エピソード51-9

膜張メッセ 11:05時――


 献血カーを出たユズルは、迷わず目的地に向かった。

 混乱を防ぐ為、身に着けた者のオーラを弱体化させる呪具『サチウスの腕輪』を装着して。


「見て、アノ人、シズムンのお兄さんじゃない?」

「あの書き込みにあった人だ。間違いないわ」


 すれ違う者が振り返り、あるいは二度見する事はあっても、それ以上の事は無かった。

 ユズルとは一定の距離を保ち、目で追っている程度であり、付いて来るようなそぶりは見せなかった。


「早速腕輪の効果が出たかな? これはイイぞ。学校でも使わせてもらおっかな♪」


 腕輪の効果を体感したユズルは、予想以上の効果に満足げだった。




              ◆ ◆ ◆ ◆




 献血カー内の面々、特にお姉様たちは気が気では無かった。


「ああもう、ユズルは大丈夫かしら?」

「固定カメラじゃわからない! 睦美、何とかしてっ!」

「フッフッフ、そんなこともあろうかと……」


 忍たちの無茶ぶりに、睦美は余裕で応えた。


「静流キュンの行動はこの、カナメに作らせた超小型監視衛星『ぶいすりゃあホッパー』で監視します」


 大仰な名前が付いているが、要はドローンである。


「本体を不可視化すれば、対象に気付かれずに撮影出来ます」

「……と言う事はGM、ここで私の仕事が出来るって事ですか?」

「そうですね。右京氏が思いのままのアングルで撮影可能です」

「むっほぉー! 最高ですね! 正に天職です!」


 睦美が監視衛星を打ち上げ、リモコンを右京に渡す。


「操作方法はドローンとほぼ同じです。如何ですか?」

「どれどれ……むっほぉー! イイです。コレならスパイ衛星も顔負けの映像が入手出来ますよ?」


 衛星からの映像は、いろいろな角度からのユズルを映し出していた。

 監視衛星からの画像をモニターで見ていたリリィが、何やら思い付いたようだ。


「スゴいね……軍事行動に使うのは勿論、浮気調査とかに使えば、何日も張り込まずに浮気の証拠、押さえられるね……ムフ」

「成程。それは名案ですな。クックック」

「その同時もアリよね? 将校クラスのスキャンダルは出世に響くぞぉ? クックック」

「何より人の秘密を暴くのが楽しいですよね。正にメシウマです!」

「ふじこふじこ言ってる某司令の青い顔が目に浮かぶ。クックック」

「お二人共、おイタは程々にしましょうね……」


 今までの会話を聞いて、睦美は額を手で覆った。

 リリィと右京が、ニヤつきながら話していると、薫子が咳払いした。


「コホン、真面目にやって!ユズルが心配なの」

「おっと、これは失敬。直ぐに急行します」




              ◆ ◆ ◆ ◆




「う~んと、この辺りだったよな……」


 ユズルの目的地は、先ほどのコスプレエリアだった。

 キョロキョロしているユズルに、声をかける者がいた。


「あ! アニキだ! おーい!」

「シズム! そこにいたか」


 少し離れた所で手を振っているのは、シズムであり、両脇の白黒ミサは最敬礼していた。


「お疲れ様です、ユズル様!」

「う、うむ。ご苦労」


 ユズルが近付くと、白黒ミサはうやうやしく挨拶した。

 ユズルはそれを少し緊張気味に返した。

 クルーがカメラを回しているので、静流は自然とユズルを演じる事となる。


「シズムンの、お兄様!?」

「素敵ねぇ。でも、近付こうにも身体が言う事を聞かない……」


 他のコスプレイヤーたちが、自身のポーズをとる事を忘れ、うっとりとした顔でユズルに注目している。

 腕輪の効果か、一定の距離が保たれている。

 呆気に取られているカメラ小僧は、次の瞬間、視界から消えた。


「アンタたち、邪魔!」ドンッ

「うわっ、何すんだおまいら」

「雑魚はだまってろし」


 先ほどまでカメラ小僧たちが牛耳っていた撮影スポットが、あっという間にヲタ女たちに占領された。


「見て見て、ユズル様よ♡」

