エピソード40-3

駐屯地内 療養所 医療班 事務所―― 


 次の日、白木みのりは同期の谷井蛍を連れ、軍医のいる事務所に行った。


「あら白木さんと谷井さん、何か御用?」

「宗方ドクターは、お会いした事あるんでしたよね、『静流様』に」

「ええ。夏休みに保養施設でね。若いのに、物腰のやわらかい子だったわね。それが何か?」

「この子、夕べ会ったみたいなんです。『静流様』らしき人に」


 みのりはそう言って、ケイをドクターの前に差し出した。


「静流クンに? ルリちゃんが席を外してて良かったわぁ」


 ルリちゃん、とは助手の藤堂ルリ少尉の事であろう。


「何故、藤堂少尉が不在で良かったと?」

「ルリちゃん、静流クンの大ファンだから……」

「え? 知りませんでした。なあんだ、言ってくだされば良かったのに……」

「あの子に静流クンの話題は『NGワード』よ。仕事が手に付かなくなっちゃうから」

「はぁ。そうですか……」 


 みのりは、共通の話題が出来ると思ったが、ぬか喜びであった。


「で、どんな感じの子だった? 谷井さん?」

「えっと、桃色の髪をした、ド近眼なのか、分厚いメガネを掛けてる男の子でした」

「ちょーっと待ってね。あ、これこれ。はい♪」


 ドクターは、机の引き出しから、数枚の写真を出して、二人に見せた。

 その写真は、以前ドクターが保養施設で撮った静流とのツーショット写真であった。


「こ、この方が、実在する『静流様』、ですか?」

「ええ。何と言うか、心地よいプレッシャー、だったわね」


 みのりが身を乗り出して、写真をガン見している。

 ケイがひょこっと横から写真を見た。


「あ! この子ですよ! この子が神様です!」


 ケイは写真を見て、遭遇した謎の少年が、静流だと確信した。


「ふむ。間違いなさそうね。静流クンで」

「やっぱりそうなんですね? うわぁ、痛恨のニアミスだわぁ……」

「白木さんは会えなかったの? それは残念だったわね」


 みのりを慰めている軍医を、不思議そうに見ているケイ。


「神様って、そんなにスゴい子なの? 座敷童みたいなもの、かなぁ?」

「無知ほど気楽なものは無し、か。トホホ」

「彼は五十嵐静流クン。軍も一目置く、将来の『超有望株』よ!」


 ジェニーは静流の事を、そう分析しているようだ。


「ケイ、その方はね、『ある筋』では超ラブリーチャーミングな、鉄板主役級キャラのモデルになったお方なのよ!」フーフー


 みのりは鼻息を荒くしながら、思いのたけをケイにぶつけた。


「ああ、『二次元』ね。みのりのバッグにいつも入ってる『薄っぺらい本』でしょ?」

「そう! 風のうわさでアスモニアやアスガルドに『降臨』なさったって聞いたの」


 ちょっとオーバーな振りで語り出したみのり。


「部隊が解散して、ココの預かりになって来てみれば、どうもこの辺りに住んでいらっしゃるって情報が入ったの。私にもお目にかかるチャンスが来たって、そりゃあもう……」


 ついにはクルクルと回り出すみのり。背筋がスッと伸び、高貴な育ちか?と連想してしまう程、優雅であった。


「はいはい。でもね、アナタの固定観念で彼を見るのは、彼にとっては酷かもしれないわね」

「え? どういう意味、でしょうか?」

「彼、私に苦笑いして自虐的に言ったのよ? 『歩く都市伝説』って言われてて、自分は『ツチノコ』と同等かそれ以下ですから、ってね」

「そ、そんな事を……静流様が?」


 みのりの成層圏まで舞い上がったテンションは、ダッチロールしながら急降下していった。


「それで、遭遇しただけなの? 静流クンに」

「酔っぱらってた私に、回復魔法を掛けてくれました」

「何ですって!?」

「見て下さいよ、この子の肌」


 みのりはケイの腕を、ジェニーの前に出した。


「うはぁ、何よコレ、モチモチのスベスベじゃないの!? 肌年齢一ケタ並みだわよ!?」

「ドクター、ちょっとくすぐったいです」


