被害妄想(おもいで)IN MY HEAD

ダイナマイト・キッド

第1話 パリピは今日も肉を焼く

 久しぶりに絵でも描こうかと思って、鉛筆をトキントキンにして消しゴムもシャーペンもボールペンも揃えたのに紙が無い。なあんだ、つまらねえな。鬱陶しいめんどくせえ

 別段意味もなく、ただ続けざまに口からこぼれ出る悪態が止まらなくなったのはいつからだろう。零す人も届く人も居ない。仕事がつまらなくて、カネも無くなって、そのまま家に引っ込んで何年になるだろうか。酒も美味くないし、ツレは居なくなるし、当然ずっと独り身で、いたずらにタバコをふかして、あとは手元の端末で動画や戯言に日を費やすだけ

 何も面白くない

 端末の中でニカニカキラキラ過ごしてやがる連中は、河原でBBQと洒落込んでやがる。海でも川でも下手すりゃ山でも自宅の芝生でも、隙あらば肉を焼くこいつらは一体なんなんだ。どうせその後セックスするだけの癖に

 何をするにもオンナが居て、付き合ってたり狙ってたり取り合ったりしている連中と一緒にいるのも疲れてしまった。昔からそうだ、みんながカンタンにこなせること、便利に使えるものが俺だけは全く使いこなせない。遊具もボールもハサミでさえも俺を嘲笑うように目の前の図画工作もゴールキックもワヤになって、そしていとも簡単に生きてる連中が俺を嘲笑う。それは未だに同じで、端末のログインやアカウント作成、通販、配信、何をやっても上手くいかないし使いこなせない。SIMロック解除? 格安スマホ? 結局は言われるがままに大手キャリアの端末を使い続けている

 そんな俺を誘う奴等もいつしかいなくなって、そいつらの楽しそうな日常生活や束の間の娯楽、窮屈な仕事ぶりを端末越しに睥睨するしか俺には出来ることがなくなった

 するべきこともなく、しるべとなるアテもなく、根無し草のように暮らすうちに酒もタバコも味がしなくなった。メシはコンビニ。プラスチックの皿に盛られてプラスチックで蓋をしたギリギリ食える程度の何かをガツガツ流し込んでいる。パッケージの写真と、そこに添えられた名前だけは大層だが中身は別段どうということはない。どうということも無さ過ぎてどれを食べても同じ味がする。おにぎりもサンドイッチも同じだ。弁当も麺類も、なんか小麦粉の記事でウィンナーを包んだやつも、全部同じだ。歯触りや姿形と最初に刺激される味覚の部位が違うだけで、後味はどれも同じ。無機質で味気ない、それでいて尾を引く嫌な味

 あいつらは好天の下、陽光きらめく水面の傍らで肉や野菜を切り刻んで焼いて食っている。火を起こすときに火傷しかかるハプニングを動画に撮ってた奴が居て、それを投稿して画面の中と外で盛り上がっている

 俺はなんだかよくわからない「食い物」を流し込んで、後味に文句を垂れている

 火傷動画にも「オイオイ気を付けろよ、ちゃんと冷やしたか?肘曲川の河川敷なら近くの植え込みにアロエが生えてるから取ってきて塗るといいぞ」という俺のコメントにだけ返事が無い

 なんなんだ。なんなんだこの差は。ちょっと世の中が面白くなくて、仕事がつまらなくて、給料が安くて、外に出なくなったら

 なんなんだ、なんなんだよチクショウ

 端末の写真や動画がにじんで零れた。認めたくない、認められない、だけどもう自分でも自分がコントロール出来なくて、あとはバルブのイカレた水道管のようにとめどなく流れ出す涙を止めることも出来ず仰臥したまま泣き続けた

 こぼれた涙を拭いた拍子に、画面の中で動画が再生された

「あちちちち!」

「キャー」

「えーまじありえなくなーい」

「ちょっとちょっと撮ってるの」

 嬌声が天岩戸のように端末を挟んで耳に届く。画面をタップする気力も無く1分少々の動画が何度も何度も何度も何度も繰り返し再生され続け、いつしかその声やシャーボボボボというノイズも単なる音としか聞こえなくなっていった

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