5、選別落ち

 魔法陣でも故障するの?

 私は「計測のやり直しが行われるだろう」と思ったのだが、確定事項だと告げるように数字が読み上げられた。


「『強欲』…………6」


 今までの賑わいが嘘だったかのように、場がシーンと静まりかえった。

 リアクションを忘れるくらいドン引き、という感じだ。


(違うよ? 私、666だよ! どうして!?)


 抗議したいのに呻き声しか出ない。

 もう、いい加減に動いてよ、私の体!


(もしかして……生まれる直前に、スキルに魔力を全投入したばかりだから、6しか回復していない状態、とか?)


 あの魔法陣は、現在体にある魔力しか測定できないのかもしれない。


「強欲の卵を管理したのは……」

「我々、妖精族です」


 仕切り役の問いに名乗り出たのは、背中に大きな黒い蝶の羽がある人だった。

 男の人だが、黒髪おかっぱの儚げ美人だ。

 この人が私の卵を管理して育ててくれたということ?

 確かにこの人の雰囲気は、卵の中で感じていた暖かさと似ている。

 育てのパパ……いや、魔王がパパだとしたら……あえてママと呼ぶべき?


「妖精族よ、卵の管理を怠ったか」


 今まで黙っていた魔王が前に出てきたことで、周囲が息をのんだ。


「そのようなことはございません」


 恐ろしい覇気を放つ魔王に対し、堂々と返答する姿が凛々しい。ママ素敵!

 だが、ときめく私に水を刺すように、外野からは野次が飛び始めた。


「魔王様の子なのにこんなに魔力が少ないのは、あなたがちゃんと管理をしなかったからだ!」

「いい加減なことをされては困りますな」

「これだから妖精族は……」


 私のことでママが責められている。

 申し訳ない。

 一日待ってくれると魔力が回復して元気になるんだけど……!

 ママを鼻高々にさせてあげたい。

 私の魔力よすぐに戻れ! と気合を入れてみたけれど、更に疲れただけだった。


「皆様、そう責めるものではありません。妖精族の管理は問題なかったはずです。きっと、素質のない卵だったのでしょう。魔王様の素晴らしいお力は、他の卵に偏ったのかもしれません」


 一人の女性がそう呼びかけると、野次は治まった。

 ママをフォローしてくれるなんて、優しい人もいるんだなあと思ったのだが……違ったようだ。

 綺麗な笑顔を浮かべる女性に対し、ママが静かに怒りを表している。

 ママと女性に因縁があるのだろか。

 あの女性も卵を管理した人なのかも……はっ! 地獄の始まり、ママ友戦争!?


「選別は終わった。城に戻り、後継者候補誕生を祝う宴を行う。育てた種族の代表は、王子様、王女様を慎重にお連れしろ。……妖精族の参加は認めない」


(ああっ! 待って! 私、本当は666なんだってば~!)


 引き留めたいのにまともに話すことはできず、今度も「うぅ……」と唸り声が出ただけだった。


 そして――。

 地面に現れた魔法陣が放つ光の中に、この場にいた人達はどんどん姿を消していった。

 卵から生まれた子たちも、ちらりと私を見てからいなくなった。

 興味なさそうに見ている子もいれば、嘲笑っている子もいた。

 むーっ! 兄弟みたいなものなんだから助けてよ! 私も一緒に連れて行って!

 魔王もあっさりと行ってしまった。

 私を見ていたのは見抜いていたからじゃなかったの!? 節穴〜!


 あっという間に静かになり、残ったのは私と妖精族たちだけだった。

 妖精族は、ママとあと一人だけだったので、取り残されたのは三人だ。

 さっきまであんなに賑やかだったのに……寂しい。


「オベロン様……どうしま――」

「だから『強欲の卵』は嫌だったのだ!」

「!」


 妖精族の青年の呼びかけを無視し、ママがブチ切れた。

 私と青年は、「ひえ~~っ」と萎縮した。

 この世で一番理不尽で恐ろしいもの……それは『ママのヒステリー』であると、私は前世から知っているぞ!


「で、ですが、現魔王も強欲の卵から誕生しました。この子も、もしかしたら! 万が一! 億が一! ダンジョンを創造できる可能性があるかも……!」

「ダンジョンどころの話ではないわ! 魔力が6! 6だぞ!? ポンコツではないか!」


 なんだとー!

 いくらママでも、こんないたいけな幼女にポンコツと言うなんてあんまりだ!

 それに見てよ!

 今の私、陸に上がった魚みたいに弱っているでしょう!?

 それなのに見捨てるなんてひどいよ!


「じゃあ、姫はどうするんですか?」

「放っておけ。ダンジョンを創造する可能性のない者に用はない」


 そう言い放つと、ママの姿は一瞬で消えてしまった。

 待って、本当に見捨てるの?

 嘘でしょ?


 一人残った青年を涙目で見つめる。じーっ。

 動かない体で必死に訴える。じーっ。

 あなたは好青年っぽいし、助けてくれませんか!


「…………」


 私から視線の圧力を受け、青年はとても迷っている様子だったが――。


「……達者でな」


 そう言って私の前に何かを置くと、青年も消えてしまった。


 本当に見捨てられてしまった……誰も助けてくれなかった……。

 でも、青年は何かを置いていってくれた。

 食料とか、お金とか、生きていくためのものかな!?

 期待しながら確認する。………本?


『魔王候補になる卵の育て方』


 もう卵から出てますけどー!

 いらないよ!

 青年よ、もっと他にあるだろー!


 ゲームセンターで遊ぶどころか、生まれてすぐに生存の危機です。

 神様。私、あなたにキレてもいいと思います。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る