エピソード51-48

インベントリ内 休憩所 VIP席――


「「「「静流ぅぅぅ!?」」」」


「た、ただいま戻りました?」


 VIP席に静流たちが戻って来ると、一同から心配や驚愕といった様々な表情で迎えられ、静流は困惑した。


「静流!? もう大丈夫なの?」


 静流の顔を見て、すぐに駆け寄って来たのは真琴だった。


「うん! もう平気!」


 全快をアピールすべく、腕をぐるぐる回す静流。


「皆さん、ご心配おかけしました」ペコリ


 一同に頭を下げた静流に、リリィが気まずそうに話しかけた。


「こんな事になるなんて……アタシが【分身】の事なんか思いつかなければ……ゴメン」

「いえいえ。むしろ感謝です! リリィさん」

「え? そうなの?」

「僕の『可能性』が増えたんですから。苦しさより、嬉しさの方が勝ってます」

「そっか! じゃあ結果オーライだね♪」むにゅう

「リ、リリィさん!?」 


 リリィは静流の首に手を回し、自分の胸に押し付け、小声で言った。


「静流クン、『そうなった』時は遠慮なくアタシを頼ってイイからね。ウフ」

「へ? 何が何だか、良くわかりませんが?」


 リリィにじゃれつかれている静流い、真琴は聞いた。


「静流……さっきの事、覚えて無いの?」

「さっき? ああ、シズムの? 必死だったんだ。僕は気にしてないよ?」


 やはり静流は、シズムが口移しで『マホビタンD』を飲ませた辺りから先は覚えていないようだ。


「そう? そうなんだ……」


 真琴は、自分が静流を殴った事を今まで気にしていたが、本人が覚えていない事で少し安堵した。


「シズム、さっきは助かった。ありがとう!」

「よ、よかったね♪ もう大丈夫、なの?」

「うん。シズムが飲ませてくれた薬、スゴく効いたよ。体感的にはドクポの5倍はあるんじゃないか?」

「そうなんだ。静流クン、怒ってない?」

「怒る理由が見当たらないし。だってシズムは『キス魔』だもんね?」



「「「へ? うぇぇぇ~!?!?」」」



 静流の爆弾発言に、一部の者が反応した。

 蘭子がいぶかしげに静流に聞いた。


「お静、シズムンが『キス魔』ってのは本当なのか? いくら親戚でも、そんな事許されるはずないだろ?」

「え? うん。朝晩あいさつ代わりにされるけど?」

「何、だと……?」


 蘭子はショックの余りフリーズした。

 今のやり取りに、達也が興味を示した。

 ちなみに、シズムがロディだという事は、クラスでは真琴と担任のムムしか知らない。


「ま、まさか……ディ、ディープなのだったり?」

「そんなんじゃないよ。ただ唇をペロッと舐められるだけ。よくある事でしょ?」

「そんな室内犬みたいなヤツ、リア充以外考えられないぜ!?」


 静流は自分の言った事をはんすうしながら、シズムを見つめた。


「リ、リア充なんて……照れるなぁ」ポォォ

「へ? う、うん?」


 顔を赤くし、モジモジしだすシズムに、静流の顔から血の気が引いていく。

 ここにいる全員がシズムの正体を知っている前提で、シズムをからかったつもりだった。


「じょ、冗談だよ達也、それ、ウチで飼ってる豹のロディの事」

「あの灰色の、豹の事か?」

「そうそう。だから問題ないでしょ?」

「確かに。仁科の奴が『常温』の所を見ると、嘘じゃないみたいだな?」

「何よそれ! 私は温度計か!?」


 上手くごまかせた様で、胸を撫で下ろす静流。

 遅れて来た睦美たちが、VIP席にいる面々に告げた。


「さぁ、もうすぐ閉館だ! 撤収しよう!」




              ◆ ◆ ◆ ◆




 カチュアと鳴海は、ジンのレプリカにイカされた後、VIP席のソファーでうなだれていた。


「旅立たれたのね? ジン様は……」

「あぁ……私も連れてって欲しかった……」


 そんな状態のカチュアに、サラが気まずそうに言った。


「あの、先生、もう帰りませんか?」

「そうね……外出申請はティータイムまでだったけど、早めに帰るか……」


