エピソード47-25

ワタルの塔 4階 医務室――


 静流と入れ替わり、シズルーとなったロディが、医務室を訪れた。

 入ってすぐの四人掛けテーブルセットに、夏樹たちがお茶を飲んでいた。


「あ、大尉殿、お疲れ様です」

「ご苦労。少佐は?」

「メルクさんと話してます」


 シズルーはメルクのいる手術台がある処置室に顔を出した。


「……では、アナタが深層まで案内してくれるのね?」

「ワシならば、造作もない事だ」


「少佐、今戻った」


「うむ? お主は?」

「お疲れ、あら?……ああ、そう言う事ね」


 アマンダはシズルーを一目でロディだとわかったようだ。


「少佐、少しこ奴と話がしたい」

「そう? ふぁー、下にお茶でも飲みに行くか」


 そう言って伸びをしたアマンダは席を外した。

 メルクはいぶかしげな顔で、シズルーに声をかけた。


「お前は誰だ? 生命体では無いな?」

「お見事です。私は聖遺物。主様、静流様の便利アイテムです」


 シズルー扮するロディは、自虐的にそう答えた。


「何じゃその言い草は。自分を卑下しておるのか?」

「実際にそうなのですから、評価にも値しません」

「ふむ……」

 

 メルクは少し黙っていたが、大きく頷き、ロディに話しかけた。


「お主、感情が芽生えて来ておるようじゃな?」

「そうなのですか? 自分でも、よくわからないのです」

「お主は元々、レッドドラゴンであったそうじゃな」

「はぁ。そう聞いております」

「理性を得る前に討伐された為に、お主の魂は今も少しずつ成長しておるのだ」

「聖遺物に、魂が?」

「うむ。物に魂が宿る事はそう珍しく無い。ワシも似たようなものだ。フッ」


 メルクはロディに自分が宿っている義足を見せた。


「私は少し不安です。感情が邪魔をして、主様の機嫌を損ねてしまうような、とんでもない失敗をしでかしてしまうのでは、と」


 いつもより口数が多いロディ。


「感情を消すのではなく、制御するのだ」

「どうやって?」

「お主は、持ち主の為であれば、何でもするのだな?」

「勿論です」

「今のままで良い。時間と経験が必要だ。なぁに、時には失敗もあろう」

「それでは、ダメなのです! 私は静流様にとって、完璧なしもべでなくてはならないのです!」


 ロディの感情が昂った瞬間であった。


「はっ、私が……怒っている!?」

「忠誠心、もしくは愛情か? うむ。今の気持ち、忘れるでないぞ?」

「……はい」


 明らかに動揺しているロディに、メルクは孫を見るような眼差しで言った。


「よい持ち主に拾われたな」

「はい。静流様は素晴らしいお方です」


 先ほどとは打って変わって、ロディは穏やかな顔でそう言った。


「しかし、わからん。あの小僧のどこが気に入ったのだ?」

「その内わかりますよ。『師匠』にも」


 ロディは、何故かメルクを師匠と呼んだ。





              ◆ ◆ ◆ ◆




ワタルの塔 2階――


 静流は、ヨーコたちが学園に戻るまで、以前やった『転生ゲーム』や映画を鑑賞したりと、出来る限り相手をした。

 途中から郁とリナがいろいろと付き合ってくれたおかげで、学園の生徒たちは満足げだった。

 真琴が心配して、静流に話しかけた。


「静流、大丈夫なの? これからミッションなんでしょ?」

「問題無いよ。だって申し訳ないでしょ? 学校では全然相手出来なかったんだし」

「律儀にもほどがある、って言いたいところだけどね」


 そんなことを話していると、郁が会話に割り込んで来た。


「そう言う所が、静流のイイ所であり、時に悪い所でもある」 

「どう言う意味? イク姉?」

「静流、自覚が無いとは、罪なヤツよのう」

「はっきり言ってくれないと、よくわかんないよ」


 真琴が、ため息混じりに言った。


「つまり、静流があまりにも八方美人過ぎる、って事」

「何だよそれ、僕が媚びを売ってるみたいじゃないか……」


 真琴の発言がショックだったようで、静流の顔が少し曇った。


「まあそうイジメるな。私が言いたかったのは、お前に会う事が出来ない者たちが、普段、いかに過ごしているか想像してみろ、と言う事だ。私の部下たちなどは、一日に数回はお前の名前が話題に出るぞ?」

