エピソード40-5

太刀川駐屯地 正門―― 朝 当日


 静流は家から路線バスを使い、直行で太刀川駐屯地を訪れた。  

 正門ではジェニーが静流を待っていた。


「静流クゥン! うはぁ、ホントに来てくれた! ありがとうね♪」


 ジェニーは静流を確認すると、ぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。


「どうも、おはようございます、宗方ドクター」ペコリ

「ようこそ。むさ苦しい所だけど、我慢してね♪」


 ジェニーは守衛所に静流を連れて行き、ワンデーパスを取る。


「キミなら本来顔パスなのだけどね。アレ、薄木にあるんでしょう?」

「アレ? ああ、ベビーナンブですか」

 

 静流は、身分証にもなるベビーナンブを、危ないからという理由で薄木に預けている。


「キミって、そうそうたる顔ぶれに気に入られているのね? もはや伝説級の方とか」

「あれよあれよと、なりゆきでそうなりました。偶然ですよ?」

「そうかしら? だったらキミは、『マンモスラッキー』って事ね」

「面白い例え方ですね。マンモスですか」


 ジェニーは静流を自分の勤務先である療養所の事務所に案内する。

 

「ルリちゃん、来たわよ! 噂の彼!」

「え? 本当ですか!? 宗方ドクター?」


 ルリと呼ばれた、助手と思われる女性が、奥からパタパタとやって来た。

 紺色の髪を後ろに団子状にまとめ、メガネを掛けた、一見インテリ系ロジカル女子風の女性だった。


「桃色の髪、間違いない! 静流様だわ!」

「ど、どうも初めまして?」

「助手の、藤堂ルリ少尉です。いつか、お会い出来ると信じていました……」ポォォ


 早速『乙女モード』に入るルリ。


「この子、『ソッチ方面の子』なの。勘弁してあげて?」

「ああ。大丈夫です。慣れてますから」


 静流は、どこにでも出没する『ソッチ方面の子』に対し、距離を置く傾向があったが、最近は少し寛容になったようだ。


「でも、よく来る気になったわね?」

「よく言いますね、白々しい。半ば強制的ですよね? 『緊急』って言葉と、『推薦人の署名』を見たら、行くしかないでしょう?」

「もしかして怒ってる? ちょっとやり過ぎだったかしら? あれね、如月少佐のアイデアなのよ♪」ペロ

「ふう。やはりそうでしたか」


 アマンダがニタリ顔で笑っている様を想像し、ため息をつく静流。


「僕はですね、受講者の皆さんと一緒に、授業を受ける事には賛成だったんですよ?」

「わかってるわ。少佐も最初はそっちの方面でって言ってたもの」

「では、どうして僕が講師なんです?」

「あの子たち、素質はあるんだけど、壁にぶち当たってる、と言うか、何と言うか、なのよね」

「でもでも、一人の子が、飛躍的に良くなったんです! アナタの『施術』で!」フーフー


 ジェニーと静流との間に、ルリが割り込んで来た。


「僕が『施術』を? ん? そう言えばこの間、酔っ払いのお姉さんを介抱したなぁ……」


 静流は顎に手をやり、天井を見ながら、この間の事を思い出している。


「それは、ズバリこの子でしょう? 静流クン?」


 ジェニーは受講者リストをペラペラとめくり、これだ、と言う所で止めた。


「あ! このお姉さんです!」


 ジェニーは、ルリと目を合わせ、ニカッっと笑った。


「ほらね? やっぱりそうでしょう?」


「彼女は独立混成旅団 独立遊撃部隊 別名カラミティ・ロージーズ所属 谷井 蛍 上等兵です」

「『厄災の薔薇』、ですか。物騒な部隊みたいですね? もっとも『血まみれの姉妹』よりは増しか……」


 静流がブツブツとつぶやいたのを、ルリは見逃さなかった。


「ご存じなのですか? 『ブラッディシスターズ』を?」

「ええ。ご縁がありましてね。幼馴染? とかもいるし」


 ルリはドヤ顔で自慢した。


「ちなみに、この二つの部隊の隊長たちは、私の同期です!」

「ん? イク姉と? って事は聖アスモニア学園の?」

「当然OGです! え? 今、郁の事を『イク姉』と呼びました?」

「そう呼べって、うるさいんですよ。ちなみに、寮は何寮でした?」

「キグナス寮でしたけど? それが何か?」

「いえ。一応確認です」


 アノ学園のOGと聞くと、何故か入っていた寮を気にする静流。




              ◆ ◆ ◆ ◆




