エピソード31-1

流刑の街―― 廃墟マンション 朝


 眩しい光を浴び、静流は目を覚ました。


「う、う~ん、重いよ、美千留ぅ」


 体に重みを感じ、また妹が乗っていると思った静流。


「ミチルって、誰?」


 意識がはっきりしてきて、上に乗っているものの輪郭がはっきりしてきた。


「ブ、ブラム? ちょっと、何してんの?」

「何? って、添い寝?」


 ブラムは悪びれる様子もなく、ニコニコと微笑んでいる。


「いいから退きなさい、って、何も着てないじゃないか!」


 ブラムは、一糸まとわぬ姿だった。


「従者は、常に主人の傍におり、欲望のはけ口とならん、なんでしょう?シズル様ぁ」

「ロディだな? あの本の内容は削除しろって言ったじゃないか!」

「ですが静流様、私に従者としての心構えを教えろ、とブラム様が」


 シュンと現れたロディは、淡々と事情を説明した。


「あのねえブラムさん? もうちょっとおしとやかに出来ないものかなぁ?」

「え? でもこうすればシズ坊が喜ぶって、リナが」

「はいはいご馳走さん。リナの奴、余計な事吹き込みやがって」


 薫はニヤつきながらそう言った。




              ◆ ◆ ◆ ◆




 夕べの晩餐が行われた部屋で、朝食を摂る。


「みんな良く眠れたかしら?」


 とモモは聞いた。


「ええ。もうグッスリ?」

「朝まで語り合ってなど、いないであります!」

「もう少し寝かせろ」

「隊長、よだれ拭いて」


 女性軍人たちは、あまり眠れなかったようだ。


「あなたはどうなの? 静流」

「え? うん。グッスリ眠れたよ?」

「そう。薫、今日は静流たちに同行しなさい」

「おう。はなからそのつもりだぜ」

「兄貴、アタイたちは?」

「お前たちは来るな、待ってろ」

「そんな、殺生な」

「ごめんねリナ、あなたたちを危険な目に合わせたくないの」

「わあったよ。シズ坊、薫子をまともに戻してやってくれな」

「リナさん、わかりました、お姉様は僕が必ず」

「あまり力まないで下さいませね。静流さん」

「ありがとうございます、雪乃さん」

「私は行く、誰が何と言っても行く!」


 忍は軽装のレザーアーマーを着けていた。


「しょうがねえな、付いて来い!」


 どう言うわけか、薫はあっさりと忍の同行を許した。


「あ、ズリいな忍、ゴネ徳かよ、チッ」


 リナは舌打ちした。


「ブラム、ワタルの塔はキミが建てたの?」

「設計はワタルがやった。私はただ作っただけ」

「セキュリティレベルの件はわかる?」

「それは問題ない、と思う」

「ブラムさんがいてくれて、かなり目標に近づいたわね?」

「これで、コンプ出来そうであります!」




              ◆ ◆ ◆ ◆




 みんなをガレージに呼び、薫は説明を始める。


「おいみんな、ドームの外ではコレを着けろ」


 薫はそう言ってみんなに防塵マスクを配った。


「外は常に砂が舞っている状態だ、吸い込んだらマズい」

「移動はどうするんですか? 薫さん」

「コイツを使う。久しぶりに動かしてやれる」


 薫がコンコンと装甲を叩いた乗り物は、戦車のような乗り物であった。


「サンドクルーザー。地中を潜航する事も出来るぜ?」

「うはぁ、イイでありますね!ワクワクするであります!」


 佳乃は、サンドクルーザーに興味深々であった。


「薫さん、佳乃さんは乗り物に関してはスゴいんですよ?」

「自分の【リード・アンド・ライド】は取説か実際に見れば、すべての乗り物を乗りこなす事が出来る能力なのであります!」

「へぇ。そりゃあ面白そうだ。アンタ、後で操縦してみるかい?」

「イイのでありますか? やったであります!」

「これがマニュアルだ。目を通しておいてくれ」

「待ってましたであります! どれどれ【リード・アンド・ライド】」パァァ


 佳乃の目を緑のオーラが包み、丁度サングラスのような形に変わる。

 物凄い速さでマニュアルを読破していく。


「へぇ。佳乃さんの魔法ってこうやって使うんだ」


 静流が感想を述べている間に、もうマニュアルを全て読破していた。


「もう頭に入りましたから、いつでも操縦出来るでありますよ」

「そうかい? じゃあ、ぶっつけ本番と行こうか?」

「了解であります!」


 薫は半信半疑ながら、興味本位で佳乃に操縦させる事にした。





              ◆ ◆ ◆ ◆




「それじゃあ行って

来るぜ、母さん」

「気を付けるのよ! 頑張って、静流」

「気張れよ! シズ坊」

「しっかりね、静流さん」


 留守番チームはそれぞれ静流の健闘を祈った。


「皆さん、行って来ます!」


 みんながマスクを着け、サンドクルーザーに乗り込む。


「リナ! リフトオフ!」

「了解、兄貴」ガチャ


 リナがレバーを引くと、クルーザーが停まっていた部分が下降していく。


「本当に任せてイイんだな? 佳乃さんよ」

「はい! 問題無いであります!」


 操縦席には佳乃、隣の助手席には薫が座る。

 後ろは長椅子になっており、向かい合って横に座れるようになっている。

 静流の対面には、萌が座った。


「いよいよか、緊張するなぁ……」


 そう言って小刻みに震えている静流の手に、萌はそっと自分の手を添えた。