 ジェニーはケイの腕を触りまくった挙句、頬ずりを始める始末であった。


「ムフゥ、素晴らしい。アナタ、受けたのね? 彼の『施術』を!」

「ええと、酔っぱらってたんでよく覚えてないんですけど、手に桃色の霧が。確か【弱キュア】って聞こえたような……」

「ドクター、それってある動画で『シズルカ様』が放ってた魔法じゃないかと思うんですが……」

「瞬時に【キュア】と【解毒】をミックスした様な、桃色のオーラを放つ魔法を放ったとなると、その線が濃厚ね」


 ジェニーは顎に手をやり、静流と会った際の会話を思い出している。


「そう言えば彼、回復魔法に興味があるって言ってたわね」

「え? 本当ですか?」

「社交辞令的に、『今度いらっしゃい』って言ったら、『是非に』って言ってたわ」

「ドクター、これはチャンスではないでしょうか?」フーフー

「そうね。ダメ元で掛け合ってみるか?」




              ◆ ◆ ◆ ◆




駐屯地内 野外実習場 数日後


「ちょっと谷井さん!? どうしちゃったの?」

「え? いつも通りやってるつもり、なんですが……」


 基礎回復魔法の実戦訓練中に、ケイが【キュア】を掛けた戦闘訓練用ゴーレムが、急に立ち上がり、全速力でトラックを周回している。

 

「いつもは走るどころか、歩く事もままならない位にしか、回復出来てなかったのに……」

「スゴいじゃないケイ! 自主訓練の成果が出たのよ、きっと!」

「谷井さん、見事です! この短期間で地道に努力し、結果を出した谷井さんを、皆さんで称えましょう」パチパチパチ

「見直したわケイちゃん、努力は報われるのね」


 以前、ケイを小馬鹿にしていた他の受講者も、驚きを隠せないでいた。

 演習風景を見ていた男性隊員が、仲間と話している。


「おい、スゲェ回復だな! 俺もかけてもらおっかな?」

「二日酔いのお前じゃ、相手にされねえよ!」

「ひでぇなぁ。でもよぉ、嫁にもらうんだったら、この位出来ねぇとな」

「コイツ、自分でハードル上げてるよ。おめでたいヤツだ」


 そう言いながら、男どもはケイに向かって手を振っている。


「見たかジョアンヌ! ケイだって、やるときゃあやるんだから!」

「ふ、やるじゃないさ。認めざるを得ないわね」 


 ジョアンヌも、考え方を改めてくれれば良いのだが。


「自主訓練? 特に変わったのは、やってないけどなぁ……」


 ケイは空を見上げ、うーんとうなった。


「何か、『神様』に会った次の日くらいから、魔力の濃さが違う? 感じなんだよね」

「ひょっとすると、『施術』を受けた効果かも知れないわね……」




              ◆ ◆ ◆ ◆




 みのりはこの後、ケイを連れてジェニーの事務所を訪ねた。


「ドクター、お話が……」

「わかってる。さっき遠くで見てたから。谷井さん、コッチにいらっしゃい」

「は、はい」


 ジェニーはケイの魔力を簡易分析器に掛けた。


「スゴいわ。この子の魔素、純度が異常なまでに上がってる」

「え? どういう事です?」

「私の見解だと、基礎魔法を上手く使えなかったのは、魔素の濁りだったのよ」

「それが、静流様の『施術』で?」

「恐らく。魔導研究所の有坂リリィ曹長は、枯渇していた魔力が静流クンの『施術』でよみがえったらしいわ」

「未確認なんですけど、退役軍人のロ-レンツ元准将閣下も、シズルカ様の『祝福』で復活なさった、と」


 ふう。とため息をつき、ジェニーは思考を巡らせる。


「よし、決めたっ! 静流クンをこちらに呼ぼう!」

「そんな、上手く行きますかね? 私的には大歓迎ですがね。ンフゥ」


 ジェニーは決断すると、すぐさま行動に移った。


「善は急げよ! 早速オファーしてみるわ! まずは如月少佐に相談ね♪」

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