エピソード30-3

流刑の街―― 廃墟マンション


 薫たちの回想は続いていた。


「そうこうしている間に、私たちは2年生になった」

「迂闊だった。アタイたちは目立ち過ぎたんだ」

「下級生にもてはやされて、『お姉様♡』なんてね」


「それが睦美先輩たちなのか」

「睦美さん? ああ、いつも鼻血を出していた子ね?」

「アタイは、ムッツリーニと呼んでたな」

「睦美先輩って、鼻血しか印象に無いのかなぁ?」


 静流はその時の睦美を想像し、苦笑いを浮かべた。


「とにかく目立ち過ぎた。それで、あの学園に留学が決まった」

「あなたたちはマークされてしまった。『元老院』に」

「元老院って機関、まだあるの? 都市伝説かと思ったよ」

「あの学園に留学させたのは、元老院よ」

「ただの厄介払いじゃなかったの?」

「恐らく、黒竜ブラムを封印から解いて始末させる計画だった」

「始末って? 薫子さん? アナタ、命を狙われるような事に心当たりは?」


 物騒なワードが飛び出し、たまらず澪は薫子Gに聞いた。


「わからないわ。少なくとも、今の私には……」

「一応ここからモニターすることが出来たから、私は薫子を見守っていた。ある日、薫子が拉致されて、極限の状態で『あの力』を覚醒させた。そして、学園の生徒を異世界に飛ばした」