「大丈夫。佳乃先輩は、操縦に関しては神クラスですから」

「ありがとうございます。少し楽になりました」


 見つめ合っている二人の横に、薫子と忍が険しい表情で流し目をくれていた。


「ギリリ、アミダで決めたのは間違いだったかしら」

「不覚、私とした事が……」

「なんじゃいお前たち、陰気な顔をしおって、静流に嫌われるぞ?」

「イヤ、嫌いにならないで!」

「元々こんな顔。しょうがない」


 隊長にいじられ、あわてて繕う二人に、ブラムは、


「みんなって、シズル様が好きなの?」


 などと聞いて来た。


「うん。好き」

「愛してる」


 薫子と忍の二人は即答であった。


「近所の年下の男の子、みたいな?」

「あやつのオーラに惚れている」


 軍人たちは若干お茶を濁した。


「ふうん。勝負はもう、始まってるんだね?」


 ブラムは意味深な事を言った。


「何の勝負かはわからないけど、とっくに始まってると思うわね」


 澪は思わせぶりにそう言った。


「皆さん、出発するであります! エンジンスタート!」キュキュキュ、ダダーン


 佳乃がエンジンを点火させた。


「ヒュウ、一発か。やるな? アンタ」

「驚くのはまだ早い、であります。発進!」ガチャ


 佳乃はギアを入れると、クルーザーは動き出した。

 徐々にスピードを上げる佳乃


「スゲーです、佳乃さん! 乗り物に特化してるみたいですけど、応用次第ではとんでもない能力ですよ?」


 静流はいつになく佳乃をキラキラと羨望の眼差しで見つめている。


「ムハ……眩しいであります。いやぁそれほどでも。ただ、残念ながらあまり複雑なものは魔力不足になってしまうのであります」

「やっぱりネックは魔力か」

「静流様だって、ロディに取説をスキャンさせれば、操縦出来るのではありませんか?」

「なるほど。確かに出来そうですね」


 そう話していると、前方に流砂のような光景が見えて来た。


「さて、第一関門だ。どうするよ? 佳乃さん?」

「このまま突っ切る! ではダメなのでありますか?」

「それだと渡りきるまでに、かなり流されるな」

「では、手前から潜航して、川の下をくぐる、では?」

「正解。川の10m手前で、角度は45度な」

「了解であります」


 サンドクルーザーは、流砂の下をアンダーパスする作戦であった。


「邪魔が入らなければイイんだがな」

「邪魔って?」


 静流は少し不安になった。


「運悪く、サンドワームの寝床に当たった場合、キレたサンドワームが襲ってくる、かもな」

「今のって、フラグ? じゃないよね?」

「入射角45度、潜航開始であります!」ゴゴゴゴ


 車体が傾き、先端のビットが回転し、潜航を開始する。薫子Gは慣性で静流にもたれかかる。


「きゃあ、静流ぅ」

「お姉様、しっかりつかまって下さい」


 薫子Gは静流をやさしくホールドした。


「むぅ。ドサクサに紛れてイチャコラしないで、薫子」

「ウフ。くじ運が悪かったのは、普段の行いかしらね? 忍」


 一喜一憂している姉たちを見て、静流は溜息をついた。


「お姉様方、もう少し緊張感を持ちましょうよ?」


 やがて潜航深度に達したのか車体が水平になった。


「ああん。もう終わっちゃったの? 兄さん?」


 薫子Gが残念がっていると、薫の様子がおかしい事に気付いた。


「あれ? いきなり空洞に出たであります」

「マズいな、よりによってど真ん中とはな」

「どうしたんです? 薫さん?」

「巣穴に当たった」

「サンドワームの!? マジですか?」

「マジも大マジ。出力を60%カットしろ、ヤツは音と振動に敏感なんだ」

「了解であります」キュゥゥン


 佳乃は言われるままに出力を下げた。


「よし、そのまま前進。巣を突っ切るぞ」


 サンドクルーザーはゆっくりと前に進む。


「もう少し、もう少しだ」

「ん? 生体レーダーに反応がありますよ?」


 澪がレーダーを見て、指を指した。


「小さいな、子供、か?」

「振り切るぞ、全速だ!」

「了解であります!」ギャキキキ


 サンドクルーザーは出力を上げ、前進する。


「よし、浮上するぞ、角度振れ!」

「出射角45度、浮上開始であります!」ゴゴゴゴ


 潜航時と逆に車体が傾き、浮上を開始する。静流は慣性で薫子Gにもたれかかる。

「あ、ごめん、お姉様」

「ヌフゥ、イイのよ。しっかりつかまりなさい」


 むしろ薫子Gの方から抱き付いているように見える。


「またやってる。いい加減にして、薫子!」

「ちょっとちょっと、アレ見てよアレ、付いてくるよ、子供」


 レーダーを見る。確かに付いてきているようだ。


「ヤバいだろ、何とかしろ!」

「大丈夫だ、こっちの方が速い!」

「もうすぐ地上に出るであります!」

「よし、浮上!」ザバァ 


 サンドクルーザーは、勢いよく飛び出した。


「バックモニターを確認してくれ!」

「これね? うわ、子供って言ってもあんなにデカいの? あれ? 地中に潜るつもりみたい」


 地上まで追ってきたサンドワームの幼虫は、人工太陽の光を浴び、たまらず地中に帰って行った。


「ふう。結果オーライ、だな」

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