キノコ注意報

朽木桜斎

第1話 朝ごはん

「朝ごはんができました。本日のメニューはキノコ炒めです。おいしいキノコを召し上がれ」


 AIスピーカーがそう言ったとき、片瀬かたせヒロキはちょうどテレビのスイッチを入れたところだった。


「えーと、今日の天気はと……」


 ニュースも終わりに近づいていて、彼は予報を確認したあと、テーブルの椅子に座り、携帯端末をいじりはじめた。


「昨日の広告の伸びはと……お、いいぞいいぞ」


 片瀬はマーケティング業務をあつかうスタートアップ企業の社員だ。


 大学の先輩だった中村ケンジと、二人三脚でここまでやってきた。


 軌道に乗ってこそはいないものの、月々の収益は順調に伸びてきている。


「うん、いい感じだな。先輩もいまごろ、にやにやしてるだろうぜ」


 彼は端末をテーブルの脇に置いて、添えられた箸を手に取った。


「魚座の方は、落とし物に注意してくださ~い!」


 背後のテレビでは天気予報が終わり、女性の声が今日の占いをかしましくしゃべっている。


「うほ~、いいにおいだ」


 そのとき。


 テレビの音声が一瞬ゆがんだ。


「あ?」


 片瀬はそちらに首を回そうとした。


「片瀬ヒロキさん、あなたは今日、キノコ注意報です。キノコにはじゅうぶん注意してください……」


「は……」


 彼が振り返ったとき、テレビでは番組のスタジオをバックに、エンドロールが流れているだけだった。


「な、なんだ、いまの……故障かな……なんだよ、キノコ注意報って……」


 片瀬は不思議に思いながら、頭の向きをもとに戻した。


「う……」


 目の前にはさまざまな種類のキノコが炒められた、湯気を出す料理がちょこんと置いてある。


「ふん、ばかばかしい……」


 彼は皿を手に取り、ごちそうをほおばった。


「う……」


 ピタリと箸が止まる。


「うまっ……」


 弾力のある歯ごたえ、舌に絡む肉汁。


 食がすすむことこのうえない。


「こりゃヤバいって……」


 あまりのうまさに、片瀬はご飯を茶碗で三杯もたいらげてしまった。


「ぷはあっ、幸せ……」


 腹をポンポンと叩いたあと、彼はもう一度うしろを振り向いた。


 テレビには次の番組が映っている、だけだ。


「キノコ注意報、ね……」


 彼は口をぬぐうと、上着のジャケットを羽織って、マンションのドアを開けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る