくまでも『噂』。真実とするか虚偽とするかは、それを受け取ったものの判断に任せるという、無責任で不確かで不誠実。下種の権化と、同業者から密かにそう揶揄される彼へ、情報を求める依頼は存外後を絶たなかった。彼が重宝がられているのは、ここぞというところで眉唾の真実を、砂金のように小さくきらめかせて依頼者に見せつけるからである。
今回の依頼者は、荘厳できらびやかな装飾が施される、贅を尽くした部屋の中で鎮座している。天空都市の最高法師、アークォン枢機卿。彼はゆっくりとした動作で、手元のチェストの引き出しから羊皮紙の束を取り出した。その中の一枚をちぎって、ホーソンの目の前に置く。
「望む額を書いておけ。後に
「毎度ありがとうございます~~。今後ともご贔屓に!」
柔和な笑みを更にご機嫌に振りまきながら、ホーソンはペンを手にとり、軽快に報酬金額を記していった。
しばし沈黙していたアークォン枢機卿は、重々しい法衣を纏った身を、やがて愉快そうに振るわせた。いつもより一桁多く記入したホーソンは、ペンを置いてから静かに訊ねる。
「いかがなさいました?」
「いや、改めて思うと自分がほとほと滑稽でな。キャンベル家が、一体どれだけの超越たる秘技を隠し持つのかと、内心悩ましいばかりだったのだが、……所詮は異端のしでかすこと。神の真似事にも程遠い。エンコード――それは、本来神の御業であり、崇高な運命を定められた者だけが扱えるもの。それを等しく万人の手で扱おうなど、神への極まりない冒涜だ。……思い上がった青二才には、少々勉強させてやらねばならんな」
「おやおや、猊下は若者にも手ほどき熱心でいらっしゃる。最高法師の修練を賜るキャンベルの皆さんは、実に運が良いですな。門外漢の私さえ羨ましく感じますよ」
ホーソンのご機嫌な調子に気を良くしたアークォン枢機卿は、得意げに鼻を鳴らした。
「好奇心のまま聞いてしまいますが、その講義内容を、私でも分かる範囲で構いませんのでお教えいただけますか?」
「呪いを解く者は、自ずと呪いを己の内に呼び込むもの。それに打ち克って初めて真なる解呪師と認められるのだ。力及ばなければ、奴はそれまでの技師であるということ。弁えぬ未熟も、末端の異端も、我が目の見渡す世界には要らぬ」
調子を崩さず、ホーソンは重ねて問う。
「――呪い殺す、ということですかな? キャンベル家が解呪師の端くれとは言え、スノーレット枢機卿の御眼鏡には適っています。下手に動けば猊下の足元の方が掬われると思うのは、私の愚考でしょうかねえ?」
「スノーレット? あの無為徒食の
「それはそれは、勝手に物申して大変失礼いたしました。私の浅慮をお許しください」
「良い。お前の働きに免じて、今の話もなかったものとする。下がっていいぞ」
「は、多大なる恩赦、ありがたく頂戴いたします。」
――ああ、やはり好奇心は猫をも殺すのだな。
ホーソンは、首筋に一瞬走る滑らかな悪寒を懲りずに実感していた。
退出しようと腰を上げる商人に向けて、アークォンは優しい程に薄い笑みを浮かべ、ひっそり付け加える。
「誰も彼も、神聖たる御許で呪れるなどと考えもしない。お前の口から零れる不粋な噂には、一切耳を貸さぬよ。こちらには優秀な手駒も揃っている。
「――そうでしょう、そうでしょうとも。では猊下、私はこれにて失礼いたしますよ」
客間から退室をして、長く続く回廊をせっかちに歩くホーソンは、首を捻りながらぼやいた。
「さてさて、これにて旦那への噂は確固たる真実となったわけだ。まあ、炊き付けたのは、ボクの噂のせいだけれども」
多少の罪悪感はあれど、己のもたらす噂の事の顛末には、人並み以上に関心を持たなかった。不毛な争いが勃発しようと、外側で傍観する己に火の粉が降りかからぬ限りは、知らぬ存ぜぬを突き通す。ホーソン・カムデンは、己の性根の悪さをしっかりと自覚し、納得していた。下種の権化、あるいは人でなしと、後ろ指刺されても平気であるのは、そんな自分を気に入っている節もあったからだ。世界の何処にも染まらず縛られず、物を運んでただ流れるだけの身は、限りなく自由で快い。