「佳乃さんやミオ姉たちの事? そりゃあ、みんなと四六時中一緒にいるなんて事、不可能に近いし……」

「そう言う奴がおる、って事を、頭の隅っこに置いておけばよいのだ」

「ふぅん。そんなもんかね」 

「フフ。そんなもんだ」

 

 郁とのやり取りを傍観していた真琴が静流に話しかけた。


「静流、やっぱさっきのは取り消す。アンタは今まで通りでイイ」

「何それ? じゃあ今までの論議は無駄だったって事?」

「無駄じゃない。アンタの『処世術』にはついて回る事だから」

「よくわかんないけど、今まで通りでオッケーって事?」


 そんな態度の静流に、真琴は苛立った。


「中尉さん、『可愛さ余って憎さ百倍』ってことわざ、正にこの事を言うんですね?

「確かにな。フフフ」


 頃合いと見たか、静流がヨーコたちに告げた。


「さぁて、そろそろお開きにしよっか?」

「ええ~! まだ遊び足りないよぉ~」

「くぉら、わがまま言うんじゃない。また来ればイイだろ?」

「そんなぁ、リナせんぱぁい……」


 薫子やリナたちは、かつて学園に短期留学していた経緯がある為、『先輩』である事に変わり無い。


「また、冬休みにでもおいでよ、みんなでさ」

「グブゥ、わかった」


 静流の説得に、やっと応じたアンナ。


「また会えるわよね? オシリスちゅわぁ~ん♡」

「むぎゅう、多分……ね」

 

 ナギサがオシリスを抱きしめ、頬ズリしながら別れを惜しんでいる。

 静流がサラに話しかけた。


「サラ、ダミーの絵、助かったよ」

「はうっ!? で、でも、アレで良かったんですか?」

「大丈夫だよ。すぐに忘れるさ」


 顔を赤くしたサラが、静流に言った。


「近いうちに、また、会いましょう」ポォォ

「え? 何かあったっけ?」

「そのうち……わかります」ポォォ


 静流の頭の上に『???』マークがクルクル回っている。

 するとヨーコが横からひょいっと顔を出した。


「静流様! お、お願いがあります!」

「な、何……かな?」


 緊張しているのか、何かぎこちないヨーコ。


「私、もとい私たちの為にも、暇を作って下さい!」

「どう言う、意味?」


「我が学園で行う、『クリストマス会』にゲストで来てくださいっ!」


 クリストマス会とは、『主』と呼ばれる創造主『クリストファー・トーマス』の降誕を祝うものであり、日本にも古くから伝わり、冬の名物イベントとなっている。

 当日よりも前日の『クリストマス・イヴ』の方が盛り上がる傾向にある。


「えっ? ヨーコさん? 今思いついたの?」

「違います真琴さん! 私は、二学期が始まった頃から、ずぅーっと考えていました!」


 ヨーコは顔を赤くして、真琴に抗議した。


「確かに、朝夕のお祈りの時、『静流様、イヴの夜は空けといてくださいまし……』ってお祈りしてたわね」

「な! 何で今そんな事言うの!? んもう!」


 アンナに暴露され、一層顔を赤くして、バタバタと手振りを混ぜながら、ヨーコは言った。


「今年のクリストマスは、静流様と過ごしたいんです! ダメ……ですか?」


 急に不安そうに上目遣いで静流を見るヨーコ。


「ど、どうかな? その日は家族で宴会をやるのが通例なんだよね……」

「そうそう。私とか美千留ちゃん、今年は薫子さんたちも呼びましょうか?」


 何を焦っているのか、真琴がやや早口でまくしたてた。


「そこを何とか! ゲソリック教徒としては、外せないイベントなのです!」フー、フー


 微妙な感じの静流に対し、なおも食い下がるヨーコ。

 静流の脳裏に、先ほどの郁の言葉がよぎった。



『お前に会う事が出来ない者たちが、普段、いかに過ごしているか想像してみろ、と言う事だ……』



「ヨーコ、あの時期って、実家に帰る生徒とかもいるよね? 家族とクリストマスを祝う、とか?」

「はい。勿論。いつも残ってる子たちでささやかな会をやるんです。今年は多分、私たちだけなんで……それで!」


 ヨーコがグイっと静流の前に一歩近寄った。

 静流が天井の方を見ながら、真琴に聞いた。


「真琴、クリストマス会をあの保養施設でやる、って言うのはどうかなぁ?」

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