第24話 皇族の馬車
三時間は休めただろうか。
時刻は午後一時を回ったところだった。
「ふぅ……」
俺は水袋の水を飲んで喉を潤し、昨晩拝借した林檎をひとつ齧って腹を満たした。
野営結界を片付け、再びアルマデルになり、森から出ようと歩き始める。
アルマデルの仮面は福笑いの袴を三段階も超える【認知妨害】を持っている。
HP、MPを見る神聖魔法〈
これはありがたかった。
糸武器の種類も認知できないし、黒光りする召喚系アクセサリーもただのアクセサリーに見えるからだ。
「案外すぐだったな」
森を出て、白い石畳の街道が見えるところまで来た。
チェリーガーデンへ向けて、護衛に守られた荷馬車がのんびりと進んでいるのが見える。
俺が行こうと思っているのは以前拠点にしていた魔法帝国リムバフェの首都、ルミナレスカカオだ。
この街道沿いに馬で走れば、三時間もかからないだろう。
「行くか」
俺は騎獣スフィアから
レベル四十五のクエストで貰う、甲冑を装備できる耐久性の高い馬だ。
このように、騎乗動物は『騎獣スフィア』というアイテムに入れて持ち歩くことができ、いつでも取り出すことができる。
「うわ」
が、早々に振り落とされて落馬し、後ろ蹴りまで食らった。
おかしいなと何度も跨ってみるが、結果は変わらない。
「そうか、アンデッド化のせいで……」
他の騎乗動物が手元になかった俺は、あきらめて街まで歩かざるを得なかった。
◆◆◆
晴天の午後である。
からりとした秋風に吹かれていく木の葉が街道の上を流れていく。
ススキの穂の先にトンボが止まり、風が優しくそれを揺らしている。
荷馬車がゴトゴトと音を立てて、歩いている俺の横を通り過ぎていく。
中からは楽しそうな笑い声がすれ違いざまに聞こえてきた。
すでに8台ほどすれ違っただろうか。
チェリーガーデンに物資を運ぶプレイヤーの馬車である。
いずれの馬車にもギルド『北斗』の旗が小さく掲げられていた。
この世界最大派閥と言ってよい『北斗』は高級ホテルを各都市にオープンさせたその横で、物流にも手を出し始めていたという。
晴れた日には空を見上げてみるとよい。
運が良ければ彼らの乗る美しい白馬「ペガサスクィーン」を見ることができる。
現在唯一と言ってよい、プレイヤーにもたらされた空飛ぶ騎獣。
そんなうわさの騎獣がいないかと澄み切った秋空を見上げていると、視界の隅に豪華そうな馬車を囲んだ集団が来た道からやってくるのが小さく見えた。
「………」
俺は足を止めて目を凝らした。
重装備の騎兵が八人、馬車を囲んでいる。
徒歩の従者も含め、総勢で三〇名程度だろうか。
まるで王族の行幸のようだ。
陽の光を受けて馬車の装飾が随所でキラキラと輝いている。
(まさか本当に王族か)
だがその国の王族ならば旗を掲げ、わかりやすく行幸することが多い。
遠くてはっきり見えないが、旗は掲げていないようだ。
馬車は衛兵よりも上級の騎兵を連れ添っている。
まもなくしてリン、リンと透き通った鈴の音が規則的に聞こえてくるようになった。
俺は路肩の草地に避けると、厄介事を避けるためだけに、片膝をついて馬車が通り過ぎるのを待った。
やがて
「止まれ」
美しい音を刻んでいた鈴が黙すると、中から中性的な声が聞こえてきた。
「そこの男」
しばらく黙っていたが、どうも俺のことらしい。
顔を上げると、神官帽子を被った色白の人が、馬車の窓から俺を見ていた。
鳶色の瞳をしている。
帽子からこぼれた前髪も、どうやら鳶色のようだ。
「俺のことか?」
「――口の利き方を改めろ!」
声を荒げたのは、
「このお方をどなたと心得る!」
その男が剣の柄に手をかけた。
「そいつは抜かないほうがいい」
俺は片膝をついたまま、右腕だけをゆらりと持ち上げた。
そこには【死神の薙糸】が装備されている。
いわば五本の剣が乱舞するのと同じである。
「なんだと貴様!」
叫ぶ男の鎧には、サカキハヤテ皇国の紋がある。
皇国兵だとすれば、NPCだろう。
(NPCにしては、それなりの腕前だな)
おそらくレベル50はあるだろうか。
昨日までの俺ならば、慄いた相手だったかもしれない。
「ブルル……」
俺の余裕の意味に馬の方が先に気づいたようだ。
短く嘶きながら、後退し始めたのだ。
「……ぬっ」
馬と俺を交互に見る男の顔に、戸惑いの表情が浮かぶ。
「良いのだセイン。さて、そなたは旅の者か」
馬車の中にいた人物が、セインという名らしい白髪の騎士を制して俺に問いかけた。
「まあそんなものだ」
「名は何という?」
俺はここで初めて、アルマデルの仮面による新規認知妨害で名前が???になっていることに気づいた。
「アルマデルだ」
カジカの時に行ったように、名前をアルマデルにする。
「ではアルマデル。そなたは不思議な仮面をしているの」
(………)
背中を一筋、すっと冷たいものが流れた。
俺は認知妨害をしている。
この仮面がなにか、わかるはずがない。
「さっさと答えよ、アルマデルとやら」
セインが急かす。
「答える必要がない」
「き、貴様」
「小僧、いい加減にせんと――!」
馬車を囲んでいる騎兵たちが色めき立った。
「やめな! 別に気にしていない。……むしろいい加減にするのはお前達だよ!」
馬車の中の人物が一喝した。
その口調が変わっていた。
「――は。申し訳ありません」
兵士たちが畏まる。
「それで、その仮面は何処で手に入れたのかの?」
馬車の中の人物が会話を続ける。
「それもだ。答える必要がない」
「言いたくないならよいが……気になっての。お主の纏っているその空気、まるで死人だの。その仮面と何か関係があるのではないかの?」
「………」
俺は言葉を失っていた。
冗談にしては、随分と当たっている。
「俺は認知妨害をしている。なのに、なぜあんたはそこまでわかる?」
俺は考えるのをやめて顔を上げると、真っ直ぐに訊ねた。
そこには澄んだ瞳で射貫くように見つめてくる顔があった。
「この小僧が! 新王に向かってなんだその言葉は!」
セインが剣を抜かずに凄む。
だが俺は微動だにしない。
「よいと言っておる」
馬車の中の人物が視線を俺に戻した。
「私は【真なる目】を持っておる。そなたの仮面が【也唯一】と呼ばれる位の装備であることも、実はわかっておる。それで訊いていたんだの」
男は話し方に似合わず、くすりと柔らかく笑った。
「な、【也唯一】ですと……?」
セインが王を見て言葉を失った。
(【真なる目】……聞いたことがないな)
王族だけの
閉口していると、男は女性のように高い声で笑った。
「……しかし死人の気配とは、キミとは話が合いそうだの。旅なら、良ければ途中まででも乗っていくかの? 馬車の中は退屈での、丁度話し相手が欲しかったところだの」
男は目を細めてふっと笑い、馬車の扉を開けて俺を中に誘う。
大人の女性のような華やかな笑み。
ほのかに甘い香りが馬車の中から広がってきた気がした。
「お
セインが眉をひそめて軽率だとばかりに咎めると、王と呼ばれた男がわかりやすく頬を膨らませる。
その頬の
女性が見たら、間違いなくこの肌に羨望の眼差しを向けるだろう。
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