エピソード45-2

国分尼寺魔導高校 2-B教室――


 教室では、11月最終週に行う『国尼祭』の役員を選別していた。

 『国尼蔡』は展覧会の様なものと前回説明したが、普通の展覧会とはかなり違う。

 それは、生徒の作品にもれなく『値』が付く事である。

 芸術方面の高校では無く、何故この高校の生徒が作る作品に『商品価値』があるのか?

 以前は確かに、ごく普通の展覧会であったが、ある時、異変が起こった。


 数年前、とある絵画収集家が、ほんの気まぐれで『国尼蔡』に立ち寄った。

 その収集家は、世界的に有名な絵画をいくつも所有しており、当然資産家であった。

 収集家の目に一枚の絵が目に留まった。

 収集家はその作品の素晴らしさに、たちまち虜になってしまい、事もあろうに『その絵を譲ってくれ!』と校長に懇願した。

 あまりの熱量に根負けした校長は、作者である生徒とその父兄に了承を得、売却に至ったという経緯があった。

 噂ではあるが、その絵の現在の価値は、『数千万円』と言われている。

 その生徒が誰であったかは厳重に秘匿されており、謎のままである。


 次の年からは、明らかに『画商』つまりバイヤーと言われる者たちが訪れ、作品を買っていくという現象が起こった。

 そこで、睦美たちの数代前の生徒会が、生徒の作品全てに『値』を付け、購入希望者との交渉を引き受ける形式となった。 

 購入希望者が複数の場合は、競争入札、つまり『オークション』で決める事となった。

 アングラ界では、この高校の作品に付与されている作者の『思い』が、見る者の心を奪ってしまうらしい、との事であるが、真相は不明である。


 クラス委員長が教壇に立ち、生徒たちに説明していた。

 達也が振り向き、後ろの席にいる静流に話しかけた。


「おい静流、お前はどの係を狙ってんだ?」

「正直どうでもイイ。僕はそれどころじゃないし……」


 机に突っ伏した静流を見て、達也はため息をついた。


「お前よぉ? もしかしたら一獲千金、かも知れねえんだぞ?」

「良く言うよ。去年だって、結局ほとんど売れ残ってたじゃん」


 静流の言う通り、作品を買い取り制に変えてから現在まで、高値で取引されたものは数点。

 ほとんどの場合、売れ残るか、父兄が『お情け』で買っていくのが御の字であった。

 例外は美術部の部長である花形の彫刻が、価格非公開だが相当な高値で売れたらしい。


 委員長が選別方式を提示した。

 