ただ、一人だけ、そんな己を恥知らずだと毒づいて、引っ叩いた女性がいる。与えられたものは痛覚と、心に深くひび入る重たい感情。身軽さを取り柄に生きてきたホーソンの、生まれて初めて頂戴した陰鬱な重力――絶望だった。
今回の勃発が彼女の耳に入れば、力の限り罵倒されるのは想像に難くない。今回ばかりは己に十分な火の粉が降りかかる状況とも言えるのだった。
ホーソンは決意じみたように再度ぼやいた。
「ボクも次にやりたいことがしっかりと聞けたわけだし……、だから旦那たちには、是非とも踏ん張ってほしいなあ」
*
「い・や・よ! 絶対にいーや! 死んでも嫌!」
「たった一週間程度だ。しかもその間もほぼ移動時間だけだ。長くあそこに留まるわけではない」
「それでも嫌! あそこは鬼門なのよ、デモンズゲートなのよ。あたしにとって方角の悪いものに他ならないの! 絶対に行きませんからね!」
「マーガレット、今回の都市の招集は緊急議会だ。内容も分かっているだろう」
「ヨーク兄さん一人でも何とかなるわよ! そのためのキャンベル家長でしょ! あたしはヒラなのよ、お偉い方だけの議会出席なんて真っ平!」
台所の片隅にて、鍋の蓋を盾にして身を潜めるマーガレットと、それを追い詰めるように立ち尽くすヨークラインは、ひたすら己の主張を繰り返していた。攻防が始まってから時計の長針がそろそろ一周するのではないだろうかと、作業台にて野菜の皮むきを行うリーンは、内心でやきもきしていた。
「君が気に病むことじゃないよ。メグの出不精は昔からのことだし、ヨークの頑固一徹さも伊達じゃないし、日常風景として捉えてもらって問題ないものさ」
そうのんびりと告げるのは、リーンの隣でハーブ入りのピクルスを仕込むジョシュアだった。見慣れている風景だとしても、争いを見守るしかないリーンは物憂げに言う。
「でも、やっぱりケンカは良くないわ。どうしたら二人共が納得した形で止まるのかしら……」
「ヨークが譲歩するか、メグが観念するか、どちらかの選択しかないね」
「どちらかしかないの……」
ヨークラインの手の中にあるのは、一枚の書状だった。先日天空都市より通知された、解呪師キャンベル家への特別出動要請だった。数ヶ月前から呪われる者が各都市に増え続けていて、その異様たる蔓延を未曾有の危機として捉えた天空都市が、ようやく解決のために乗り出したのだ。
天空都市は、全国のあらゆる都市の守護、秩序維持の支援を統轄している特別機関である。災害に見舞われた街へ救護支援を行い、治安維持の強化のために兵を派遣。都市同士の争いの調停者として、裁定を行える権限をも持ち合わせている。数十年前に王制が解体されてから、増々その役目を担うようになり、長い年月を経て各都市は天空都市へ大きく寄りかかるようになっていった。現在では、亡き王家に代わる国家の監督者として、法治の総括を任される立場に位置している。
そのため、各都市の総代議会は、天空都市に赴いて行われているのだった。
今回の対策議会では、まずは事前に各地方の総代が自治領の被害状況を提供。その報告を下に、天空都市が各都市の援助内容を発表する流れになっている。主要都市以外の領域を治める領主は、多大な被害を受けた者だけが呼ばれていた。
キャンベル家の領内は、小さな村々が所々に点在しているだけの要所なき土地で、元より特に被害が大きいものではない。本来であれば招集対象に成り得ないものだった。だが、注目すべき点は、呪いで命を落とす者が現状ゼロ人であるということ。解呪の秘技を持つ、キャンベル家の手腕に他ならなかった。その功績を称え、天空都市はキャンベル家へ解呪の助力を請うてきたのだ。
「これは解呪師全体の問題だ。お前の頭脳も必要としてくれる都市の意向を、無下にするのは感心しない」
「そーれがうっさんくさいってのよ! 天空都市があたしたちの解呪法を認めてないってのは知ってるんですからね! 何かあるに違いないのよ!
