EXstory 11 タクシーで 1
作者より)さらに時は過ぎ、とうとう主人公たちは『ザ・ディスティニー』の世界から解放されました。
気がかりだった、『ザ・ディスティニー』の中で死んだプレイヤーはどうなったのか、その説明を含めてのお話になります。
説明役は引き続き、あの子です。
どうぞお楽しみください。
なお、EXストーリーは次話をもちまして終了とさせていただきます。
ありがとうございました。
新作執筆中ですので、また折を見て投稿させていただきます。
◇◆◇◆◇◆◇
夏は終わっても、まだまだ朝の陽射しが強い。
いつものように赤のミラココアに乗って、あたしは出勤する。
朝の通勤ラッシュに、今日も参戦していた。
混雑は慣れっこだけれど、やっぱりいらいらしないと言えばウソになる。
片側二車線の道路。
前の車が右折ウィンカーを出すのが遅すぎて、車線変更できずにその後ろで引っかかって止まる。
「出すの遅いってば、もう」
舌打ちし、うさを晴らすように、あたしはマイボトルに入れてきたアイスティーをごくんと飲んだ。
はぁ、と息を漏らしながら、窓から空を見上げる。
異世界と同じ、真っ青な空が広がっていた。
(随分慣れたな……)
戻ってきた現実世界にも。
車の運転とか、最初はマジ怖かったもんね。
アルマーがデスゲームだったあの世界を終わらせてくれて、あたしたちはみんな、囚われの異世界から出ることができた。
生きていた人も、死んでしまった人も関係なく。
だからアルマーは、死んでしまった人たちをみんな生き返らせたとも言える。
その中にはあたしを殺そうとした元カレもいたから、少し複雑ではあったけど。
ゲームから解放され、あれから一年以上が経っている。
今はあの『ザ・ディスティニー』という世界には、ほとんどインしていない。
あぁ、リンデルがいるから?
まあ当たってるけど、嫌いな奴がいるから避けるっていうのはあたしの性格ではありえない。
あたしが避けるんじゃなくて、あっちが避ければいい。
あたしは堂々と、やりたいことをやるの。
そんなことで人生損をするのは嫌じゃん。
話が逸れたけど、インしない理由は別にある。
もうああいうことがないと保証してもらっても、万が一また囚われたら怖いから。
ごくたまーに、アルマーの声が聞きたくなって、土曜の夜とかのボスレイドに参加するくらい。
アルマーに会えると、ほんとに嬉しい。
例えて言うと、桜満開の日に外を出歩くみたいに。
アルマーはあたしの話を、うんうんとうなずきながら全部聞いてくれる。
「あぁ……」
あの笑顔、あの声、いつ触れても癒される。
セクハラ歯周病上司へのストレスとか、どこかにいっちゃうから不思議だ。
「あの女がいなければいいんだけど」
ハンドルを握る手に、ぎっ、と力がこもる。
みんなのアルマーなのに、隣に控えるポニーテールの詩織さんが、正妻
ポニーテールが可愛いと自分で思ってるあたりがマジイラつきポイント。
詩織さんが可愛いのは認める。
でもあの女、出遭った最初からあたしに敵対してきたからね。
あれ、マジひどくない? なんなのあいつ。
カジカだったアルマーをそうとは知らずに見捨ててリンデルのところに行ったのが、詩織さんは気に喰わないらしい。
あの時の切羽詰まった事情を、なんにも知らないくせに。
中学生だから大人の事情なんてわからないでしょうけれど。
自分も同じ目に遭ってから言いなさいよ。
大嫌い。
最近INすると、アルマーの反対隣に座っているのはポッケちゃんだ。
何かのアイテムで18歳の姿に変わっていたけど、初めて見た時は誰だかさっぱりわからなかった。
でも、身体が大きくなっても隙あらば体育座りするから、パンツ見えるのが相変わらず弱点。
なお、リアルのポッケちゃんは小学生だから注意。
アルマーもそこのところはわかっているようで、身体は大人でも、かなり丁重に扱っている。
ああいう紳士なところ、きゅんとする。
ちなみにポッケちゃんは中学受験するから、もうすぐINできなくなっちゃうんだって。
あ、それからノヴァス。
あの女、ツンツンしているふりして意外にアルマーに気遣いして点数稼いでる。