 アスモニアは、時差で6時間遅れとなる為。日本が夕方だと、あちらは昼前となる。

 朝は学校で待ち合わせたが、帰りは直接帰るつもりの静流。


「みんなは一旦学校に帰るの? 僕は直接ウチに帰ろっかな。真琴もその方がイイよな?」

「え? あ、うん。そうしようかなぁ……」


 真琴の煮え切らない態度に、静流は首をひねった。


「どうしたの真琴? 浮かない顔して」

「な、何でもない! じろじろ見ないで!」

「ふぅん。ま、イイか。達也はどうする? ウチからのが近いよね?」

「お、久しぶりだな、静流んち行くの」

「あまり変わり映えしてないから、期待しても何もないけどね」


 そんな事を言っている静流に、蘭子が話しかけた。


「アタイも、お静の家、行きたい」


 蘭子の申し出に反応したのは、真琴だった。 


「でも、蘭ちゃんの家って、太刀川だったよね? 学校からのが近いんじゃない?」

「そっか。なら部室の【ゲート】を使えばイイね」

「見たいんだ。さっき話してた豹を……」

「ロディの事? うん、わかった。じゃあ一緒に行こう」

「イ、イイのか? アタイも行って」

「イイよね? シズム?」

「モチロン。大歓迎だよ♪」


 結局、静流の家を経由するのは、静流、シズム、真琴、達也、蘭子となった。


「私も、静流の家に行きたい!」

「忍? 我慢しなさい! 大勢で押しかけたら迷惑でしょう? 私だって、美千留ちゃんに会いたいけど、我慢してるんだからね?」

「だって、だってなんだもん!」

「そんな歌の歌詞があったわね……もう、無茶言わないの!」


 忍は静流の家に行くのをしぶしぶあきらめたようだ。


 インベントリから『塔』を経由して帰るのは、五十嵐家御一行とリリィ、流刑ドーム組、あとは学園組だった。


「じゃあ、塔までは一緒だね」



 一方、学校の部室経由で帰るのは、鳴海と睦美、白黒ミサ、右京、左京、他の部員である。


「静流様、明日は基本オフですので、お好きにお過ごし下さい。ミサミサとシズム様には荒井マネが対応しますので」チャ

「鳴海マネ、朝早くからお疲れ様でした」

「……仕事、ですから」チャ


 鳴海は今朝、四時に静流を起こすポカをやらかしている。

 コミマケの一般参加者に、朝四時から並ぶ猛者がいる事を聞いた鳴海が勘違いし、フライングしたのだ。


「では皆さん、お疲れ様でした」


「「「「お疲れ様でした!」」」


 睦美たち学校経由組は、そう言って献血カーを出て行った。

 献血カーを出た睦美は、建物に設置してある時計を見て大きく頷いた。


「ふむ。便利なものだな。時間を融通できるとは、正に聖遺物よな……」


 つられて時計を見た黒ミサが、時計を二度見した。


「え? まだ16:45時だって!? あの車に何時間いたと思ってるんだ?」

「私は気付いてたわよ。説明されたでしょ? あの空間はな、時間の流れを調整出来るって」

「……信じ難いが、実際に体験したのだ。信じよう」


 白ミサにそう言われながら、何回も首を傾げている黒ミサ。


「車を不可視モードにして下さい。あと鍵は必ず締めて下さいね?」

「オッケー。バッチリやっとく」


 献血カーの後処理をリリィに任せ、睦美たちは撤収作業をしている個人サークルのブースに顔を出した。


「お疲れ様です! GM」

「ご苦労だった。明日も頼むぞ!」


「「「「はいっ!」」」」




              ◆ ◆ ◆ ◆




桃魔術研究会 第二部室 睦美のオフィス兼カナメのラボ――


 撤収作業を全て終わらせ、オフィスに戻って来た睦美たち。


「ふう。お疲れカナちゃん」

「ムっちゃんこそ。 で、これから何を始めるんや?」

「決まってるだろ? 『静流キュン量産計画』だよ」

「はぁー。懲りないねぇ、鬼やな」

「私の仮説通りなら、今日の様な失敗にはならない。手を貸してくれ」

「わかったわかった。その仮説とやらを聞こうか?


 睦美たちの長い夜が始まった。

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