「ああ、あのカキコはガセじゃなかったのね……素敵♡」


 腕輪の効果は発揮されているはずだったが、距離は空いているものの、ヲタ女たちの熱量は高めだった。

 自然な流れで、シズムとユズルのコントが始まった。


「アニキ、これから何処に行くのぉ?」

「うむ、五十嵐出版のブースに顔を出す事になっている」


 ユズルが喋る度に、何処からともなくため息が漏れる。


「あぁ、声も素敵……ハァ」

「ずぅっと見ていたい……ふぅ」


 周りの者はユズルたちのコントに自然と注目している。

 シズムが何か思い付いたようで、手をポンと置いた。


「じゃあ、コスプレは『あの』キャラかな?」

「はて、誰だい? そのキャラとは?」

「『五十嵐出版』と言えば、鉄板のキャラがいるでしょ?」


 シズムがそう言うと、周りのヲタ女たちがざわめいた。


「『五十嵐出版』のキャラって、まさか……」ざわ…

「し、しず――」

「皆まで言うな、こ、これは由々しき事態だ……ゴクリ」


 ヲタ女たちは固唾を呑んで状況を見守っている。


「ああ、シズムたちが夢中になっている、『あの』キャラか」

「そうそう♪ アニキが『あの』コスプレでブースに凸ったら、みんな感動して泣いちゃうかもよ?」


 シズムの巧みな掛け合いで、ユズルを誘導する。


「フム。やってみよう。ミサミサ、頼む」


「「御意!」」


 白黒ミサはどこから持って来たのか、生着替え用のスクリーンをユズルの前に置いた。

 ライトを着けるとシルエットが浮かび上がる。

 シルエットのユズルが、おもむろに変身ポーズをとった。


 『念力招来!!』パァァ


 スクリーンが眩しく発光し、収まった所で白黒ミサがスクリーンを退け、ドライアイスによるスモークを噴出させた。

 スモークは直ぐに消え、中から鎧を装着したサムライが登場した。



「「「きゃ、きゃぁぁぁぁ~♡♡♡」」」



 全身黒の鎧を装着し、左目を眼帯で覆い、『愛』の文字をあしらった兜からのぞく長い桃色の髪は、サラサラのストレートである。


 

「ダダダ、ダッシュ……セブン!? げぶぅ」 

「ほ、本物!?……す、素敵……です。ぐはぁ」

「ごふぅ、目が、目が焼けるぅぅ」


 ヲタ女たちは、実物のダッシュ7を目の当たりにして興奮度がMAXに達している。

 すかさず鼻にティッシュを詰めるヲタ女たち。  


「おい、アレって、トレカのキャラだよな?」

「ああ。アメリカでは実写化するらしいぞ?」

「それにしても、再現度がパネェな……」


 カメラ小僧たちも、ダッシュ7にある意味見惚れていた。

 そこに頬をふくらませたシズムが、ユズルにツッコミを入れる。


「ちがぁーう! それじゃなーい!」

「ち、違うのか? シズム?」

「そんな現実離れしたのじゃなくて、もっと身近にいるでしょう?」

「フム。では、コッチの方だったか? ミサミサ、頼む」

「「御意!!」」


 シズムのオーダーでは無かったのか、ダメ出しを食らうユズル。

 白黒ミサが再びユズルの前にスクリーンを置いた。


「え……? もうイッてしまうの?」

「早い……あまりにも早い! ワイはまだイッてないのに……」


 あっという間にいなくなってしまったダッシュ7に、ヲタ女たちは不満げだった。

 スクリーンに映ったシルエットは、鎧が一瞬でパージし、フンドシ姿のサムライだった。


「鎧を、キャストオフした!?」

「な、生着替えなの!? フーフー」

「あぁ……今、ほぼすっぽんぽんよ!? おひねり投げるべき?」


 ガッカリしていたヲタ女たちが、一瞬で再び興奮度MAXに達した。

 制服の様なものに袖を通しているシルエットが映り、最後に帽子を被った。


「制服? いや、軍服だぞ? って事はもしや……」

「あの方ね? あの方が降臨するのね!?」


 果たして、ヲタ女たちの予想は正しかったのか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る