「パンデモ……? お前の中の天空都市は、一体どういうものに成り果てているんだ……」
呆れ返るヨークラインは、とうとうくたびれた声を出した。マーガレットの毛嫌いぶりは承知済みだったが、ここまで骨が折れるものなのかと、そろそろ根負けしそうなキャンベル当主である。
ヨークラインの服を、外側で見守っていた少女が恐る恐ると摘まんで気を引いてきた。
「あの、ヨッカ……。メグの代わりに、私がついて行ってもいい?」
リーンの突然の申し出に、ヨークラインは大層なしかめ面をした。
「……何故、君が?」
青年の強面に怯みつつも、リーンはしどろもどろに伝える。
「ええと、あの、その、一度ね、行ってみたかったの。天空都市って、解呪師の人が沢山修行しているところでしょう? 私、解呪師の見習いだし、まだまだだけれど、学べるものがあるかもしれないわ。その、雰囲気だけでも味わえたらいいの。議会もヨッカの隣で、黙って大人しくしているわ。だから、お願い、ヨッカ」
ヨークラインは、ふうとため息をついた。なだめるような静かな声でリーンに伝える。
「君がこのキャンベルで学んでいるものと、天空都市のそれでは、やり様が全く違う。畑違いとも言っていい。君のためになるものにはならないと思うが」
「ええっ、そうなの!? 困ったわ!」
リーンが思わずと言うように慌て声を張り上げたので、ヨークラインは訝しげに訊く。
「何故、困るんだ」
「え、ええと、天空都市に……行けないから……」
「何故、行けないと困る?」
「ええと、あの、その……」
「名物のジェラートが食べられないからなのよ、ヨークにいちゃま」
目を泳がせるリーンの背後から、プリムローズがひょっこり顔を出して質問に答えた。そのまま少女の腰に腕を回して纏わり付いてくる。ヨークラインは目を瞬かせて、つい繰り返した。
「……名物のジェラート?」
「天空都市のフルーツジェラートとミルクジェラートは、めちゃくちゃ美味しいって評判なのよ。嬢ちゃま、実はそれが食べたくてしょうがないのよ」
「そうなのか、リーン=リリー?」
再度訊ねられ、リーンは勢い良く何度も頷く。
「う、うん……!」
「わざわざジェラートを食べたいがために?」
「そ、そうよ! 名物だもの!」
「……君、意外と食い意地が張っているんだな」
「そっ! そんなことっ……ある……わ。……ジェラートが食べたいの、ヨッカ……」
一瞬で顔全体を真っ赤にした少女は、力なく言い終えると、下を俯いて身を縮こまらせてしまった。含み笑うプリムローズに抱き付かれたまま、しょんぼりと何も言わなくなってしまったリーンを見て、ヨークラインは何処か気まずい心地を覚える。
「ヨーク、レディに恥をかかせたらいけないじゃないか、可哀想に。そこは課外授業とか何とか即興の口実作って、承諾すべきだったね」
「そーよそーよ、そこは何も聞かずに頷くものよ。デリカシーなさすぎるのよ、兄さんは」
助け舟を差し出すように、ジョシュアとマーガレットが間に入った。青年は思わず二人へきつい視線を投げかける。
「お前たちの茶々は要らん世話だ。……だが、俺も少々不躾な物言いだったな。それは詫びよう、リーン=リリー」
「う、ううん。いいの、気にしないで、ヨッカ。私、どうしても行ってみたくって……」
鍋の蓋を頭に被ったままだったマーガレットは、ぽつりと呟いた。
「……リーンが行くんなら、あたし、行ってもいいわ」
「メグ、本当に!?」
リーンがぱぁっと笑みを零し、嬉しそうに振り向いた。苦笑するマーガレットは、注意深く言い重ねる。
「ただし、議会には出ないから。リーンの保護者、そういう名目でなら都市に行く」
「一体どういう風の吹き回しだ」
座り込んでいたマーガレットはようやく立ち上がり、ヨークラインの疑問に、両手を上げながら楽しげに答える。
「リーンの雰囲気を味わいたいってのには、同感するしね。あそこは胸糞悪い奴らばかりだけれど、都市自体は立派で綺麗なところだし、観光目的としてなら楽しい街だと思うわ」