「先ず、志願者を募ります。やりたいものがある人、起立してどれをやるか指して?」


「はーい、品評係、やりたいっス!」 

「俺も!」

「あたしもやりたーい!」


 どうやら、『品評係』が一番人気らしい。


「やっぱ、一番楽なのはダントツで『品評係』だな。作品見てテキトーに値段付けりゃあイイんだし。あ、俺も!」


 達也も品評係に志願した。


「おい静流、お前はどうすんだ?」

「さっきも言ったけど、どーでもイイよ」


 静流は我関せずといった具合で、相変わらず机に突っ伏したままであった。

 品評係の希望者が一斉に手を挙げ、委員長は困った顔になった。


「予想はしていたけど、ほとんど品評係希望じゃないの! そんなに楽がしたいの? アレだって、値を付けるからには、それなりの責任をもってねぇ……」

「甘いな委員長。値を付けちまえば後は自由行動の『天国モード』だぜ? 志願制にしたのが間違ってたって事よ」

「土屋クン? アナタ、品評係をナメてると、とんでもない事になるわよ?」

「ん? そりゃあ、どういう事だよ委員長?」


 委員長の言い草に、達也は食って掛かった。


「普通に考えて御覧なさい、生徒の作品を見に来た父兄が、自分の子に付けられた値を見て、どう思う?」

「そりゃあ、安い値が付いてたら、イイ気分はしないよな……」

「そんなんで済むと思って? 中には校長室に殴り込んでくる父兄もいるって、噂ではあるのよ?」

「いわゆる、モンスター何たらってやつか……」ざわ……


 今のやり取りを聞き、クラスの生徒たちは急に黙り込んだ。

 今まで黙って生徒たちのやり取りを見守っていたムムは、あわてて口を挟んだ。


「はいはーい、皆さん、そんなに深刻に受け取らなくてイイのよ。これは学校の行事。お金のやり取りは基本、常識の範疇でやりますからね♪」

「でもさぁムムちゃん、実際にとんでもねぇ高値で売れたって情報が、こちとらには入ってるんだけど?」 

「あ、あんなのは例外中の例外。あの時は先生たちだって驚いたんだから……」


 ムムちゃん先生も困った顔になり、本音をポロッとこぼした。


「な? みんな聞いたろ? ほら、事実だったじゃんか!」

「うぇ!?」


 勝ち誇ったように、達也はムムちゃん先生を指さした。


「え? あの噂って、『国尼祭』を盛り上げるためのガセじゃなかったの?」ざわ……

「って事は、あわよくば一獲千金!?」ざわ……

「マズ、もっと気合入れて作るんだった……今からでも遅くないかな?」ざわ……

「相棒、このヤマ、奥が深いぜ?」ざわ……


 先ほど迄の沈んだ空気が、一気に沸き上がった。


「うっ、しまった。私ったら……どうしましょう?」

「先生、ここは私に任せて下さい!」


 事が大きくなり、わたわたしているムムに、委員長は自信ありげにそう言うと、生徒たちに向き直った。


「静粛に! 先生が言った事、口外無用でお願いします。先生の処遇に関わる事ですから」

「お願いっ! ココだけの話にしておいて頂戴?」


 ムムちゃん先生は、手を合わせ、生徒に懇願した。


「わーったよ。噂を実証するには、まだ証拠が足んねえしよ」 

「ありがとう。この話はおしまい! イイわね」


 ほっとしたムムちゃん先生は、手をポンと叩き、定位置に戻った。

 委員長が後を引き継いだ。


「志願者が予想以上に多い為、全てクジで決めようと思います!」

「おいおい、そりゃあないぜ? せめて志願者の中からじゃねえと」

「それでは不公平です。やるなら全員で一発勝負、イイですね?」


 風向きが変わり、達也は両手を上げ、『オーマイガー』のポーズをとった。


「わーったよ委員長。品評係はほんの一握り。下手こいて案内係にされるんだったら、最初に設営係を志願しといた方が良かったぜ……」


 達也が言っているのは、クラス定員25人の内、会場の設営・撤去を行う『設営係』が15人、会場をエスコートする『案内係』が8人。

 残る2人が達也の言う『天国モード』である、『品評係』で、各作品の品評を行い、作品に『値』を付ける係である。


「イイですか? 各係は、コレで決めますっ!」


 委員長はテッシュの空箱を用意した。


「この箱に各係の名前を入れ、順番に抽選しもらいます」

「ちょっと待った! 順番って、出席番号か?」

「それだと公平とは言えません。そこで、コレです!」


 委員長はさらにテッシュの空箱を用意した。


「こっちの箱には生徒の名前を入れ、先生に抽選してもらいます」


 委員長の説明に、生徒から感嘆の声が上がる。


「おお、それだったらイイか」ざわ……

「うん。大丈夫そうね」ざわ……


 賛同の声に混ざり、またも達也は水を差す。


「あー、知ってるぜ、それ。端っこにアタリを挟んでるって寸法だろ?」


 達也は立ち上がり、委員長を指さした。


「な、何の事かしら? 私にはさっぱり……」


 委員長は平静を保とうとしてはいるが、明らかに動揺している。


「な! 静流もそう思うだろ?」

「う、うん……」

(達也の、バカァ……)


 静流は事前に、委員長に適当な理由を付け、案内係を回避出来ないか相談していた。

 ただでさえ目立つ静流は、外部との接触が多い、案内役は是が非でも回避しなくてはならなかった。

 静流は委員長と組み、案内役以外を引き当てる様に策を練っていたのだ。


「何だよ? チョンボじゃねえかよ?」

「男子は黙ってて。委員長、他の箱に代えましょう」ざわ……

「わかったわ真琴」


 真琴に言われ、引き下がる他なかった委員長は、静流に小さく『スマン』のポーズをした。

 受け取った静流は、『気にしないで』とジェスチャーで応えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る