エピソード40-13

療養所 事務所―― 


 打ち上げが終わり、光学迷彩を解除して一服している静流。


「お疲れ様♪ 静流クン」

「とりあえず、成功って事でイイんですかね?」

「何言ってるの? 大成功よ!」

「そう言ってもらえると、肩の荷が降ります」


 ジェニーにそう言われ、ホッとしている静流。

 すると食い気味にジェニーが詰め寄る。


「ねえ静流クン、このキャラ、定着させましょうよ! そして各地で講義をするの。最高でしょう?」

「ドクター? シズルーというキャラは、今日限りの『幻』なのでは?」


 シズルーの問いに、ジェニーはモジモジしながら言った。


「ところがね、そうもいかなくなっちゃったの」

「は? どういう事、ですか?」

「実は、今日の講義とさっきの火事、一部始終見ていた方たちがいて、ウチにも来てくれ、って頼まれちゃって……」

「え? どこなんです? そこ」

「数件問い合わせがあるの。悪いようにはしないから、お願い出来ないかなぁ?」


 そう言ってジェニーは、手を合わせ、「お願いっ」と片目をつぶった。


「講義なんてわかりませんよ? 大体僕は教わる方なんですから」

「単なる『慰問』でもイイんじゃない? アナタ、絵になるから」

「また適当な事を……」

「大尉は超多忙だって言ってあるから、返事は今度でイイわ。よぉく考えといてね♪」


 そう言われて静流は、腕を組み、ふぅ、とため息をついた。


「今回こっきりだったから何とかなりましたけど、次があるなんて……光学迷彩でいつまでごまかせるかどうか……」


 不安そうな顔をしている静流に、ルリが真面目な顔で静流に言った。


「静流様、その件でお話があります!」

「ルリさん? 何ですか改まって」


「私と、結婚してくだ……」

「はい、ストォーップ!」


 静流はルリのプロポーズらしき発言をすかさず止めた。


「真面目な顔で何言ってるんですか!」

「私は、大真面目ですぅ!」むふぅ


 ルリは、まともに扱ってくれない静流を、頬を膨らませて睨んだ。


「で、それだけですか?」

「あ、いえ、先ほど、光学迷彩について仰ってましたけど」

「はい、それが何か?」

「静流様の変装は、完璧でしたよ?」

「どういう意味、ですか?」

「確かに光学迷彩を展開していましたが、同時に地の部分も具現化出来ていました」

「え? 本当ですか?」

「静流様、光学迷彩には、ボイスチェンジャーは付いていましたっけ?」

「あれ? そう言えば、ボイチェンは別のアイテムを使ってたな。あれ? 最近使って無いぞ……」


 確かに学園潜入ミッションの際は、偽装肉体やらカツラを使い、声はボイスチェンジャーを使っていた。

 光学迷彩はあくまで補助的なものだったのを、静流は思い出した。

 静流は、腕の操作パネルをいじり、もう一度シズルーに変身した。シュン


「ああっ、シズルー様……」

「む。確かにホントだ。着ぐるみも付けてないし、サーベルだって……」


 静流は顔を触り、髪の毛をいじる。明らかに長くストレートの髪である事に驚いている。

 次にサーベルを抜き、重みや硬質感を確認していた。


「このように、光学迷彩も正常に機能していますが、中身もそれになっています」フーフー

「これって、かなりスゴい事なんじゃ?」


 今更ながら不思議がっている静流に、ルリは続けた。


「昔の話ですが、私は『獣人』に会った事があります」

「獣人、ですか? ケモミミの?」

「ええ。モフモフのケモミミ、でした。その獣人たちは、変身能力である、『化装術』なるものを使えるようです」

「キツネやタヌキといったたぐいのが使うやつよね? それって」

「そうですドクター。静流様、お知り合いに変身能力を持っている方とか、いらっしゃいます?」


 静流は手を顎にやり、天井を見た。


「え? うーん、あ、いますね。黒竜が」

「黒竜とは、あの伝説の黒竜『ブラム』の事ですか!?」

「あのローレンツ元准将閣下が封印した、って言う?」


 ルリとジェニーは身を乗り出し、静流に迫った。


「ええ。いろいろありまして、今は僕の従者になっています」

「うげ? と言う事は、『契約』したのですか?」

「え、ええ。しましたよ」

「キミ、さらっとスゴい事言うのね……」