「……物見遊山に行くわけではないのだぞ」
「議会の内容を兄さんが聞き取ってきたら、後で意見をきっちり述べるわ。だからそれで勘弁して頂戴、兄さん」
「……ならば結構。ではマーガレット、お前をリーン=リリーの監督者とする。しっかり彼女の面倒を見てやってくれ。リーン=リリー、君はマーガレットの言うことを良く聞くように」
「うん! ありがとう、ヨッカ!」
「にいちゃま、あたしも行くわ」
「お前はジョシュアと留守番でいいだろう」
「あたしも嬢ちゃまと一緒にジェラート食べたいー」
リーンの身体にぎゅうと抱き付いて離れないプリムローズを、ヨークラインは困惑気に見下ろしてから、やがて結局ため息一つで収めた。
「…分かった。では三人共、出発は一週間後だ。それまでに抜かりなく支度をするように」
「はぁーい!」
三人の少女は、高らかに返事をして喜び合った。
そのまま少女たちはマーガレットの自室へ移動し、扉を閉めてからリーンは頭を深く下げた。姉妹に向けて感謝の言葉を述べる。
「ありがとう、メグ、プリム。口実が上手く考えられなかったら、本当に助かったわ」
マーガレットは手をひらひら振って、構わないと笑う。
「いいのよ、気にしないで。そろそろちゃんと、サマーベリーの解呪のお礼になることをしたかったしね。あなた、必要なものでも何でもねだれって言っているのに、何も欲しがらないんだもの」
「お礼なんて……。解呪師の修行の身で、何か貰おうなんてとんでもないわ」
「だめよ、嬢ちゃま。我がキャンベルでは、善行を為した者には感謝という報酬をきっかり与えるものなのよ。嬢ちゃまは、もうちょっと欲張ってもいいと思うのよ」
プリムローズは人差し指を突き付けながら、リーンに指摘した。マーガレットが首を捻り、唸りながら同意する。
「そうなのよねー。今まで身内だけでやって来たから、お給金というものを考えていなかったのよ。弟子なんて中途半端な立ち位置なものだから、余計にどうしたらいいのか分からなくて。ヨーク兄さんはあたしに任せるって言うだけで、処遇を丸投げしてくるし」
「ヨークにいちゃまも、お給金以外の思いつきがなかったのね」
リーンは緩慢に首を横に振って、断りをきちんと伝えた。
「本当にいいのよ。だって、ベッドはふかふかだし、食事もお菓子も美味しいし、ヨッカがいて、メグもプリムもジョシュアも、皆面白くて優しくて、……今の私、とってもぜいたくなの」
いっそ健気な程の言葉をリーンは当たり前のように口から零し、淡く綻ばせた。マーガレットは苦笑する。
「些細なことで幸せを感じられるなら何よりだけれどもね。そんな様子じゃあ、レースもアクセサリーも、まるで陳腐ってとこかしら」
「見るのは好きよ。ただ、あまり自分で身に着けたいと思ったことがなくて……」
「あらそう、じゃあ天空都市ではウィンドウショッピングと洒落込みましょうか。あそこは彫金細工も有名だしね。素敵なものや、欲しいものが見つかったら言いなさい」
「あの、でも、私に必要なものじゃあ……」
「いずれ必要になるから言っているのよ。収穫祭や冬至祭みたいな大がかりな祝祭で、装飾具は必需品だから、今からきちんと見定めておきなさい。キャンベル家の一員なら、それ相応の身だしなみには気を遣ってほしくってよ?」
片目を瞑りながら、からかう調子で額を小さくこづかれて、リーンはようやく納得したように頷いた。
「で、嬢ちゃま。本当は、どうして天空都市に行きたかったの? やっぱりジェラートが食べたかったの?」
好奇の目を向けるプリムローズが、くすくすと笑いながら訊ねてくる。
「あの、会わなきゃいけない人がいて。この前、私に手紙をくれた……」
「ああ、孤児院での仲良しさんだったかしら? その彼女が天空都市に?」
「うん、エミリーって言うの」
「でも、何でヨークにいちゃまには内緒なの?」
リーンは、気まずげにだが、正直に話す。
