第4話 宿坊にて

店の人達と帰りがけに、街道沿いで遅い夕食を済ませた後、宿坊に泊まった梢は、それなりに広い風呂に入りながら、今日の出来事を振り返っていた。(写真は何枚か取ったはずだけど)風呂上りに、自分のカメラを確認したが、京子と言っていた人物は写っていなかったので、記憶を頼りに、幾枚かの似顔絵をスケッチブックに残してから就寝した。翌朝、鳥の声で目が覚めた梢が、カーテンを開けて目に入って来た光景に、少し驚きを感じながらその状況を見ていた。眼下には、深い谷底をゆっくり流れている川があり、朝の準備でもしているのか、30人から40人は乗れそうな、喫水の浅い木造の和船が船着き場に並んでいて、おそらくその船頭であろう人達が、長い竿でその船を移動していた。そんな光景を暫く見ていると、泉(ジャズバーのメイド)が、朝食が出来たと伝手に来たので二人で食堂に向かった。

「夕べは、ちゃんと眠れた?」と泉が声を掛けてきたので

「うん、なんか何時もよりぐっすり寝れたみたいです。」

「うん、それは良かった。変な夢でも見ると厄介だからね。」

「夕べは、暗くて此処が何処か分からなかったんですが、下の谷、川、は?」

「ああ、此処は、結構有名な観光地なのよ。あの船に乗って渓流を遡り、上流の獅子の鼻の様な形をした岩を見に行くの、今日行ってみると良いわ。どうせ、私も父の弁当を届けに行くから案内してあげるわ。家の父は、あそこで船頭をしているのよ。」との泉の説明に納得しながら梢は食堂に入り、給仕をしてくれている泉と共に朝食を食べた。

「そう、後で宿帳を書いてもらうから。ところであなた、何処かの美大生?スケッチブック持ってたから。」

「ええ、今は休学してます。絵本作家してます。」と言って梢はそばのポーチの中から名刺を出して、泉に渡した。

「絵本作家・・・トコミヤショウて、あなたが本人?」

「ええ、トコミヤはペンネームですけど。」

「私も、本持ってるわよ! 後でサインして頂戴ね。」と泉は、嬉しそうにご飯のお代わりをしてくれていた。

「謎の作家さんなのよね、だったか。前からどんな人だろうと想像してたけど、若いわね、お幾つ?」

「二十一です。」

「私は二十四よ。」

そんな会話が切っ掛けで、二人は暫く四方山話をしてから、船着き場に行く時間を示し合わせて、夫々の仕事に戻った。

「まずは、泰恵(梢のマネージャー)さんに連絡しなきゃ。でも、不思議な体験だったな。」と思いながらも、不思議と恐怖や暗い感覚は無く、むしろ森の中で精霊にでもあった様な気さえする梢だった。

 船着き場は、けっこうな賑わいを見せていて、手際よく、観光客を船に乗せると、長い竿を巧みに操りながら、緩やかな川の流れに逆らう様に上流に向かった。途中の両岸にそびえる岸壁のいわれを面白おかしく話す船頭に客が拍手をし、船を追ってくる鴨や錦鯉にえさをやりながら進むと、例の岩があった。船が着いてから少し砂地を進むと確かに、ライオンの鼻先と言われればその様に見える形の突起した岩が岸壁の中腹付近から飛び出ていて、客はしきりにカメラのシャッターを切っていた。ひとしきりの散策の後再び船に乗り、下る最中に、両岸の岸壁に響くような歌声で、船頭が舟歌をうたい、その声は、川面を伝わり先に行く船まで届いていた。梢はその歌に感動しながらも、時の流れが目に見える様な景色に身を任せながら、言葉には成らない感動を覚えていた。

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