「さすが静流様、スケールが違います!」


 ジェニーは半ば呆れ、ルリは興奮気味に静流を褒め称えた。


「ルリさん、ブラムと契約した事と、『化装術』とは関係があるのですか?」

「あります! 大アリです! 従者とのリンクにより、静流様は知らず知らずに『化装術』を取得なされたのです!」フーフー

「ですが、コレが無いとどうやって変装するのか、わかりません」

「無理も無いです。やり方とかは全く教わっていないのですから」

「でも、何故か出来てる、って事ですか?」

「ええ。それは『イメージ』ですね。恐らく」

「イメージ? はっ」


 静流はかつて、アスガルドでアマンダから言われた事を思い出していた。


「確かに、アマンダさんから、僕の魔法はイメージ力が重要だと言われました」

「イメージの力か。さっきの消火活動の時使った技も、そう言う事なら納得いくわね」

「流石ですね技術少佐。つまり、光学迷彩と言うアイテムが、静流様のイメージ力の補助をしているのです」

「なるほど。より強いイメージがあれば、変装も容易に出来ると?」

「肯定ですドクター。ここまで言えば、おわかり頂けますね? 静流様?」フー、フー

「何です? よくわかりませんが?」


 興奮度がMAXに達する寸前のルリを見て、首を傾げる静流。 



「今、静流様に必要なもの。イメージ補完にもってこいの素材、それは、『薄い本』です!!」フー、フー



 そう言い放ったルリは、自分の肩を抱き、クネクネと上半身をひねった。


「確かにインパクトはありますが、アレに使われているキャラの9割は変態、と言いますか異常性愛者ですよ?」

「うう、言い得て妙、ですね。何も言い返せないです」


 静流は『薄い本』に関して、憎悪に近い感情があった。


「本の中のあいつらに、どれだけ苦渋を飲まされたか……」

「静流様は、二次元の静流様を良く思っていないのですか?」

「そりゃあもう! あんな物、有害図書以外何があるんです?」

「それでは悲し過ぎます。作り手の、『愛情』を感じて下さい」グス


 ルリは静流に『薄い本』を全否定され、悲しそうな顔で静流を見た。


「あーもう泣かないで下さいよ。確かにサラが描いた絵は漫画のレベルを遥かに超えてますし、後輩たちが一生懸命考えてくれた設定の中にも、スゴくイイものもありますよ?」

「では、認めて下さいますか? 『薄い本』のパワーを」

「売れるって事は、それだけ需要があるって事ですよね? そこは認めざるを得ないです」

「はふぅ、良かった。完全に嫌われずに済んだ……むふぅ」


 ルリは安堵の溜息をつき、胸を撫で下ろした。


「『薄い本』は、『化装術』の修行に必ず役に立ちます!」

「そんなもんですかね。頭のどっかに入れておきます」

「本当は私が付きっきりでお手伝いしたい所ですが……」

「とりあえず、間に合ってます」

「それは、非常に残念です」しゅん




              ◆ ◆ ◆ ◆




 静流が帰り支度を始めた。


「じゃあ、帰りますね?」

「ええ? もう帰っちゃうの?」


 静流の素っ気無い態度に、ジェニーは名残惜しそうにそう言った。


「すぐ近くなんですから、また来ますよ」

「本当に……来てくれますかぁ?」


 ルリは潤んだ瞳で静流に迫った。


「う、近いです。何かあればメールでも下さい。但し、この間みたいな姑息な手を使うんだったら、拒否するかも知れませんよ?」

「そんな殺生な!? 後生だから、ね、お願ぁい!」


 ジェニーに懇願される静流。


「ジョークです。でも、あまりいい気分じゃなかったですよ」

「わかった。今度からはちゃんと正攻法で口説くわ♪」


 正門まで二人が送ってくれた。


「じゃあ、お疲れ様でした」

「静流クン、今日は、ホントにありがとうね」

「また、お会い出来ますよね? 静流様」グス

「勿論。今度、イク姉の昔話聞かせて下さいよ?」

「ええ。たんまりと」


 少し歩き、ふと静流が振り返ると、二人はハンカチを振りながらまだ見送ってくれていた。


「フフ。軍の人って、やっぱ面白い人たちばっかりだな」


 静流は大きく手を振ってから、バス停に向かって歩き始めた。

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