「あ、あの時は、よくわからなかったのよ」

「あなたを責めてるんじゃないのよ、ただ、あなたが飛ばした女生徒の親は、皮肉にも元老院の幹部だった」

「何ですって? あの子の親が……」

「それで私は薫子をこちらに呼び戻すように薫に指示した。リナたちも危険だったので一緒に」

「あの時、お前の残り香を辿ってあそこに辿り着いたんだ。やっとつながった! と思ったよ」


 薫はグッと拳を握った。


「薫子たちをこっちに連れてきた後、俺はその女を追った。驚くほど簡単にソイツは簡単に見つかった。記憶を消して家に帰したよ」

「ありがとう、兄さん。あんな子だったけど、寝覚めが悪くて。あの子が帰って来た時は、ほっとしたわ」

「お前に礼を言われるとはな。あの後のお前は、ケダモノだったよ」


 薫は寂しげな表情で薫子を見た。


「こっちに連れて帰ったあと、お前がおかしいのに気づいた時は、もう遅かった」

「私が、何をしたの? 兄さん、教えて」

「俺がアイツを送り返したあと、ココに戻って来たら、みんなが血だらけで倒れていた」

「ひっ!!」


 薫子は両手を口にあて、目を見開いた。


「お前はすぐ見つかった。姿は半獣、理性と呼べるものは全く無かったな」


 薫子は驚愕に打ち震えた。


「いやぁもう大変でな、爪を立てて引っ搔くし、吠えるし、うなるしで、とりあえず寝かせるしか無かったんだ」

「ご、ごめんなさい! 私、とんでもない事を」

「お前じゃないだろ? 薫子」

「そうよ。アナタのせいじゃないわ」

「リナ…雪乃」


 二人にそう言われて、薫子は泣き崩れた。


「そのあと俺は、自分も含め、みんなを元の世界に返そうとしたんだが、出来なかった」


 薫は、ガンッと机を殴った。


「やっとつかんだ位置情報だった。コレでみんなで帰れると思ったんだが、そのあとから全くわからなくなった」

「多分、何者かがそうなる方向に導いたんでしょう」

「そのあとはあがきにあがいた。ココから出て、元の世界に戻るんだってな。けど、ダメだった」


「アタイたちは兄貴と一緒に、いろんな世界を旅したんだぜ?」

「過去だったり、未来だったり、男だったり女だったり、もう大変だったんですのよ? 静流さん」

「私は今静流に会えたから、どうでもイイ」

「結局、ココに戻って来ちまうんだよな、兄貴」

「ああ。悪夢だったな」


「その最中に私と契約を? 薫様」

「そうだオシリス、あの町でお前が、売り飛ばされるところを助けた」

「他にはどんな冒険? があったんです?」


 静流は目を輝かせて、薫たちの話を聞いている。


「魔法学校に通ってた時があったな。あそこは楽しかったぜ」

「あそこには、ほのかもいたしな……イイ奴だったよ」

「ああ、あの学校ね? 薫はそこで、【武器召喚】を成功させたのよ」

「これか?」シュン


 薫は、いきなり日本刀らしきものを出現させた。


「全く、驚いたぜ、兄貴ったら、本当に召喚しちまうんだからよ」

「コイツはな、どうも電気系の魔法と相性が良くってな、俺の手にビシっとはまるんだよ」

「薫さん、もしかしてそれって、『震電』という刀じゃないですか?」

「ん? 確かに刀身にそんな銘が入ってたな」


「やっぱりそうか。それは、『英雄博物館』に展示されていたものらしいです」

「そうなの? じゃあ、盗んだって事にならないかしら?」

「事情を説明すればわかってくれますよ。その刀の持ち主の相棒だった人、あの学園にいるんですよ」

「へぇ、世間ってせまいもんだな。で、そいつ、強いのか?」

「ええ。強いなんてもんじゃありませんよ。あのブラムを半殺しにした人たちですから」

「じゃあ、あの祠に封印した人か。なるほど、合点がいくな」

「今度紹介しますよ。『震電』の持ち主が決まったのなら、きっと喜んでくれますよ」


「兄貴はな、あの学校がある世界にもう一度行きてえんだ」

「そうね。一番充実していた所、だったわね」

「うん。今までで一番居心地が良かった。でも今はココがイイ。静流さえいれば」


「薫さん、もし、その世界にもう一度行けたら、何をするんですか?」

「もちろん、惚れた女をこっちに連れて来る!」

「誘拐ではないですよね?」

「当り前です! 同意の上ですわ」

「ほのかも身寄りがない天涯孤独なの。だからその世界には未練は無い筈」

「何とかして行けないものかなぁ?」

「必ず行くさ。焦る事は無い」


 薫は拳を握り締め、じっと見つめた。


「て事で当分兄貴はアタイが面倒みるんだよ」

「は? 薫はわたくしの主人よ?」

「何だとヅラ!」

「結婚してしまえば、私も五十嵐姓になるから、アナタにヅラ呼ばわりされなくなるわね」

「兄貴の嫁は、アタイだ!」

「私よ!」

「おいおい、お前たち、勝手に決めるなよ」

「はいはい、ご馳走様」


 急に嫁争いが始まり、周りの者は生あたたかい目で見ていた。

 静流もそのやり取りを見てニヤけた。すると、


「私は……静流のそばにいたい。……ダメ?」


 いつの間にか隣に忍がいた。


「か、母さんと相談しないと……」

「ほら、また静流を困らせる、ものには順序ってものがあるでしょう?」


 薫子Gは手を腰に当て、忍を叱っている。


「ワタシだって、静流といたいのは山々なんだからね?」

「薫子、従姉だからって、抜けがけは無し、だからね?」

「わ、わかってるわよ。もう」


 静流はふとある事を思い出し、リナに聞いてみた。


「でも、リナさん、薫さんって、惚れっぽい人のイメージがあるんですけど」

「あ? そりゃあ、ほのかに会うまでの兄貴だな」

「あまりにも出会いと別れが続いて、薫の心は希薄になっていったの」

「それで、その時だけ楽しきゃあイイって、半ばヤケだったよ」

「ほのかに会って、それが一気に崩れたの。惚れたぁ!ってね」

「それからはどうかしら? わたくしにゾッコンだから」

「あ? んなワケねえだろヅラ、兄貴はアタイにゾッコンなんだよ!」


 また不毛な争いが始まったと話題を振った静流は苦笑いを浮かべた。

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