アルマーの靴をそっと並べ直したり、手を洗ったアルマーにハンカチを出したり、食べ終わったアルマーの口元を拭いたり。
言わせてもらうと、ああいう女は、いざとなると女の友情を切り捨てて男の方へ行くタイプ。
女同士の温泉旅行を予定していても、彼氏の一声でドタキャンしたりする。
あれマジむかつくんだよね。
自分だけ幸せ満喫してきます、みたいな。
そういう女とは、昔から友達になってもうまくいかない。
そういうわけで、ノヴァスは詩織さんほどじゃないけど、嫌い。
彩葉さんはノヴァスに比べて
たいていフレアスカートを履いていて、アルマーにだけスカートの中が見えるようになにかを拾ったり、アルマーの背中から抱きつくようにしてなにかを渡したり……。
なんかあのやり方がムカつく。
基本、あたしとおんなじ手を使うからかもしれない。
だいたい、彩葉さんって裏表ありすぎ。
~ですよね、とか、~なのですか、とか。
奥手っぽく丁寧語で接近してくるくせに、実は肉食、なんだもん。
アルマーのたじたじした応対を見ていると、どこかでもう喰われてしまったのではという気がしてならない。
だから彩葉さんも嫌い。
それから、亞夢さん。
噂だけど、夜更けになると合鍵を持っている亞夢さんがアルマーの家に入って、帰りを待っていたりするって。
そしてアルマーをそのままログアウトさせない作戦に出るらしい。
初めて聞いた時はヤキモチというより、ウケた。
それはともかく、亞夢さんは最後の戦いの時にみんなを一人で守ってくれた。
その恩もあって、みんな強く出られないのが問題だ。
ただひとりを除いてね。
そう、亞夢さんに強く出られるのは、詩織さんだけ。
戦え中学生。
まず亞夢さんを何とかしなければ、あなたに平和は訪れないんだからね。
最後にリフィテル皇女。
楽想橋の後にすっごい喧嘩したんだけど、今はあの女が一番好きだな。
リフィーって、裏表ないんだよね~。
ああいうのと一緒に学生時代過ごしたかったな。
修学旅行とか、絶対楽しそう。
デスゲームから解放された当初は、亞夢さんと同じで機械人形みたいになっちゃったのはマジ泣いた。
なんもわからないNPCに戻っちゃってさ。
でもアルマーが何とかしてくれたんだよね。
ああ、ごめん、この話知らない?
いつか誰かが語ってくれるかしら。
「はぁ……」
赤信号で止まり、あたしは背もたれによしかかってため息をついた。
「でもみんな、すごいな……よく入っていられるわ」
みんなはあんな囚われがあっても、毎日のようにインしていると言っていた。
心底楽しそうな笑顔を浮かべているのが、あたしは信じられなかった。
あたしは、やっぱりこっちの世界がよかった。
そもそもあの世界、みんなと違って好きでインしていたんじゃないもの。
ゲームの中より、現実世界で高校の同期とかと居酒屋で騒いでる方が性に合っている気がする。
生きている世界に、ファンタジーはひとつもいらない。
「……」
でもそんなあたしでも、あの『ザ・ディスティニー』という世界が気になる時があった。
ふいに、インして会いたくなる人がいた。
アルマーはもちろんだけど、もうひとり。
――ここでお別れです。お二人の幸せを願っています――。
身を挺してくれた人。
船から落ちたあたしを、助けてくれた人。
そう。あちょーさん。
結局司馬の力を持ってしても、向こうにいた間は蘇生はできなかった。
『ザ・ディスティニー』が解放され、死んだ人が生き返ったと聞いて、一番に頭に浮かんだのは、彼。
もちろん探した。
目の色を変えて。
アルマーの次にだけれど。
でも、あちょーさんは見つけられなかった。
同じギルドでギルドチャットができるポッケちゃんが言うには、あちょーさんはあれからログアウトして、一度もこの世界に戻ってきていないそう。
でも、そんな理由であきらめるあたしではない。
ネットで検索したり、運営にも相談して、なんとか連絡を取る手段を探した。
個人情報保護がなんたらと、運営は全く協力らしいことはしてくれなかったけれど。
公式ホームページに名前を載せてまで捜索したけれど、あちょーさんは現れなかった。
湯船の中でふと、もしかしたら今日INしているかも、なんて思ってINしてみる日なんかは数え切れないほど。
