第159話 思い出の初期村へ



「またお越しください~」を背中に聞きながら、店を出る。


「マジウマだったね、アルマー」


「ああ」


 チーズブタキムチ鍋は想像通りの破壊力だった。 

 しかも最後にマヨらしきものまで出てきて、追い打ちをかけられた。


 【チームロザリオ】たちとの飲み会続きで、当面は食べ過ぎに気をつけようと思っていたのだが、あいにく今日も腹は限界まで膨れた次第だ。


 ちなみにカジカの話が終わった後は、シルエラと二人で明るく盛り上がりながら食べたぞ。

 ピーチメルバの話はひとつもなかったが。


「そうだアルマー。行く前にさ、カジカさんで『どじょうすくい』やってよ」


 どうしても見たいの、とシルエラが腕を組んで、せがんでくる。

 さっきまで泣いていたのが嘘のように、シルエラは晴れやかな笑顔になっていた。


「それは今度な」


 俺は笑ってごまかす。

 シルエラは、俺がもうカジカにならないことを知らない。


 捨ててこそいないが、俺は二度と、『福笑いの袴』を身につけるつもりはない。

 あれだけの地獄を見せられた【罪咎】の呪いなのに、どうして再び身につけようか。


「じゃあ、そろそろ行くから」


「えっ……ま、待ってよ」


 絡んだ腕をそっとほどこうとすると、シルエラが急に慌ててしがみついてきた。


「……もう行っちゃうの?」


「野暮用があってな。言ったろ」


「……女?」


「普通の人間だ」


 我ながらおかしな答えだ。

 しかし、ノヴァスは女としては見ていないから、俺の中ではこうなる。


「でもやっと会えたのに」


「これから嫌というほど会えるさ」


「いつ? だってリフィテルさんのとこに戻るんでしょ?」


「そうだな。手伝うと決めたから」


「アルマー」


 シルエラが真顔になって、俺を見る。


「……今日はこのままあたしの家においでよ。1日くらいいいでしょ。昔みたいに一緒に寝よ?」


「昔みたいになら、家じゃなく木の下でだぞ」


「アハ。それでもいいもん」


「虫も降ってくるぞ」


「それはムリ」


 アハハ、とシルエラが笑った。


 懐かしい笑顔だ。

 百武将で会った時のシルエラは、あまり笑わなかったからな。


「……どうしても行っちゃうの?」


「済まないな」


「……わかった。でも知っておいてほしいことがあるの」


 シルエラが組んでいた腕を自分から放し、俺の手を握った。


「なんだ」


「あたしにはアルマーしかいないとか、重たいこと言うつもりはないけど」


 シルエラがじっと俺の顔を見つめてくる。


「あたし、誰よりも後悔してきた。だからきっとアルマーにとって、誰よりもいいお嫁さんになれるわ」


「……シルエラ……」


 嬉しいことを言ってくれる。

 だがこれってある意味、前置きよりも……。


「アハ」


 そんな思いが、顔に出てしまったらしい。

 くすっと、シルエラが笑った。


「だって伝えたかったんだもん」


 じゃあね、と手を振って、シルエラは銀髪を揺らして去っていった。


 その背中を眺めながら、ふと思う。

 シルエラは俺の良いところしか見ていないな、と。


 たしかに、カジカになってシルエラと二人で過ごしていたあの時までは、俺はまだマシな人間だったもんな。

 

 ずっとどじょうすくいをして笑いを取っていられる人生だったなら、今の彼女の言葉も違和感なく受け取れたかもしれない。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 シルエラと別れ、俺は初期村に発つ準備を始める。

 亞夢あてに牡丹の花のドライフラワーをもらったので、今度渡そう。


 さて、シルエラからは新しい情報がなかったが、ピーチメルバ王国の最近の動向を俺なりにまとめると、エディーニが代理王となり、サカキハヤテ皇国に現在進行形で攻め入る準備をしている。


 エディーニというのは、楽想橋の戦いでシルエラを人質にとり、多数の蜂をけしかけた男だ。

 実力は取るに足らないが、人を貶めることに関しては非常に長けている。


 楽想橋に居たのに何故生きているのかというと、逃げ延びているからだ。


 正直、リンデルを前にした時の俺は他の連中などどうでもよくなっていたし、奴らも、亞夢が人質になっていたシルエラを取り戻したあたりから、旗色の悪さを知っていたのだろう。


 俺が目の色を変えてリンデルと対峙いている間に、次々と帰還していった。


 だが、司馬だけは逃さなかった。

 リフィテルを守ると決めた以上、こいつは適当にはできない。


 俺の糸の攻撃を受けながらも【祝福帰還】を果たした司馬だったが、致命傷を与えた手応えはあった。

 国葬は未だに行われていないが、奴は死んだと確信している。


 表舞台に出てこないところを見ても、間違いないだろう。


 まあピーチメルバを仕切る王が誰であれ、またサカキハヤテ皇国に攻め入って来るなら、容赦はしないわけだが。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 頬を撫でで流れていく風が心地よい。

