第127話 一興


「――わいの、一番!」


 その声とともに、オーガの男が鞭を持ったまま、両手を前に突き出した。

 その手の前に、ふわりと小さな青白い光球が現れ、そこから現れたのは。


「ギャオォォ……!」


 巨大な翼をはためかせた召喚獣。


 それが降り立つと、橋がドスンと大きく揺れた。


「キタ―」


「よっしゃああ!」


 現れた怪物モンスターの背後で、プレイヤーたちが俄然盛り上がり始める。


「………」


 仮面の男が絶句する。


「どうだあ! キーピーズの召喚獣は!」


「ぐうの音もでねーかよ!」


 しかし仮面の男はどこか冷めた様子で、現れた魔物を顎で指した。


「リフィテル……言っていた『ドラゴン』とは、もしかしてこいつか」


「……そうだよ! 間違いないよ」


 リフィテルが余裕のない表情で頷く。

 その後方にいた兵士たちも、完全に浮足立ってしまっていた。


「やはりそうか……」


 仮面の男はため息をついていた。


「リフィテル」


「な、なんだい?」


「城から退避する必要はなくなった。城の中に戻ってくれ。なんなら寝ててもいい」


「………」


 目を丸くするリフィテル。

 一方で、ガーベラが目を細めていた。


「あ、もしかして……」


「ああ、やはり前足がない。しかも翼が小ぶりで皮膜も透けている。俺の知識が正しければ、こいつはワイバーンですらない。劣種レッサーワイバーンだ」


 空を飛んでいるその魔物を見上げながら、当然だが、吐息ブレスもない、と仮面の男は付け加える。


「えっ……? れ……?」


 リフィテルが驚いた声を上げた。


「ああ。話にならない」


 仮面の男は、現れた魔物をあっさりと雑魚扱いしていた。


「な……なんだその余裕っぷりは!」


「本当は怖いんだろ! 巨大飛行獣だぞ!」


 大召喚師アークサモナーたちが、血相を変えて口々に叫ぶ。


「どうせ、はったり」


 たった今まで喜色満面だったキーピーズも、こめかみをひくひくさせて怒りをあらわにしていた。


「ハッキ、行け。リフィテルを城に連れろ」


 喚き始めた敵軍を無視して、仮面の男は控える龍種ドラゴンに命令を下した。

 言葉に応じたハッキが、翼をばさり、と広げる。


「待って!」


 しかしその瞬間、リフィテルがハッキから飛び降りた。


「行かない。ここにいるよ。アルくんのそばが一番安全なんだよ」


 カッコいいところ見せておくれよ、とリフィテルが仮面の男の胸に飛び込む。


「……全く、こちらが恥ずかしくなる事を平気で……しかたない。やるぞ」


 そんなリフィテル皇女に苦笑しながら、ガーベラが味方に指示を出す。

 それに応じて、後方から調教師たちが魔物を次々と呼び出した。


「ガルルル……」


「キイィィ……」


 唸り声を上げながら、湧き上がる魔物たち。


 ジャイアントクロコダイル1匹。

 ストーンゴーレム2体。

 巨大な木の魔物、エント1匹。

 大水牛、キラーホーン2匹。

 人よりも巨大な、吸血蟻ブラッディアント1匹。

 尾が大きな鎌になった2メートルに達するサソリ、デススライサー1匹。


 他、回復職ヒーラー支援魔法師バッファーの騎獣であるサーベルタイガーが3体呼び出され、劣種レッサーワイバーンと下位魔人レッサーデーモン 3体も合わせて、15体の魔物が橋の上に居並んでいた。


「……こ、こんなに……無理だよ」


 リフィテルは、真っ青になっていた。

 見上げるように、仮面の男に動揺した視線を送る。


「最後の忠告だ。どうだアルマデル? これでもその巨人で戦うか」


 ガーベラが得意げな顔で訊ねてくる。


「無理だな」


 仮面の男がリフィテル皇女を下がらせると、ガーベラに向き合う。


「ほほう、やっと諦めよった」


 ガーベラが安堵した表情に変わる。


「では武器を捨て、膝をついて投降せよ」


 しかし、仮面の男は左手をゆらり、と前に出しただけだった。


「誤解するな、ガーベラ。こいつでは無理だと言っただけだ」


「……なに?」


 ガーベラが聞き咎める。


「こちらも最後の忠告をしよう。その大事な召喚獣を仕舞って、今のうちに去っておけ」


仮面の男は、雷巨人を後退させて告げる。


「――ぷははは」


 ガーベラが応じる前に、爆笑する声が次々と上がった。


「おい! 草すぎるぞ」


「馬鹿言っちゃってんじゃね―よ!」


「びびったならびびったって正直に言えっつ―の」


「………」


 嘲笑が飛び交う中、ガーベラだけが険しい表情を崩さない。


「いいだろう」


 仮面の男が再びため息をついた。


「せっかくだ。召喚獣同士の戦いも一興」


 その言葉で、ガーベラはピンときた顔つきになる。


「……まさか、他にもなにか飼っておるのか?」


 仮面の男は、それには答えない。


「忠告はした。――『洛花』」


 その名を呼ぶ。たった一言。


 だがそれに応じて、仮面の男の中指で、指輪がひとつ、怪しく輝いた。

 まるで嬉々としたように。


「なになに?」


「へぇぇ別なの? いいけど、サーベルタイガーとかだったらマジ草だぞ?」


「うわ、ありそー! ハハハ……は?」


 せせら笑いの中、不意にずしん、と大気が縦揺れした。


「…………」


 彼らの笑いは、強制終了させられる。


「……な、なんだ?」


 慌てた様子で、百武将たちがあたりを見回し始める。


「……グルル……」


 巨大虎サーベルタイガーたちが揃って耳を伏せ、怯えた様子で毛を逆立てる。

 さらに悠々と宙を飛んでいた劣種(レッサー)ワイバーンは、怯えたように橋から離れた位置に着地していた。


「なんなんだよ……?」


 百武将たちが、しきりにあたりを見回す。

 しかし、穏やかならぬ気配を感じながらも、彼らの目には何も見えなかった。

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