でもそれが一か月、二か月と続いて、一年以上も経つと、あたしは諦めなければならないのだと理解するようになった。
(あたしのことは忘れている)
きっとあちょーさんにはリアルで大切な人がいて、その人のそばにいなければならないから、INできないんだと考えるようになった。
「ふぅ」
やっと着いた職場の契約駐車場。
安月給から五千円も持っていかれる、腹立たしい駐車場。
ミラココアをバックで停めて、あたしはヒールを鳴らして職場のビルに入っていった。
◇◆◇◆◇◆◇
毎度、通勤するたびに思うことがある。
あたしが通勤する片側が二車線ある道路では、歩道よりの左車線はすかすかに空いていて、中央寄りの右車線は混んでいる。
理由は簡単。
左車線はこの時間帯にたくさん出回っているバスが停まっていたり、左折の列が歩行者で滞ったりして引っかかり、その都度右車線に車線変更しなければならないから。
右車線に入れてもらえず、車線変更できないことも多々ある。
そういう時はずっと待たされて、20台くらい後方につくことになる。
一方の右車線は、乗ってしまえばそうそう引っかかることはない。
右折の車はほぼ右折レーンがあるので、邪魔にならないのだ。
だから、たいていの車はそれを知っていて、右車線に乗る。
それだけに、右車線は混む。
なのに、左車線を好む連中もいる。
タクシーだ。
タクシーは後ろからブーン、と飛ばしてきて、停車中の車やバスがいたら、かなり強引に右車線に割り込んでくる。
そしてまた左車線に戻っていなくなることもあれば、そのまま居座ることもある。
たまに快く前に入れてあげている車なんかいるけど、あたしはどうしても、それが信じられない。
あれが横はいりにしか思えず、いつも腹が立つからだ。
なんで後ろから来た奴を、ちゃんと並んでいる人たちが入れてやらなきゃいけないの?
ちゃんとあたしの後ろに並びなさいよ。
マジむかつくんだけど。
考えているだけで、唇がとがってくる。
だからあたしは、タクシーが割り込んでこようとするとわざと間隔を狭めたり、クラクションを鳴らしたりして意地悪する。
だって当たり前じゃん。
世の中、そんなずるい人間が得をしていい訳がないでしょ。
そして今日も割り込んで来ようとしたタクシーを、妨害してやった。
それも三回も。
「あー、気分がいい」
車を降りたあたしは、世の悪を正したような気分になって、職場に向かった。
◇◆◇◆◇◆◇
そんなある日のこと。
「……あ」
朝、鏡に向かって、ノヴァスみたいに跳ねた寝癖の黒髪をとかしていて気づいたが、あたしは職場の更衣室の中に、財布を忘れてしまったようだった。
あれには運転免許証も入れていたので、ミラココアにも乗れない。
「やっちゃったわ……もう」
舌打ちしたあたしは、仕方なく貯金箱から二千円だけ取り出して、タクシーで職場に向かうことにした。
列車や電鉄を駆使して行けなくもないのだけれど、三十分以上余分にかかる遠回りになる。
化粧は最低限、朝御飯はもちろん抜きで出なければ間に合わない。
「しかたないっか」
あたしはのんびり構えて、いつものメイクに入る。
こういうときは、自分を焦らせないようにすることも大事。
女のミスは致命的だから。
◇◆◇◆◇◆◇
外に出ると、初秋の日差しが予想通り暑く感じた。
暖かい風が、首筋を撫でていく。
脱いだピンクのブラウスの下は白のノースリーブだけど、我ながら悪くないチョイスだ。
コーチのバッグとブラウスを抱えたあたしは、いつも自分で走る道路に面して立ち、やってくる車を見る。
さっそく、黒のクラウンの個人タクシーが目の前を通ったけど、ひとまずパス。
あたし一人だから小型でいい。
しかし、それからがなかなか通らなかった。
車は次から次へとやってくるのに、肝心のタクシーが一台も混ざらない。
信号が赤になり、青になり、そしてまた赤になる。
あたしは、もうここに何分棒立ちしているのだろう。
「なによ、いつもあんなうざいくらいいるくせに」
小言を言うあたしも、もう余裕がなくなってきていた。
そうしている間に、時間が押してきてしまったのだ。
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