 夏が近づくこの季節、初期村チェリーガーデンを抱えるグリンガム王国は亜熱帯らしく強い日差しにさらされ、暑さに耐える日々が続く。


 ただ、寒いよりはよほどいいと俺は理解している。

 もし雪が降る気候だったなら、あの時カジカになった時点で、生き残ることはできなかっただろう。


「早いな」


 俺は跨る騎獣に声をかける。


“我をなんだと思っている”


 ハッキに乗れば、ルミナレスカカオからでも、一時間半程度で着いてしまう。

 さすがは【也唯一】クエストの報酬だ。


 今はこうして安心して乗っていられる存在になったが、手に入れた当初は、オマルを目の当たりにして捨ててしまおうかと本気で悩んだ。


 懐かしい思い出だ。


“なにか言ったか”


 いや、いつ口に出したよ。


 知っての通り、ハッキは最初はタツノオトシゴだった。


 ふんといって口が嘴のようにつん、と伸びていたわけだが、予想もしなかったことにその口はオマル、ホッピングマシーンを経由しても残り、なんとそのまま竜となった。


 ハッキが言うには、誇り高き古代竜は皆この伸びた口先を持っており、ホマレであるという。

 しかし今まで騙され続けてきた俺からしたら、今回も騙されている感が半端ない。


「おお……」


 やがて眼下に見えてきた街並みに、つい、見入ってしまう。

 初期村だ。


「ありがとう」


 俺は少し離れた丘の上にハッキを着陸させ、好きなラム肉を食べさせる。


 ”おほ、んまかった~”


 ハッキが頬張り終えて大の字になり、腹を擦って満喫している。

 誇り高きなんとかとは思えぬ、ていたらくである。


 しかし付き合ってもられないので、そのまま仕舞う。


 ”むお!?”


 無視して徒歩で街に入る。


「懐かしいな……」


 亜熱帯らしいこの暑さだけで、いろいろと思い出すものがある。

 久しぶりに訪れた初期村は、全くと言っていいほどに変わっていない。


 俺がずっとその下で野宿していた、防壁のそばの大きな木も残っている。

 その下に立つと、懐かしい香りが鼻をついた。


 この木がつくり出す、しっとりとした空気もよく覚えている。


 落ちてくる虫など、もう馴染みでしかない。

 俺はその下にあぐらをかいて座り、しばし思い出にふけった。


「待て~! アハハ」


 昔と変わりなく、神殿の周りは子供の遊び場になっており、今も数人が追いかけっこをして走り回っている。


 神殿の褪せた白柱と、そのざらざらとした質感も記憶のままだ。


 デスゲームになったあの日から、ここは初級者プレイヤーたちの宿となり、拠り所になっていた。

 まあ、俺は初日に入れすらしなかったし、そのうちに【乙女の祈り】の救済拠点になったから、ほとんど出入りせず、外から眺めていただけなんだが。


「失礼します。人を探していまして」


 俺は神殿の入口で、神官服を着た、ふくよかな中年の女性に訊ねる。


 ここは今も【乙女の祈り】が活動の拠点として使用しており、以前に見たことのある【乙女の祈り】の人間を何人か見かけるので、ノヴァスも居るような気がした。


「あら、変わった仮面ですこと」


 神官服の女性は親しみやすい笑顔で話を受けてくれる。

 しかし、ノヴァスはちょうど不在にしているとのこと。


「戻ったら伝えておきましょうか」


「いえ、またこちらから出向きますので」


 街の中をぐるりとまわり、ノヴァスが居ないことを確認してから、街の外にも出てみる。


 が、見つけられない。


 低レベルな狩り場すぎるせいか、あたりにはそもそも人影がない。

 ノヴァスはどこにいるのだろう。


「俺にわかるわけもないか……」


 街に戻ろうか、と思った折、ふと思い出したことがあった。


「もしかして、あそこに居ないよな……」


 いるわけがない、と思いつつも、気になって西側の入口から街の外に出て、そこへと向かった。


 すぐそばの小高い丘を越えた、だだっ広いだけの草原である。

 しかしそこに、本当にノヴァスが立っていた。


 外はねにしたブロンドの髪を風で揺らしながら、ただじっと森の方を眺めている。


 彼女の右手には、ぼろきれのような赤色の布が握られていた。


「来ていたんだな」


 じっと見ていても仕方がないので、話しかけてみることにする。

 ノヴァスは全く気づいていなかったようで、俺の声にはっとして振り返った。

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