「キミの『施術』による、あの子たちの能力の底上げが、今回の最大の目的なの」

「数々の『奇跡』が、これから起こるんですね? ああ、素晴らしい」


 二人はハイタッチをしながら、器用にクルクルと回っている。


「僕の回復魔法なんて、何の変哲も無い【キュア】ですよ? プロのヒーラーの皆さんには、遠く及ばないですよ」

「謙遜は要らないの。呼べるんでしょう? 『シズルカ様』を。フフン♪」


 静流の苦し紛れのハッタリも、軍医にかかれば丸裸であった。


「失敗したな。【キュア】と【解毒】を同時にやろうとして欲張ったのがいけなかったか。って言うか僕、【解毒】使えないし」

「それで使ったのね? シズルカ様の秘儀、【弱キュア】を!」

「アノ技は、結構融通が利くんです。万能? なのかな?」

「それはそうよ。女神の祝福【ブリージング】レベルですもの」


 ジェニーはホクホク顔でそう言った。


「敵わないな。でも、困ったぞ」

「何か問題でも?」

「シズルカを呼べるのは、対外的には井川シズムだけ、って事になってるんですよ」

「確かにアノ動画は、カワイ子ちゃんが変身してたわね」

「ですから、僕じゃダメなんですよ」

「わかったわ。絶対口外しない。ね、ルリちゃん?」

「はい、勿論!」コクコク


 ルリは首を何度も縦に振った。


「絶対ですよ? バラしたら、末えいまでタタりますからねぇ?」


 静流が古典的なお化けの真似をして、精一杯怖がらせようとした。


「プッ、カワイイ。キミ、面白いね♪」

「末えいまで……末永く、お傍に置いて下さるのですか?」ポォォ


 全然効いていなかった。むしろ高感度が上がった。


「うわ。逆効果だったか。とにかく、お願いしますよ?」

「うん。わかった。墓場まで持ってくわ」

「ココだけの秘密……ですね? これだけで御飯三杯イケますよ。ムフゥ」

「まぁ、一部の軍の人にはバレバレなんですけどね……」


 ジェニーは腕を組み、少し考えたあと、手をポンと打ち、こう言った。


「よし、変装するか!」


 静流も、「その手があったか」とジェニーに賛同する。


「それは名案です! なぜなら僕、あまり目立ちたくないんですよね」

「それなら好都合ね。あの子たちも、年下じゃあ子供扱いしちゃうかもだし。何しろ、男の扱いには長けている者ばかりだからね……」


 ジェニーは、からかい半分で静流を舐める様に見た。


「うぇ。何か、寒気がしてきました。帰ろっかな?」

「静流クゥン? 乗り掛かった舟でしょう? 私たちは一蓮托生よ♪」

「泥の船じゃないでしょうね? トホホ」


 ジェニーにイジられ、シュンとなっている静流を見たルリは、


「静流様って、いたって普通の高校生なんですね? それも少し大人びていると言いますか……」

「ルリさん的に、どんなイメージだったんです? 僕って」

「そうですねぇ。ミステリアスで、アンニュイで、掴みどころがない、とても魅力的なお方、でしょうか……」ムフゥ


 ルリは両頬に手をやり、クネクネと上体をひねった。


「フフ。幻滅したでしょう? 現実ってそんなもんですよ」 

「こら、ルリちゃん!? ごめんなさいね? 静流クン」


 静流が案の定想定していたイメージだったので、自虐的に薄ら笑いを浮かべながら言うと、ジェニーが慌ててフォローしようとバタバタしている。


「あ、違うんです。アナタが正真正銘、本物の静流様、なんです!」

「え? だって、真逆の位置に立ってますよね? 僕」

「どういう意味なの? ルリちゃん?」


 静流とジェニーは、顔を見合わせ、ルリの言葉を待っている。


「ごく普通。それこそが実在するって証拠なんです! 要は『ギャップ萌え』ですよ」フーフー


 ルリは顔を赤くして力説した。


「確かに、あんなのが街をフラフラしてたら、街中の女どもが発狂しちゃうわよね」

「つまり、『存在するわけがない』と言う固定観念から来るギャップ、ですかね?」

「そ、そうです。身近に、触れられる距離に感じる事が出来る。まさに至福!」フーフー

「同じ空気を吸う、みたいなもんでしょうか?」


 静流には、二次元ファンの心理はよくわからなかった。


「よし、時間がない! キャラの作り込み、行くわよ?」


「「はい!」」


 成り行きで、今日の講師を即席ででっち上げる事になった。

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