「あの、その、エミリーからは他言無用って言われていて……それは私も同じ気持ちだから……」
「成程。離れた地で暮らす二人の、久方ぶりのアヤシイ密会ってところ?」
マーガレットのからかう口調に、リーンは冗談だと気付かないままで真面目に返してしまう。
「エミリーは別に怪しくないわ。私がただ、ヨッカに秘密にしておきたいだけなの」
「ふうん、意外だったわ。リーンって、母犬を慕うみたいに兄さんに懐いているから」
「ヨッカにだって言いたくないことはあるわ。……ヨッカが、私に何かを誤魔化すみたいに」
リーンは少し不満げに口零した。先日、ガーランド家の詳細を訊ねた時、ヨークラインの口調からためらいが見て取れた。話しにくいことなのか、それからも彼から一度も話を振られたことはない。それでなくとも、普段から忙しくしているヨークラインとゆっくり落ち着いて話せる時間は元より少なく、口数少ない彼から用件以外で話しかけられることも滅多にないのだ。
再会した当初にいずれ話すと言っていたが、その言葉をリーンは昔のような無邪気な気持ちのままで、無条件にはもう飲み込めなくなっている。
「……私が子供で未熟で泣き虫だから、きっとヨッカは話してくれないのよ。だからって、ヨッカの気に入る聞き分けのいい子になるつもりはないもの」
「あら、なかなかお転婆な物言いするのね。その根性は親近感が持てるし、気に入ったわ」
不貞腐れるようなリーンの言い分を、マーガレットは喜ばしそうに評した。
「口が固すぎてイマイチ謎なところがあるのよね、兄さんって。それはあたしも気に食わないと常々思っているわけよ。そういうことなら、黙っておいてあげましょうかね」
「そうよそうよ、少しくらい内緒にしたって、問題なしなしよ」
プリムローズも愉快そうに言ってから、少しだけ口調を改めてリーンに告げる。
「でもね、嬢ちゃま。あんまり長く、内緒にしちゃだめよ。心にしっかり閉じ込めちゃうと、嬢ちゃまも、ヨークにいちゃまみたいなカタブツさんになっちゃうから」
「ふふ、そうね、ありがとう。エミリーと少しお話したらすぐに戻るわ。だから、天空都市ではちょっとの間だけ、別行動させてほしいの」
「分かったわ。ヨーク兄さんは、どうせ会議出ずっぱりで忙しないだろうし、あたしが上手く口裏合わせとくわ。ゆっくりおしゃべりしてきなさい」
「うん、本当にありがとう」
リーンは嬉しそうに頷き、自分も旅行の支度をすると告げて部屋から出て行った。
姉妹二人きりになると、プリムローズが、ひっそりと姉に向けて訊ねた。
「ねえ、ほんとに、ヨークにいちゃまに黙ったまんまでいいの?」
「ま、あたしたちキャンベル家だって、あの子にまだ内緒にしていることがあるもの。あの子だけが包み隠さずってのは、フェアじゃないし、逃げ場がなくて可哀想でしょ」
「そっか。その内に……教え合いっこ、するのかな」
「どうでしょうね。時期尚早ってのが、今のところあたしたちキャンベルの総意な筈だもの。兎にも角にも、天空都市では彼女の好きにさせてあげましょ」
「そだね、身元が知れてるところにいるのなら、あたしたちも安心してリッキトウヘンに動けるしね」
「それは臨機応変、一騎当千のつもりなの? 混ぜ込ませないの、あんたって子はいちいちもう……」
いつものように言い返したマーガレットだったが、先の言葉を正しく理解し、面白くない表情でプリムローズを見つめ直した。厳しい口調で妹に問いかける。
「……動かなきゃならない事態でもあるって言うの? やあよ、冗談じゃないわ。今すぐ訂正なさい、プリムローズ・サラ」
「やだな、マーガレット・エレナねえちゃま。何かあるに違いないって最初に言ったのは、ねえちゃまよ?」
きゃらきゃらと笑って言い返され、マーガレットは途方に暮れた表情で天を仰ぎ、顔を手で覆った。
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